織田信成

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
移動: 案内検索
Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「織田信成」の項目を執筆しています。
霊長目のうちヒトを除いたものに似ているといわれ怒っている信成。
周囲を魅了する演技。
浅田真央とも仲が良い。
「飲んだら乗るなホトトギス
織田信成 について、織田信長

織田 信成(おだ のぶなり、1987年3月25日 - )は、日本フィギュアスケート選手。織田信長の末裔として、王子ブームのさなかでも「殿」や「将軍」または「上様」、飲酒運転発覚後は「うつけ者」と呼ばれ独自の道を進み、時代に迎合しない姿を見せる。氷の上で天下統一を目指しているが、高橋大輔には一歩先を行かれている。

人物[編集]

関西大学文学部に在学中。永遠のライバルである高橋大輔はこの大学の先輩であり、キャンパス内で織田と高橋が偶然鉢合わせして火花を飛ばすこともしばしばである。その場で周辺の人を審査員に演技を始めることもあり、関西大学の名物の一つとなっている。

織田信長の末裔となっているが、顔は霊長目のうちヒトを除いたものに酷似していることから、一部の歴史研究家から豊臣秀吉の子孫ではないかという説が唱えられ、真偽が問われている。もし豊臣秀吉の子孫だった場合は、韓国でツアーが開催されても参加できなくなってしまうのは確実である。そのことを危惧してか、ツアーがたまたまないのか、未だ韓国に入国したことはない(彼の公式ホームページここで彼のいった国がわかる。日本が行った国々に入ってないのはギャグかミスかは不明)。

涙もろい性格であるが、スケートリンクの上では決して泣こうとしないという。つまりコートの中では平気なのということであろう。だがリンクの外では成人した今でも涙もろく、採点ミスによる順位の入れ替わりで優勝が取り消された時や、後述する飲酒事件ののちの会見においては周囲の目をはばかることなくわんわんと泣いている。

2010年4月22日、中学生時代の同級生をうっかり妊娠させてしまい、その責任を取るかたちでと入籍。下半身もうつけ者であることが明らかとなった。

スケート技術[編集]

高橋大輔に比べるとイケメン具合やバランス、顔のかっこよさでは劣るものの、見かけによらず鋭いスピンを得意とし、戦国武将のおかげか大舞台でも真価を発揮することができる。

某糞真面目な百科事典によると「演技の流れの中で跳ぶジャンプは評価が高く、顔面をフルに使った着氷も美しい」らしい? 競技場のテンションは大盛り上がりだろうが、既に大道芸の一種である。一見の価値はあるか?

最近は祈祷師ニコライ・モロゾフをライバルの高橋大輔より奪取に成功したものの、その余りに強い呪術のためか本番中に靴紐が切れるなど苦難に陥ってもいる。

先祖について[編集]

織田信長の末裔と自称しているが、明らかにおかしな系図を提示することで世の日本史ヲタを狂喜乱舞させている。爺ちゃんは1995年まで生きてたのに曾祖父の名前が分からんてどういうこっちゃ?また、第六天魔王の子孫と言えばそれはそれは格好良いが、主張する血筋は信長の息子の中でも”(たとえ相手が猿帝王ラスボスの、人知を超えた破格の二大巨悪であったとしても)華麗なる負けっ放しで有名な織田信雄”の系統である。 はっきり言ってあまり格好良くない。さすが信成。

系図[編集]

太線は実子、二重線は養子。

 織田信長
(1534-1582)
   ┣━━━━━━━┓
 織田信雄    織田信高
(1558-1630)(1576-1602)
  ┃       ┃
 織田高長    織田高重
(1590-1674)(1602-1661)
  ┃       ┃
 織田長政    織田一之
(1628-1690)(1636-1695)
  ┃       ┃
 織田長喬    織田信門
(1672-1751)(1662-1716)
  ┃       ∥
 織田信義    織田信倉
(1708-1786)(1696-1752)
  ┃       ∥
 織田信直  →  織田信直
(1732-1795)(1732-1795)
          ┃
         織田長孺
       (1769-1837)
          ┃
         織田長裕
       (生没年不詳)
          ┃
         織田信真
       (1842-没年不詳)
          ┃
         名前不詳
       (生没年不詳)
          ┃
         名前不詳
       (生没年不詳)
          ┃
         名前不詳
       (生没年不詳)
          ┃
         名前不詳
       (生没年不詳)
          ┃
         織田重治
       (1917-1995)
          ┃
         織田信義
       (1942-)
          ┃
         織田信成
       (1987-)

4人の名前不詳・生没年不詳は「原文ママ」である。つまり重治じいちゃんは自分のお父さんもおじいちゃんの名前も知らないのだ。そして1842年生まれの織田信真と1917年生まれの織田重治の間に4人いるが、それぞれかなり若くして子供をもうけない限り無理が生じる。「75歳で来孫がいる」というのは不可能ではないが、何か腑に落ちない。

飲酒運転[編集]

2007年7月27日に大阪府高槻市で行われていた飲酒検問ミニバイクで通りかかり、アルコールが検出され酒気帯び運転で逮捕となる。逮捕時は「えぇい離せぃ! わしは酔っておらぬ!!」とわけのわからないことを話していた。当日は有名なハッテン場でもある梅田サウナ店で飲んでいたという話であるが、二つの意味において一緒に飲んでいた者にはめられたのかどうかは不明。警察は一緒に飲んでいた者達に明智姓がいないか調査したが確認できず、孔明の罠や、天狗の仕業であるとの陰謀論であるという説も有力。

一夜明け芸能人の不祥事などが起きた時の恒例行事、涙の会見を開き「いつもはを使っている」と謝罪したが当時福岡での飲酒運転事件が起きており、重大に考えた日本スケート連盟には通用せず、市中引き回しの上打ち首獄門の刑国際大会5ヶ月、国内大会3ヶ月の出場停止、特別強化指定選手の5ヶ月間解除の処分が下された。

彼を逮捕した警官の一人が、明智だった。恐るべき因果である。

関連項目[編集]

Quqpacmanlogo3.png
織田信成が放った発言は、後世の物好きのために、有志たちによって「Unquotable/スポーツ選手」へ収録されています。