舛添要一

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舛添 要一(ますぞえ よういち)は、かつて東京都知事に分類されていた人物。あくまでもそのような分類だったが、生息地は基本的に東京都庁ではなく神奈川県湯河原町の別荘地とされた。法治国家のグレーゾーンを好物とし、そのような餌を公用車に乗りながら探して回る習性が確認されていた。しかし、やがて2016年6月21日には東京都知事という分類から追放された。

「トレンディデビル」
舛添要一 について、松本人志
「金に卑しい人はすべてダメだと思うんですよ」
舛添要一 について、甲斐よしひろ
「品性は金では買えないよ」
舛添要一 について、クラピカ

来歴[編集]

1971年6月に東京大学法学部卒業、同年7月に同学部助手として採用されたのを初めに政治学者として活動し、1980年代末からは多くの討論テレビ番組に出演するが、教養学部の政治学助教授にも就任したのちの1989年6月には東京大学を批判して退官。2001年7月には自民党から第19回参議院議員通常選挙に自民党候補として立候補してトップ当選したことを初めに参議院議員として活動する。その後自民内閣で厚生労働大臣を務めたが、麻生内閣の総辞職で同大臣を退任。のちには執行部への批判を口にするようになって党内で批判の的となった挙句、新党改革の代表に就任して自民党から除名処分を下された。都知事就任以前の来歴をざっくりまとめると多分こんな感じである。

そして、2014年1月8日、ついに同年の東京都知事選挙に無所属で出馬する意思を表明。自民党幹事長の石破茂は本部としての支援を行うと述べたが、小泉進次郎はこれについて「一番苦しいときに『自民党の歴史的使命は終わった』と言って出ていった人だ。応援する大義はない」と強調。舛添の前妻である片山さつきも「障害を持つ婚外子に対する慰謝料や扶養が不十分だ。解決されていない」と述べており、このように一部の自民党議員からは反発されていた。

同年1月14日の東京都庁舎における記者会見で正式表明を行った際には、脱原発主張とともに、2020年東京オリンピックの成功や首都直下地震などの災害への対策、社会保障対策に取り組むことを訴え、これを政策の3本柱とした。教育や福祉の問題には多数の取り組むべき課題があると述べ、8000人の待機児童を4年間でゼロにするとも宣言したという。

そして2月9日の選挙で211万2979票を獲得し東京都知事に当選した。これが暗黒時代の始まりであった。

東京都知事[編集]

東京五輪[編集]

制服姿でご満悦。色的には韓国よりむしろ

2020年の東京オリンピックに向けての舛添都知事による取り組みとしては、「おもてなし制服」の制定が知られる。東京オリンピックを将来に控えた東京都では、外国人観光客を案内するためのボランティアチーム「おもてなし東京」の活動に際し、舛添都知事はこのチームの制服制作に若手デザイナーを起用。そうして生まれた制服は、青いベストと縞模様のネクタイを着用しているように見せるプリントが施された白地のポロシャツと、日の丸をイメージした赤い水玉模様のリボンが付けられた帽子であった。しかしネット上ではこれに対し「ダサい」との意見が集中。ちなみにきっかけは、舛添都知事が韓国を訪れた際に赤い制服のボランティアが外国人の道案内をしているのを見たことだという[1]が、そればかりかこの衣装を李氏朝鮮の王宮守衛の衣装の丸パクリだと主張するブログも出現している[2]

韓国との関係[編集]

こんな画像も出回った

都市外交においては、舛添都知事は韓国に対して友好的なことで知られる。2014年7月23日に朴槿恵大統領に招かれソウルの韓国大統領府で会談した翌日、ソウル大学の講演で舛添はヘイトスピーチへの対策を強調しつつ「90%の東京都民は韓国が好き」と発言。この際の出張では都条例規定の2万6900円を大幅に上回る約7万1000円を韓国のロッテホテルに貢いだが、これはG20に参加した安倍内閣総理大臣の宿泊費である約2万円の3倍をも上回るという。

そしてさらに、彼が立候補の際に待機児童問題の解決を宣言したにもかかわらず、保育所や介護施設を作るためのものだった用地は、彼が朴槿恵の要請を快諾した結果として韓国学校の増設に用いられることとなった。数千にも上る苦情が都庁に寄せられ、職員は仕事に手が付けられない状態に陥るほどとなったが、舛添都知事は東京都全体の人口を引き合いに出して反対意見がごく少数でしかないと主張、あくまでも「90%の東京都民は韓国が好き」理論を貫き通した。

政治資金問題[編集]

