萩本欽一

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萩本 欽一(はぎもと きんいち、1941年5月7日 - )とは、日本を代表する偽善者、日本一野球人に避けられている社会人球団茨城ゴールデンゴールズの監督、つまらないことでは右に出るものがいない芸能人でもある。 また老害No.1との異名をとるお笑い芸人の大御所。欽ちゃんファミリー総裁でもあるらしいが、その認知度は既に0に等しい。

人物[編集]

1975年から「欽ちゃんの火葬大将」を主催する。30年以上にわたって特番を牛耳っており、芸能界における力は大橋巨泉みのもんたの比ではない。と本人は思っているが、周りはウザい老人くらいにしか思っていないところが泣かせる。しかし萩本に可愛がられた香取慎吾は芸能界でも今後30年は安泰であろうが、これは和田アキ子の機嫌を取る出川哲朗のようなポジションであり、同情したくなる場面も多々ある。番組中では、出場者の中でもちょっと人見知りする少年少女に執拗に質問することが多く、かなりねちっこい性格であることが伺える。

2008年の北京オリンピック聖火リレー走者を務めた際、異物を投げつけられるハプニングがあったが、その時「欽ちゃんが走ってる時に物投げないでよう~」とコメントした。さらに「沿道の人とハイタッチをしながら走りたいよね」とまるで空気を読まない発言を連発し国民を唖然とさせた。このことは北野武氏に痛烈に批判されネットでも話題となった。このことからも分かるとおり、優しい表現で言えばかなりマイウェイな人物である。簡単に言えば少しアルツハイマーの進んだかわいそうな老人である。

その北京オリンピック陸上男子100Mでジャマイカの英雄、ウサイン・ボルトが勝利を確信した後半、喜びのあまり少しふざけて走ってるようになってしまったのを見て「欽ちゃん走りしてたよ」なんて自己顕示欲全開の発言をかまし、国民を唖然とさせた。

また欽ちゃんファミリーという理解し難い仲良しグループを作って、自分はその頂点に君臨しているつもりだが、勝俣あたりはなんとも思っていない。それどころか欽ちゃんファミリーなどと呼ばれた過去を完全に黒歴史と認識し、現在はまったく話題に触れない芸能人(女優)もいる。自分を頂点だと思ってる割には子供の言葉を使い、自らを「ボク」「欽ちゃん」と呼ぶ。精神的な未熟さが指摘されており、一説には又吉イヱスより年上の日本最高齢の中二病患者ではないかと噂されている。

これらの言動には、彼がチャップリンを師と崇めているらしいので、きっと人生を張った「独裁者」、あるいは「モダンタイムズ」のようなお話を創造しようとしているのだろう。

経歴[編集]

「飛びます、飛びます。」と発声することを芸とするコンビ坂上二郎コント55号を結成。当時はこれでも坂上の実力で何とか(苦)笑いを取る事ができていた。萩本は足を広げて跳躍する、ただそれだけのことを「欽ちゃん走り」という芸として売り出しで当時人気を集めることができていたがそのためこのころから実力に疑問が寄せられるものの、関根勤斉藤清六の奮闘で番組を続けてきた。が、あまりのつまらなさに視聴者離れが加速し、結局終焉を迎えることになってしまった。

収入に陰りが出て焦った萩本は仮装大会の主催を思いつく。内容は商店街のお祭りですら却下される程くだらない物だが、目先の銭がほしいため番組製作を強行し、幼稚園学芸会レベルをお茶の間に届けた。公共の電波を私物化するという手法の先駆けとなっている。もちろん視聴者に通用するはずもなく、困った萩本はSMAPに助けを請い香取慎吾を登場させたが時すでに遅く、大方の予想通り終焉を迎えた。

起死回生を狙った萩本が次に目を付けたのが24時間テレビのチャリティーマラソンである。ここでがんばってる姿を見せれば全国のお茶の間など簡単にだませると考えたのだ。過去の出場者は100kmから200kmを走ってるところ、萩本はたったの70kmを走るのみだったが、番組終了までにゴール出来なかった。しかし「欽ちゃんよくがんばった」と徳光和夫らに温かい言葉で慰められた。徳光らの心境は、介護施設でリハビリを終えたおじいちゃんに声をかけるのと同じだったに違いない。そりゃあそうだろう、たったの70kmに24時間もかけてゴールできないほどのおじいちゃんなんだから。だったら最初から出るなと小一時間問い詰めたい。

欽ちゃんファミリー[編集]

萩本は自分の仲良し集団を作って芸能界で幅を利かせている。一時期「欽ちゃんをドンと言ってみよう!」というラジオ番組を持っていたが、それよりずっと前から芸能界のドンと呼ばれている。だが派閥を作った以上は、和田軍団、北島軍団などとの抗争が絶えない。後述の欽ちゃん球団もたけし軍団との抗争という側面を持ち合わせていた。なお、ビートたけし及びたけし軍団とは2011年今田耕司による仲裁のもと和解が成立しており、その模様がテレビで全国中継された。ただし竜兵会くらいなら一蹴できる実力を持つ。

萩本はファミリーの構成員に下ネタ禁止令を出している。そのため彼らは深夜番組には出られないし、一部のタレントや芸人とは仕事できないという制約を強いられている。この理不尽な禁止令が出された理由は、萩本が童貞であり下ネタトークが始まると自分だけ取り残されてしまうからである。ちなみに萩本は女性にミニスカートを履かないよう求めている。これも、萩本はミニスカートから下着が覗いただけで鼻血が出てしまうからに他ならない。

欽ちゃん球団[編集]

仕事がなくなった最近では、私利私欲で凄まじい数のスポンサーをまんまと獲得し、たけし軍団に対抗するために社会人野球チームを結成した。結成当初、女子選手・元プロ野球選手・お笑い芸人などを加入させ、他人のふんどしで相撲を取る天賦の才を見せる。

その後は順風満帆と思われていたが、北海道函館市に遠征した際、メンバーである極楽とんぼ山本圭一やアミノバリュー藤本らがレイプ事件を起こすという不祥事が発生。しかし萩本は強かった。速やかにチームの解散を示唆し、全国放送で「やまもとぉ~球団なくなっちゃたよ、やまもとぉ~」と、自分で解散と言ったくせに、山本一人に全責任を転嫁するという離れ業を見事にやってのけたのだ。その後サクラに「やめないでぇ~」とコールさせる芝居を演出するなど、演出家としての才能も見せ、無事に世間の同情を集めることに成功。「とりあえずごめんなさいというのが『やめます』って言っちゃってさ」と政治家も呆れる言い訳で「辞めるの辞めた宣言」を発表してしまった。 さらには飽きたのか、その数年後に次々とメンバーを解雇。すったもんだもあったが、確実なことはレイプ犯罪の重大性をまったく軽く考えている。他人を売り飛ばすことに何のためらいも持たない。要は偽善者ということである。

相方坂上二郎の死と震災[編集]

相方である坂上二郎が2011年3月10日逝去したものの、その翌日、東日本大震災が発生。偽善者らしいコメントを考えていたものの、それをメディアに披露する機会を失われ舌打ちしたと言われている。

関連項目[編集]