紀貫之

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紀貫之(きの つらゆき)は日本ネカマ日本最古のネカマであり、また最も釣りの上手な男でもあった。 身も心も女になりきっていたことから数多くの男を魅了した。

また、彼の書いたっらゅき☆ぶろぐは最終的にアクセス数5億回を達成し、元祖ブログの女王とも言われる。古今和歌集の編纂にも携わった。従兄弟の友則とはズッ友だょ☆

あと案外知られてないが、土佐県知事時代は当時ブレイク寸前だった藤原伊予掾純友にクンロクも入れているガッチガチの武闘派である。

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ブログ[編集]

平安時代に女性の間でブログが流行。その際に彼も憧れて女性に扮してつらゅき☆ぶろぐを執筆。

序文の、「男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり。」 (訳:オトコのコがやってるぶろぐ?っていうのを なんとっ! ぁたしも始めちゃぃまーす☆(ゝω・)vキャピ━☆

は有名である。中身は京都から土佐までの旅行についてや、日常の疑問や不満、土佐県在住時の思ひ出ぽろぽろなどを書き綴り、人々の共感を呼びアクセス数は急増。 書き始めて僅か2年半で1億アクセスを達成した。 彼が死ぬまでの総アクセス数は5億8682回だった。 彼が男性であることが一般に知られたのは彼が死んでから8年も経った後であった。

「ブログ之生み之祖(おや)」として現代のブログ流行の礎を築いたことから、彼は旧ブログの女王と称され、現代のブログの女王眞鍋かをり中川翔子にも大きな影響を与えた。

短歌[編集]

彼(彼女)は非常に優秀なポエマーでもあった。 あまりにもグレェトなその作品群は「豪運が唸り爆運が炸裂する阿修羅級の功徳兵器」としていくつもの歌徳説話でカルトな幸運グッズとして扱われている。

また、小倉百人一首には、「人はいさ心も知らずふるさとは 花ぞ昔の香ににほひける」(意訳:周りの人たちはみ~んなガラス細工のように繊細な私の心なんて知ったこっちゃなしに私を傷つけるけど、私は昔から花のいい香りがよく似合う女の子だったんだからっ!

古今和歌集には、「敷島の大和にはあらぬ唐衣 ころもへずしてあふよしもがな」(意訳:あっ!せっ…先パイ…あのっ…あたしに第二ボタンをくださいっ!

という、己が実はおにゃのこであるという心情を暗に訴えかける歌を残している。

一方、六歌仙を選出した時、女性として小野小町だけを加えたのはネカマ特有の荒らし行為の一環とされている。

その他[編集]

  • 元々はただのなりすましだったのだが、土佐から京都までの紀行を自分が女であると妄想しながら書いている内に自ら自分の書いているその筆にのめり込んでしまい自分を女だと思い込むようになってしまった。
  • 彼のブログ内で使われていた独特の言葉は「つらゆき語」と言われ、世界一難解な語とされ現在も解読中である。さらにこの言語の派生語としてしょこたん語ルー語がある。
  • 彼のブログを書籍化したものは、その文学性から国語科の教科書にも転載されている。そのため現代にはネット上で性別を偽るネカマ、ネナベを見抜く能力を持つ者が増加している。この傾向は、紀貫之のように逆に女らしい文章で人々を楽しませるネカマブロガーの生育を妨げるとして、近年教科書の大規模な改編が行われつつある。
  • 最近の研究によって、日本で最初にギャグ、ジョーク、ユーモアを使った事が判明している[要出典]。つまり彼が日本最初のアンサイクロペディアンである可能性がある。今後の研究が待たれる所である。

関連項目[編集]

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紀貫之が放った発言は、後世の物好きのために、有志たちによって「Unquotable/作家」へ収録されています。
みなさん、松平です。 この項目「紀貫之」は、日本史に関連した企画書ですが放送日が迫っています。アンサイクロペディアではその時でないのに歴史が松平アナを動かす! (Portal:スタブ)