資金を不正利用する政治家がよく取る姿勢の例

そして、上記の待機児童問題関連の騒ぎに留まらず、舛添都知事は政治資金に関して最も大きな問題を生じさせた。

まず、当初は公用車でほぼ毎週のように神奈川県湯河原町の別荘へ通っていたことや、海外出張で「要人の急な面会にも礼を失しないため」として都条例の上限を超えるスイートルームを利用していたことが公私混同として問題になっていた。これに関しては、舛添自身は理由を示して問題ないとの主張を貫いていたが、同じく金の問題であった徳洲会事件を機に辞職した前都知事・猪瀬直樹からもバッサリ論破された。猪瀬前都知事は自身の経験を踏まえて「別荘地には緊急無線とポリスボックスとヘリポートの3点が揃っていなければ危機管理上問題がある」、「金曜日の午後(定例記者会見後)に別荘に行くというのは私的と言わざるを得ない」「都知事の仕事は他にもたくさんあるはずだ」「別荘で仕事をしているかどうかは確認の術がない」などと指摘。公用車に関しても「別荘に公用車で直接行く必要はない」「自宅に戻ってから私用車で別荘に行くべきだ」、スイートルームに関しても「要人や偉い人にはこちらから会いに行くものだ。向こうから会いに来たりしないので必要ない。私が知事の時は泊まらなかった」。片っ端から論破であった。

しかし、この程度はまだかわいいものであった。ニュースでは次から次へと新たな疑惑が浮上。都民の支払う税金から出た政治資金をとにかく自分のために使って使って使って使って使いまくり、自宅用と別荘用とで2台の車を購入したり、自分の似顔絵入りの和菓子を大量に購入したり(都民からは「舛添の顔が描かれた和菓子なんて見ただけで食欲が失せる」との声が出ている)、週刊文春から政党交付金400万円をネコババした疑惑が暴露されたり、次々とホテルのスイートルームに泊まって高級レストランの飲食に支出することはもはや常態化していたり、家族旅行を会議と称してそこに政治資金を支出したりと、とにかく、このように枚挙に暇がないほどに政治資金を私物化していた。

そうして辞任を迫られるが、引き続き都知事の座に留まることを表明。「全力を挙げて都民のために」「生まれ変わったつもりで頑張りたい」と宣言し、政治資金問題に関しては名前の公表されていない弁護士による第三者委員会を独自の選定によって立ち上げ、厳しい目で検証してもらうといい、説明はひたすら先送りにしている。なお、この先送り発言はある出来事への布石に過ぎない。橋下徹元府知事によると政治資金規正法では資金の用途について記録があれば公私混同でも合法となり、支出については原則で制約がないという。要するにこの対応はただの時間稼ぎでしかなく、そしてその布石の先にある出来事とは、言うまでもなく6月1日に確定した同月末のボーナスの380万円と給料(年間支給額は計約2900万円)なのであった。[3][4]

辞任[編集]

次から次へと湧き出す政治資金公私混同問題の責任を追及されても、給料を全額辞退してまで我慢強く東京都知事の座にしがみつくことを望んだこともあった舛添であったが、ついに2016年6月21日付で知事を追放された。背景では国民のみならず都議会や自民党からも非難の声が上がるようになっていたが、クビにされるよりは自分から辞任するのがよっぽどマシだったのだろう。

20日に残務処理のために最後の登庁をしたが、終始無言であったということが報道された[5]。かつて石原慎太郎が任期半ばで都庁を去った際には、一千人の職員たちが都庁ホールに集まり、東京消防庁の音楽隊がロッキーのテーマなどを演奏したり、女性職員が花束を手渡したりと、華やかな見送りのセレモニーが行われたという。見送りのセレモニーは長年の慣例として行われるものであり、五千万円の受領問題を機に猪瀬直樹が追放された際も、本人が規模の縮小を希望したとはいえ約60人の職員がホールに集まり拍手で見送ったという。しかし、そんな長年の慣例だったセレモニーも、今回の舛添追放には知事補佐官ら幹部8人が彼を見送って頭を下げたという程度のものであった。一方の舛添は一言も喋らず頭も下げなかったらしい。ちなみに、後片付けにも都は一切支出しないと発表しており、つまりは本人の自腹である。本人もよほど肩身の狭い思いをしていたということが一目で分かることであろう。ただし退職金の額は2200万円に及んだ。「泥棒に追い銭」とはこのことである。

