西部801系電車

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西部801系電車(せいぶ801けいでんしゃ)とは、西部鉄道が西部新宿線で運行する通勤形電車である。

概要[編集]

3扉の通勤電車で、平坦線用として製造された20m車である。貫通形の多い西部新宿線では珍しく、非貫通形であり、細いピラーで区切られた湘南形二枚窓前面を持つ。この前面は西部101系等にも受け継がれ、80年代の西部鉄道を象徴する前面となった。

近年、東京地下鉄副都心線開業に備え、池袋線・秩父線および地下鉄乗り入れに対応するため各部の更新が行われている。

登場の背景[編集]

終戦後、さいたま西部に路線を多数所有する西部鉄道は、新宿に乗り入れる手段として西部新宿線を保有していた。その新宿側ターミナル駅であった旧西部新宿駅は、青線である角筈(現在の歌舞伎町)には近いものの、新宿御苑近くの赤線である内藤新宿中町からは非常に遠くチンチン電車(都電11-13系統)への乗換えを要したため、延伸を求める声があった。

昭和30年代に営団(当時)丸ノ内線の路線計画が持ち上がると、西部鉄道は、かつて同社が保有し東京都電に譲渡された軌道線、西部杉並線(都電14系統)のうち、運行休止となっていた角筈~省線新宿駅前間の免許につき譲渡を受けた。同線を高架化し新宿駅ビル内に西部新宿駅を移設し、旧駅は歌舞伎町駅と改名された。

西部鉄道は、さらに延伸を進めたが、用地買収が難航したり環境悪化を心配する新宿高校関係者の反対運動があったことから、新宿高校前、新宿公園の二駅を延伸開業したのは売春防止法試行後の昭和48年であった。

このころ、旧赤線の繁華街は、ノンケ相手の営業が不可能なため、一部が朝鮮玉入れの賭博場や特殊浴場に業種変更したほか、大部分はゲイ相手の飲食店(売防法施行以前は上野・浅草に多かった)に営業形態を変更していた。

それまで西部新宿線では旧性能つりかけの赤電が運行されていたが、半鋼車であり延伸部の地下区間に乗り入れが不可能であったことから新型車が必要となった。

赤線のイメージをきらった西部鉄道は、このときすでに終戦直後の黄金電車をイメージしたレモンイエロー一色に車体塗色を変更していたが、延伸を機にゲイ・腐女子の利用を延ばしイメージアップをはかるべく、型式名を801系電車とした。

主な仕様(登場時オリジナル車)[編集]

  • 制御方式 - 抵抗制御
  • 駆動方式 - 中空軸平行カルダン駆動
  • 制動装置 - 自動ブレーキ併用電磁直通ブレーキ
  • 車体寸法 - 19m×3.5m×4.5m、先頭車のみ19.5m
  • なお、新宿線末端の地下区間(当時)は全線複線断面のため、貫通扉は装備していない。

車体更新[編集]

その後、池袋で急激にやおいの商業化が進み、腐女子の聖地とされる場所は、池袋のサンシャインビル周辺にある乙女ロードに移された。多くのゲイは中町(新住居表示後は新宿二丁目)に留まった。

さらに、東京地下鉄副都心線開業に伴い、池袋線から地下鉄を経由して新宿に乗り入れ可能となったことから、ゲイタウンとヤオイタウンを結ぶ路線の主力として801系が用いられることとなり、地下鉄乗り入れに合わせた車両の改修工事が施行されている。全通後は丸ノ内線経由より15分近くの時間短縮となる。

更新車は前面非常扉の設置、電動機出力の強化とカイジ点火零士制御への主制御装置変更、営団CS-ATCの設置が行われ、塗色も白色に三色帯の新西部カラー、マスコットキャラクター「やおいちゃん」のステッカー配置など大きく変更されている。

運用状況[編集]

新製後は新宿線で10連16本が運用されていた。

前述の通り副都心線が開業する際には、新宿線新宿公園駅の末端から地下鉄新宿三丁目駅への連絡線が建設され、スルー運用が可能となる。副都心線、秩父線の急勾配に対応するためMT比の変更が行われる予定である。

MT比の見直しに伴い、余剰となる付随車6両が廃車となるほか、先頭車4両と電動車8両が多摩湖線に転出を予定している。