赤井英和
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
赤井 英和(あかい ひでかず、1959年8月17日 - )は、日本の俳優、タレント。元ボクサー。
今では大阪で有名なお笑い芸人として有名であるが、その昔は一部の人たちからは恐れられている存在だった。
甥に赤井邦道がいる。
[編集] 浪速の呂布
ボクシング時代の「浪速のロッキー」という異名が有名だが、実はこれは間違い。本当は「浪速の呂布」である。
大阪では「赤井に立ち向かってはならない」という言葉が挨拶代わりになるほど、彼は最凶最悪の人物として大阪中を震え上がらせていた。
南海電鉄を乗り回しており、その電車の中で「ワシの電車の風紀がみだれとるのぉ」と言いながら、不良やヤの人の足を蹴りまくっていた。蹴られた人たちは文句を言うが、周りが「やめろ!赤井だ!」と言うと、おとなしくなってしまうという出来事が毎日の恒例行事となっていたらしい。
同時期の不良達は「いつ赤井に殺されるか」と怯え寝られなかったと言われている。ヤの人の人たちの間でも、「赤井に立ち向かってはならない」と恐れられていた。
[編集] 浪速のロッキー
そんな赤井が大学に進学すると、呂布同様に女に手を出し始めた。その手の出しようは凄かったらしい。
しばらくして、赤井はプロボクサーになったが、「赤井に立ち向かってはならない」は相変わらず大阪の挨拶の言葉だった。「浪速のロッキー」はこの頃に付けられた、たぶんお馬鹿な新聞記者が、「呂布」を「ロッキー」を聞き違えただろうと推測される。
あまりに強すぎた赤井だったが、油断していたのか、ノンタイトル戦でKO負け。急性硬膜下血腫、脳挫傷で死線をさまよう。
奇跡的に回復したが、あまりの大怪我のため、当然ボクシングは引退。お笑い芸人として再出発することになった。それと同時に昔のような横暴さがなくなってしまった。こうして大阪に久しぶりの平和が訪れた。
[編集] 関連項目
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