自然淘汰

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自然淘汰(しぜんとうた)とは、生物進化を説明する概念の1つ。1898年にチャールズ・ダーウィンとその他1名によって体系化された。

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ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「自然淘汰」の項目を執筆しています。

概要[編集]

原義的には生物の進化について説明する際に用いられていた言葉であり、簡単に説明するならば次の通り。

周辺環境の変化によって圧力を受けた種は、その圧力に適応する方向に進化しなければならない。その進化の原動力となるのは個体間の微妙な差異であり、より環境に適応した特長を持つ個体が生き残り、そうでない個体は振るい落されることで種全体が環境に適応した方向に進化することが出来る。そして、その環境に適応するか否かを篩い分ける「篩」こそが自然淘汰である。

また、現在はそこから転じて生物に限らない様々なものに対しても同様の趣旨で用いられる事がある。分かりやすい一例を挙げれば、いじめられっこはやがて転校するが、いじめられることに快感を覚えてマゾに目覚めた者は現状に満足してその学校に居続けられる、この場合、適応できなかったものが自然淘汰(=転校)され、適応力のあったものが進化(=マゾヒスト)になる。マゾヒストに進化したいじめられっこはやがて立派な社畜に進化するだろうし、適応できずに転校したいじめられっこは転校先でも淘汰され、NEETへの道を辿るだろう。

発見[編集]

自然淘汰説を体系化したダーウィン。一見すると猿の様に見えるが、当時の人々はみんなこのような風貌であった。ここにも進化の片鱗が伺える

自然淘汰説がダーウィンとその他1名によって体系化される3年前、ちょうどダーウィンが86歳のときの話である。当時の平均寿命から考えるとダーウィンは非常に長生きをしていた。それ故、彼自身も自分の死期が近いと言うことを感じており、来るべき日に備えて日々、身辺整理をしていた。

そんなある日のことである。彼がいつものように身辺整理を進めていると、の裏から大きな紙袋にひとまとめにされた書籍の束を見付けた。ダーウィンが若かりし頃に使っていた参考書である。自分が初めて買った参考書、古本屋で買い求めた規制がかかる前の古い参考書、それらに描かれた女性の絵画を見つつダーウィンはしばしの間思い出に浸っていた。その本を読み終えてダーウィンがこっそりと紙袋に戻そうとした時、ダーウィンはふと一種の違和感を覚える。ダーウィンはその違和感の正体を探るために急いで本屋へ行き新しい参考書を3冊買ってきた。そして古い参考書と新しい参考書を比べながら、ダーウィンは違和感の正体を突き止めた。古いものに比べ新しいもののほうが、女性のが大きく張りがあるのである。そして後者のほうがずっと魅力的だ。

ダーウィン、齢80を超えて完全に羽化する。

全ての生物がそうであるように、人間の女性にも個体間で様々な特徴がある。その中で胸という特徴に注目すると、一般に大きく張りがあるほうが魅力的であり、それはつまり異性の関心を引く事につながる。そして過去と現在を比べると胸が大きいという特徴をもった個体の比率が増加している。つまり、

  1. 胸が大きい女性は異性を惹きつけることになる。
  2. それ故により大きな胸を持った女性が子孫を残し、そうでない女性は子孫を残せない。
  3. 胸を大きくする遺伝子を持った子孫が多く誕生する。
  4. 1~3のサイクルが数世代に渡って繰り返され、結果的に胸が小さい女性は種として衰退した。

と言う過程を経て胸が小さい女性が淘汰されたのである。ダーウィンはこの発見を元に、3年後、自然淘汰と言う考え方を体系化することとなった。

しかし現在では、ダーウィンがハト品種改良の現場に行ったときの発見が、自然淘汰と言う概念の元になったという考え方が一般的である。これは、エロ本を読んで科学が進歩したと言う事実が、科学にはふさわしくないという理由で、科学史から抹消されてしまったためである。そういった意味では、先に記したエロ本の下りも、自然淘汰されたのである。

様々な自然淘汰[編集]

今や、淘汰されつつある胸の脂肪が乏しい女性。自身もそのことを認識しており、自ら希少価値と豪語している。

アンサイクロペディア編[編集]

ここ、アンサイクロペディアでは非常に顕著な自然淘汰を数例確認する事が出来る。例えば、

  1. やる気に実力が伴わない新参利用者が登場。
  2. 新規の記事を大量に投稿する。
  3. 古参利用者やエクストリーム・NRV貼りつけプレイヤーによるNRV攻勢。
  4. その結果として、
    1. やる気を失わずに執筆を続ける。
    2. 世間の荒波に疲れて立ち去る。
    3. 逆ギレして荒らしと化す。

