自虐

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自虐の一例

自虐(じぎゃく)とは、概ね愚痴と同一視される、気持ち悪いものである。たまにこれをネタに昇華させることができるものもいるが、そんな奴は稀にしかいない。

概要[編集]

要するに自虐の定義とは自分を虐げることである。ウェブ広告にしばしば登場する「うわっ…私の年収低すぎ?」などがその典型とされる。

自分の外見、性格、性癖、社会における立場などをこき下ろすのである。どんなに卑しい人間にも、自尊心は宿る。その自尊心をかなぐり捨ててまでこのような行動を取る理由は、三つに大別される。

  1. あらかじめ予防線を張る事で自覚していることをアピールする。
  2. 自分の劣っている点を馬鹿にすることで周囲の笑いを誘う。
  3. 相手を愚弄させ、激昂する姿を見て嘲笑するのが目的。

大抵の場合、1の用途で使われることが殆どだ。しかしながら、周囲には予防線を張っていることがバレバレであることが多い。そのため、「それで予防線張ったつもりかよクズ野郎」などと追撃を食らってただでさえ豆腐なメンタルが粉々に砕けてしまうことが多々ある。

2の場合、1と比べると、自分の短所を笑いのネタに昇華させようという時点で、1よりはポジティブ、生産的に見える。しかし、言っていることがネガティブなことに変わりはなく、そもそも自覚しているほど駄目な人間であるなら、その自虐は押しなべてつまらないのである。そのため、やはり1のケースと同様に、周囲の嫌悪感をかえって増幅させてしまう危険性が高いのだ。

2の典型例が日本という国である。この国は政府や国民が「私達の国は過去にこんな鬼畜の所業をやらかした人でなしの集団であります」と自虐ネタを披露して中国韓国の笑いを取ろうとしているが、一向に中韓を笑わせることは出来ず、彼らは「真摯な反省が足りない」「謝罪と賠償を要求する」とかえって激昂する始末である。

3に至っては2とまるで逆であり、笑いを提供するためではなく自分が笑うために自虐を使っている。しかもその手段に挑発的な行為を使っている分、下劣な行為である。しかし、相手が冷静であった場合、自分一人が下らない自虐を披露して恥をかくという自爆になってしまうため、博打の要素が強い。

結論[編集]

できる限り自虐はするべきではない。自虐でネタをとろうとする人間は三流の屑(自戒)

虐められっ子は自虐が上手いか[編集]

自虐とは自分を虐めることである。そのため、自分が虐められた経験を持つ虐められっ子は、自分の虐め方が上手いために自虐ネタが上手だと考える人が多い。しかしこれは大きな過ちである。自虐ネタはただの自虐ではなくネタを含んだ自虐である。自虐ネタ大事なことは自分をいかに上手く虐めるかではなく、自分を虐める行為によっていかに周囲を笑わすことができるかに尽きる。上手に自分を虐めるだけでは、周囲にはただの僻みや愚痴にしか聞こえないのだ。

一方、聡明ないじめっ子達はこのことに気付いており、さらに、自分を虐めることよりも自分が他者を虐める方が周囲に笑いを提供できるという歪んだ人間の心理を熟知している。こうしていじめっ子達は今日もいじめに邁進し、虐められっ子はいつかこの苦痛も自虐ネタに昇華できるかもしれないと淡い希望を抱き続ける。

関連項目[編集]

Wikipedia
ナニモノかがウィキペディアに「自虐」の項目を執筆しましたが、要出典厨削除厨の暗躍により削除されてしまいました