詠み人知らず

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詠み人知らず (よ - びと - し) とは、奈良時代著作権を無視して歌を掲載した時の免罪符である。

概要[編集]

「詠み人知らず」とは、現代風に訳せば「名無しさん」という意味である。と一般的にはされるが、あくまでもそれは便宜上のものでしかなく、元々は、「和歌集を編纂したいのだが、いいものが思いつかないし、周りを見ても凡作ばかりだ」と和歌集の編者が思った際に、最近大人の事情で都を追われた人物の歌を使用することを思いつき、もしそれがばれたりしても自分に非難が集まらないように工夫して考え付いたのが「詠み人知らず」である。

この言葉が多用されている和歌集で有名なものに万葉集がある、文字通り1万首が納められている和歌集であるが、現在これを管理している文化庁の管理が粗雑であったため、元々10000首はあったとされる歌が、虫に食われたり文化庁職員に食われたりして2000首ほどに減少したものの、現在精神病院に入院している厨二病患者たちのボランティア活動により、彼らの心の懊悩をぶちまけた歌が日々追加されている。

ほとんどの場合は、和歌集なるものは天皇の命によって編纂されるものであるから、読むのはもちろん天上人ばかりで、たとえ位の高い貴族であろうと全裸で暴れたり金で女を買うなどの今でいうスキャンダルを起こし都を追われ、大宰府などに左遷されでもしたものなら、自分の作った歌が無断で転載されようとも、和歌集そのものの存在自体知らずに一生を終えることになる。つまり、和歌集の編纂に携わる方からしたら、歌の巧い貴族が左遷されればされるほどオイシイのである。

実際現在伝わっている讒訴によって大宰府などに送られた悲劇の貴族の歌とされるもののほとんどが江戸時代の幕府お抱えの国学者の創作で、左遷された貴族の歌の相当数が「Category:読み人知らず」に編入されているものと予想されているが、現在は検証の仕様がない。

その他理由[編集]

また、編纂のちょうどその時代に歌の才が天才的すぎて、他の人物の歌を載せるのが憚られるほどの逸材がいた場合や、天皇を湛えただけのまさしく皇室おかかえ平官人といった人物が作ったような凡歌ばかりの場合、素朴なのはいいがあまりに土臭くて泥臭くって血生臭い歌ばかりの場合は、あまりアクが強いものの掲載は見送られる傾向にあり、結果掲載するのに無難な感じの「まぁそれなりにいい」歌が増え、その無難な歌を作る者は大体同じ者なので、妙にその名前が多いことに選者たちは編纂してから気がつく、そういった場合、何らかの情報操作を加えられたと勘違いされるのを防ぐため、中でも出来がよい歌をこっそり自分が歌ったことにしておくか、詠み人知らずシールを上から貼って、素知らぬ顔で天皇に奏上するのである。その結果、藤原氏による貴族大量粛清の直後に編纂された和歌集の名前欄は詠み人知らずシールの貼りすぎで非常に読みにくい文章だったという。

また、当時の貴族たちは地下人とされた人々、つまり防人衛士乞食農民などを見たり、触ったり、はたまた地下人が歌った歌を見ることでさえ、シラミ貧乏神が移るとの迷信を信じていたため、そういった歌を見たことを知ると祈祷師を呼び、「エンガチョ」を施してもらうまで自宅に籠るという習慣があった、そのようなことを下級官人である編者たちは面白がり、ときにはわざと目につくような場所に置き、詠み人欄を見てびっくりし、袍の裾をふんづけて鞠のように転がる貴族を見て楽しんでいた。しかし、地下人ではなくても昇殿を許されない五位以下の官人たち、すなわち地下官人たちの歌も、個人名はおろか名前欄に某も使ってもらえず、五位以下の官人の歌は機械的に詠み人知らずにカウントされている。

しかし、貴族たちの歌の多くが技巧に頼りすぎて、洗練されすぎた、つまり面白くない歌が多いのに対し、そういった平民の歌は技術こそなく、ヒネリもないもの、当時の生き生きとした感情が伝わってくる歌が多い。練りものにたとえるなら、貴族たちの歌がはんぺんで、平民たちの歌がつみれといったところだろう。

関連項目[編集]

Wikipedia
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