自意識過剰

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
移動: 案内検索
Aonisai.gif この項目には、青二才の君たちが見たくもない現実が含まれています。
君たちがまだ青臭い理想を抱いている場合、この記事の内容は受け入れがたいものである可能性があります。
現実を直視できない場合は、家に帰ってママのおっぱいを吸っているか、その場で精神崩壊して時が来るまで夢を見ていてください。

自意識過剰(じいしきかじょう)とは、働く者が発症しやすいセカイ系の病である。自己肥大とも呼ぶ。

Bouncypotato.gif
この記事「自意識過剰」は何故か「自己中」とネタや題材がダブっています。どちらが真実なのかは神のみぞ知ります。
Bouncypotato.gif
この記事「自意識過剰」は何故か「自己中心的」とネタや題材がダブっています。どちらが真実なのかは神のみぞ知ります。

概要[編集]

自分がいなければ、自分がいなければ社会はとんでもないことになってしまう。自分が、自分が・・・と自分の存在意義をありえないほど高く置いているのを自意識過剰または自己肥大と呼ぶ。「自分がいなければ、この会社は、この学校は滅亡してしまう」と自分自身と所属する組織の存亡をいきなり直結してしまい、上司や部下、先輩に後輩、家族や行政といった中間項が思考の枠から完全に消滅してしまうのが、最も典型的な症状だ。

自分がいなければ会議ができなくなるだけの権限を保持している経営者や幹部社員が最大の患者層である。権限以上に頑張るところに自意識過剰の足音がする。しかし、マスコミの報道ではそんな権限はおろか、自分が一切関与しなくても社会が何の支障もなく動いていることを日々実感しているはずの仲間外れや存在感ゼロのカースト4軍の間でそのような意識が蔓延していることになっている。

一体どうしたことだろう?普通ならありえない事象を報じるのがマスコミの使命とするのなら、自意識が社会の中でいかにちっぽけかを日々認識させられているはずの層が自意識過剰に陥っていることに特筆性を感じるのだろうか?だとすれば、たまには症例の9割を占める経営者層の症状も報じるべきだ。

症状[編集]

発症すると、以下のような行動を採るようになる。

1秒も休まない
発症すると、組織のために24時間365日、1秒も休まず労働するようになる。体調のことなどお構いなしに働く。自分がいなければ会社や学校というセカイは滅亡してしまうと思いつめながら働く。本当は実態のないウソと分かっていても、それが実証されてしまうのが怖くてたまらないから働く。
部下のお前も1秒も休むな
上司が自意識過剰に熱狂して働く職場では、部下に過剰感が伝染していく。部下は自分の職務権限では考えられないほどの万能の権限を授かったと思い込み、熱心に労働する。会社が宇宙救済の使命を世界機構から与えられたと信じて働く。ずっと働いていると、生産性が劇的に低下すると言われても、都市伝説と信じて耳を貸さない。
自分の仕事だけは違う
客観的には過去に誰かが行ったことを反復するだけの仕事内容だったとしても、自分の職務はどこにも前例がない独創的な画期的事業と思い込む。電話でのやり取りがeメールに代わっただけなのに、この仕事はどこにもなかったと思い込む。縫う服の色が変わっただけなのに、その色がどこにもなかった色と思い込む。
仲間はやっぱり何もできない
自分がいなくても、同僚などの仲間が自分たちの埋めるなんてことはありえない。何故なら、同僚は無力で無能であり、所詮は自分がいないと何もできない引き立て役なのだから。この言葉には実態が伴っていなければならない。同僚なんてみんな無能で結構だ。奴らに自分の穴を埋めるだけの能力があったら、こちらの尊厳にかかわる。
自分のやった解釈は他の誰も行っていない
部長の自分が行う解釈はいつだって独創的なものだ。自分は誰でも観たり読んだり聞いたりしている流行現象を誰よりも知っている。流行らなかったものは一切観ていない。だから、経営者の自分が行う解釈は誰よりも独自性があるのだ。自分は他の誰よりも独創的なのだ。この独創が誰でも考えているなんて絶対ない。
あいつは自己肥大だが、自分は違う
自分は権限を与えられているから、万年平社員のあいつとは違って、決して自己肥大などしていない。あいつは自己肥大しているから、いつもしょげた表情でカラオケに行っても絶対歌ったりしないが、自分は実態ある権限を持っているから、世界征服の歌を選んだとしても、絶対自己肥大ではない。
単純労働を自分の居場所と思い込む(全体の1%のケース)
社会からの疎外感を長年覚えていた奴が奇跡的にも就職した。仕事は箱詰めの単純作業だ。偉大なる自分の作業のおかげでこの社会が構成されていく。ああ、こここそ自分の居場所だ。8人の仲間の中で最も作業速度が遅くとも、ここが自分の居場所なんだ。上司にいくら殴られても、賃金が最低水準に満たなくても、労働時間が他よりずっと長くても、ここが自分の居場所なんだ。よし、今日もお仕事系じゃなくロボットアニメの戦闘歌を奏でて、資本家の犬乙とかほざいてくる労働組合スパイどもを密告して、自分の居場所を確保するぞ。尊厳ある偉大な職務たる箱詰めが誰でも出来る作業だなんて誰にも言わせない。

治療法[編集]

このような状態が続くのは、短期的には収益になっても、長期的には悪弊しかもたらさない。そんな自意識の過剰感を和らげるには、「経済活動とは、すべて経営者の利潤のための自己愛にすぎない」と説いたアダム・スミスピーター・ドラッカーの原点に立ち返るしかない。

あらゆる経済活動の最終的な受け手たる消費者が、自意識過剰にも聖人君子ぶろうとする企業を「しょせんはカネのための自己憐憫なんだろ?」と相対化してやれば、過剰感は抑制される。そこに、「他にも同じようなものをつくっている会社はいくらでもある」と自由競争市場原理の教義を説いてやれば、患者たちも労働行為に一生を投じる無意味さを自覚するはずだ。赤字という使徒に倒されて、会社が更生法適用を申請したとしても、地域セカイは滅亡したりしない。

関連項目[編集]

Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「自意識過剰」の項目を執筆しています。