都知事としては悲しい最後を迎えた舛添だったが、ここでさらなる追い打ちを受けることとなった。ここ最近で最大まで達した国民の怒りによる舛添叩きに便乗したのが、ここ数年何かとズレていることで知られるウジテレ…いや、フジテレビであった。同局の番組『Mr.サンデー』は、追放した舛添の故郷にいる「初恋の相手」とされる人物を取材し、彼女が高校時代の文通で舛添から送られたという大量のラブレターを全国ネットで公開したのである[6]。かつての舛添の初恋相手は舛添のラブレターの内容の「正しく・強く・美しく生きていこう」という一文を取り上げ、「「正しく」がちょっと欠けている」と苦言を呈したが、わざわざ昔のプライベートのラブレターまで取り上げて叩いた同局の取材について、視聴者からは「これだとただのイジメ」などという声が上がったそうである。自身が招いた悲劇とは言え、こうして舛添は思わぬところで死体蹴り被害を受けることとなった。

しかし、ここまで嫌われに嫌われた舛添にも、実は彼を支持する層が存在した。それは韓国と中国である。韓国に関しては前述したように舛添も彼らを相手に友好的に接していたからであるが、もう一方では中国でも舛添の辞任について驚きの声が多く上がっていたのだという[7]。その一つとして、香港紙「リンゴ日報」は舛添による政治資金の公私混同について多くの支出例を取り上げているが、読者から「クレヨンしんちゃんを買っただけの理由で謝罪した[8]のなら、我々が受ける賄賂は多すぎる」「中国ならば清い役人」という旨の感想が寄せられていることが日本でも報道されている。そもそも中国はこれらの件に一切関係がない部外者だが、これほどまでに舛添が中国で支持されているのであれば、この上なく居場所を失った舛添を段ボール箱に詰めて中国へ送っても良いのではないかという声が日本国民からは上がっているという。

復帰に向けて[編集]

こうして舛添は中国へ輸送されることまでも期待されたが、実際には政界への復帰を虎視眈々と狙っているということが噂されている。女性自身の報道によると舛添は今回の辞職に大きな不満を抱いており、復帰を狙っているということについては都庁関係者も確信を持っているようだ。[9]

舛添は2億円の貯金を蓄えており、職を追われても全く本人には不都合がないかと思われた。しかし、この都庁関係者に対する取材によると実はそうではなく、舛添は自分の貯金を消費することを徹底的に嫌い、マスコミから隠れるためでも自腹でホテルに宿泊することは絶対にないという。そうして舛添は、もはや法治国家のグレーゾーンから蜜を吸って生きることがやめられず、追放に対しての不満を周囲の職員に対して漏らし続けていたという。また、同じような理由で大臣を辞任した小渕優子衆院議員を引き合いに出し、自身のへの処遇が過度なものだとする不平をしきりに口にしていたともここでは語られた。

そして復帰への第一歩としてか、前述のような報道をしたフジテレビへの報復も始まった。フジテレビは前述の件だけに限らず、一連の舛添批判に関して特に熱心だったとも言われており、世間の舛添叩きの声に過度なまでに便乗していたという声も聞かれた。舛添はこのフジテレビが妻子を執拗に追い回して取材したことを理由として放送倫理・番組向上機構(BPO)に申し立てたのである。「盗人猛々しい」とはこのことである。国民の一部は、ある点で共通点を持つこの二者の潰しあいから目が離せないという。

余談[編集]

都知事・舛添が起こした公私混同問題によって== 「セコイ」 ==という日本語を世界中に広めた功績は称賛に値する。


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な、なんだってー!!

脚注[編集]

Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「舛添要一」の項目を執筆しています。

なお、脚注に特筆するものを除く出典は主にウキペディアである。

  1. ^ 出典: ダサすぎ? 東京五輪「おもてなし制服」、ネットで酷評:朝日新聞デジタル
  2. ^ 出典: パクリ再確認!東京五輪おもてなし制服!李氏朝鮮の王宮守衛の衣装の丸パクリ・支那韓国の笑い者 ( オリンピック ) - 正しい歴史認識、国益重視の外交、核武装の実現 - Yahoo!ブログ
  3. ^ 出典: [1] (リンク切れ)
  4. ^ 出典: [2] (リンク切れ)
  5. ^ 出典: 舛添氏、最後の登庁 セレモニーなし 終始無言 (産経新聞) - Yahoo!ニュース
  6. ^ 出典: 「ただのイジメ!」舛添元都知事の初恋ラブレターを番組で晒したフジに批判殺到 | アサ芸プラス
  7. ^ 出典: 舛添都知事の辞任に多くの中国人が自国と比較し驚愕:@niftyニュース
  8. ^ 関連: UnNews:「クレヨンしんちゃんは不適切」舛添氏調査で第三者弁護士
  9. ^ 出典: 舛添要一「貯金2億円」隠遁生活も“禊ぎ出馬”虎視眈々 (女性自身) - Yahoo!ニュース

関連リンク[編集]


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