系統樹

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
移動: 案内検索
ヘッケルによる系統樹。右の髭を蓄えた老人がヘッケルである。
Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「系統樹」の項目を執筆しています。
Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「生命の樹」の項目を執筆しています。

系統樹(けいとうじゅ)とは、生物の進化の過程、及びその存在の段階を樹状に示したものである。古くは旧約聖書にも登場し、生命の樹、セフィロトの樹とも呼ばれる。

概論[編集]

系統樹を描いたのはエルンスト・ヘッケルである。ヴァンパイアハンターとして名を馳せたヘッケルは、ある時に片田舎の古本屋でチャールズ・ダーウィン進化論と出合い、聖書に記された生命の木の真意がここにあると確信する。生命の樹それ自体は旧約聖書以降、世界中の神学者、魔術師、錬金術師たちによってその再現が常に試みられており、それら生命の樹についての研究は徐々に専門化され、カバラという神秘主義思想として定着していた。特にヘッケルのいた当時は、折しもエリファス・レヴィによるタロットとカバラとの融合魔術が登場した時期であり、カバラ魔術は妖怪退治業界の花形の一つでもあった。そのため彼の同僚にもカバラ魔術師は多く、彼らの助けなくしては系統樹は描けなかったであろうと後にヘッケルは語っている。

また、ヘッケルに絵画の才能があったことも大きい。彼は一流の絵描きとしても知られており、その類稀なる才能を分類学関連の学術書でのみ発揮するという才能の無駄遣いで人気があった。

アインとアイン・ソフとアイン・ソフ・オウル[編集]

カバラでは、世界の生成はアイン(無)、アイン・ソフ(無限)、アイン・ソフ・オウル(無限光)から起こったとされる。それぞれは0、00、000という数字で表されることが多く、これは古来より数秘術と強い関係があったカバラならではの記述方式である。

十字教徒であったヘッケルは、旧約聖書を照らし合わせ、アインは神による世界創造以前の無の空間、アイン・ソフは神による世界創造であると考えた。何もない空間とは光すらもない暗黒なる闇であるため、無から有を作り出した神の世界創造はその逆なる力と考えるのが自然である。このことより、アイン・ソフ・オウルとは神の世界創造に伴う聖なる光の顕現であるとしている。後にこれはビッグバン理論の台頭に伴い、アイン・ソフはビッグバンによるインフレーションエネルギー、アイン・ソフ・オウルはビッグバンに伴う爆発光という図式をもってしてその正確性が示されることになった。

生命の系統樹。マルクトより出でてケテルに至る。カバラ魔術ではケテルは王、マルクトは王座に座す女性を象徴する。二人は通じ合っているとされており、カバラでも最上位に近い儀式魔術に指定される。

系統樹における対応[編集]

系統樹は10段階に渡るケフィラと、22に大別された小径(パス)によって表される。それぞれのケフィラは地球の地質時代に対応しており、それぞれの時代に現れた生物が分類されている。系統樹の根幹部分にあるケフィラは第10ケフィラのマルクトであり、カバラでは『地球』の象徴である。これは地球上に初めて生物が現れた段階を示すものであり、系統樹はマルクトより伸びた樹木の形状を取るものになっている。

分岐はそれぞれの時代の生物が別の種に分かれたことを表しているが、特に中央部、系統樹の幹の部分(均衡の柱)にある座す五つのマルクトには重要な意味が与えられている。

  • 最下位、マルクト(四色)。前述の通り、生命の始まりを示す。
  • 下位、イェソド(紫)。マルクトに最も近いケフィラであり、先カンブリア時代の生物の全てがここに分類される。カンブリア爆発による生物の多様化により、このケフィラから初めて系統樹に大きな分岐が示される。
  • 中位、ティファレト(黄)。下位の三ケフィラより交差の位置に座すこのケフィラは、それまで水中のみを活動範囲としていた生物達が地上へ進出し始めた時代に対応している。ティファレトの左右にケフィラが置かれていないのは、それに伴った生態系の大変動による種の減少を表している。
  • 上位、ダアト(透明)。ティファレト同様に下位のケフィラの交差の位置に座すケフィラで、やはり生態系の大変動を表している。これは白亜紀末の大量絶滅に対応するケフィラであるが、色は透明指定の隠されたケフィラとなっており、正式なケフィラとしては描かれていない。これは大変動の原因が氷河期隕石など、地球上の生命の変異とは直接関係のない偶然の産物、イレギュラーなものであったためである。
  • 最上位、ケテル(白)。最上位に位置する未来のケフィラであり、生命は分類されておらず、下位ケフィラから交差する位置に座す。これは何万年後かに必ず起き得る、今までにあったような大規模な生命の変動を表したものであるが、そんな人類が生き残っているかも怪しい遠い未来のことを描き込む必要なあるのかという批判も多い。

関連項目[編集]