というありがちな事例を挙げることができる。この場合、NRV攻勢にめげずにやる気をもって活動を続ける利用者は次第にユーモアのセンスを磨いていき、いずれアンサイクロペディアという環境に適応してアンサイクロペディアンという種の質を上げる事となる。逆にそれ以外は自主的な形にしろ投稿ブロック的な形にしろアンサイクロペディアを去ることになり、つまりはアンサイクロペディアから淘汰される事となる。このような事例が毎日と言えなくても比較的頻繁に見受けられるあたり、アンサイクロペディアという自然環境の厳しさが窺い知れる。またこの他にも、「ユーモアに欠ける記事は加筆、もしくは削除される」という点でも一種の自然淘汰が成立しており、こちらに関しては365日年中無休で見る事が出来る。

ウィキペディア編[編集]

アンサイクロペディアのパロディサイトであるウィキペディアでも、顕著な自然淘汰を確認する事が出来る。例えば、

  1. ルールを知らない新さん利用者が登場。
  2. とりあえず記事を大量加筆。
  3. 「二次研究が云々」とか「検証可能性が云々」とかよくわからないことを言われて差し戻し。
  4. ウィキペディアンになることを挫折する

ただしウィキペディアはアンサイクロペディアに比べて未熟なサイトであり新参率が高いため、彼らの非合法的行為が見過ごされがちなのが現状である。

週刊少年ジャンプ[編集]

現代社会で確認可能な自然淘汰としては最も苛烈な部類に入る。

  • 読者アンケートの結果が芳しくないので、とりあえず打ち切る。(=淘汰される)
  • 著名な作者だが読者アンケートの結果が芳しくないので、とりあえず打ち切る。(=淘汰される)
  • 編集長のお気に入りなので、とりあえず打ち切らない。(=適応した)

など、不条理極まりない自然淘汰がまかり通っている。

自然淘汰の反証[編集]

現在においては自然淘汰という概念は一般的なものとなっているが、その反証も存在する。一例を挙げると、自然淘汰説の元となった、女性の胸のサイズで言えば、今現在の女性に胸の脂肪が乏しい人がいないかと言えばそうではない。そのため、この矛盾を説明するために、その自然淘汰説を否定する新たな説が近年、提唱された。

個体選択説[編集]

自然淘汰説とは、自然(環境)が個体を選択するという考えに基づくものであるが、その反対の考え方、すなわち個体が自然(環境)を選択すると言う考え方が個体選択説である。分かりやすい例を挙げれば、いじめられっこは環境が気に食わないので、転校という形で他の環境を選択する。もしくは、いじめられることに快感を覚えたのでマゾに転職するという選択をするということである。先に挙げた女性の胸のサイズの話で言えば、胸の大きな女性が好まれるから、胸を大きくする努力をする人が増えたと考えるとどうだろうか。胸のサイズは食生活や習慣によってある程度のサイズ調整ができることが知られている。つまり、昔に比べて胸の大きな女性が増えたのは、女性が胸を大きくするという選択をした結果なのである。

これまでの地球上の歴史の中で、数多くの生物が環境に順応できずに絶滅してきた。しかしそれは、地球と言う環境が一つしか存在せずに、他の選択肢が存在しなかったためである。もしも、この地球が全く環境の違う2つであった場合、これまでに絶滅してきた生物の何割かは今も絶滅せずに生きながらえていただろう。ユーモアが足りずアンサイクロペディアという環境になじめなかったものは、アンサイクロペディアから排除(=淘汰)されるわけではなく、ユーモアの必要ない某パロディサイトに移住するという選択をするのである。

自然淘汰の正しさ[編集]

ダーウィンとその他1名による自然淘汰説の発表から100年以上経過しており、自然淘汰説の正しさを疑問視する声も上がっている。しかしながら、自然淘汰説の正しさは自然淘汰説それ自体によって証明されていると言える。確かにその誕生から100年以上が経過している学説であり、時代遅れの感は否めないかもしれない。だが、それにもかかわらず現在も自然淘汰という概念は存在し続けている。

例えばアリストテレス四元素説やキュビエの天変地異説など、かつては真理として受け入れながらも現在では淘汰され、忘れ去られた多くの学説がある事を考えれれば、自然淘汰説はまさに自然淘汰に基づいて適応したのである。

関連項目[編集]