糸井嘉男

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糸井 嘉男(いとい よしお、1981年7月31日 - )とは札幌日本ハムファイターズオリックス・バファローズの外野手。日本のプロ野球選手として、貧打を救うために開発されたサイボーグである。

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概要[編集]

京都府与謝郡岩滝町生まれ。

当初は、大型の投手としての開発を試みられていた。ところが2年の歳月をかけても『変化球および、それらを制球するソフトの開発が難航』したために廃棄される予定だった。そこを研究開発部長による抜本的な製作方針転換で、野手としての再開発にシフトチェンジされた。

2006年頃から、試作品として2軍での様々なテスト課題をクリア。次年度の1軍ロールアウトへの道筋を付けていた。

2007年には、糸井ver.0として1軍デビューを果たす。ところが、早々に初期不良を多発させたため、瞬く間に研究開発部へ送還された。すると、ソフト・ハード両面の改変に手間取ったため、ver.1としての1軍再起動はシーズン末期となった[1]

開発を続けること4年。2008年になって、サイボーグ糸井はver.2として開幕スタメンを獲得。完成した、かに見えた。

しかし、開発時からハイスペックな能力を要求される以上、稼動部分への負担軽減は不可欠であり、何度も何度も修理改造が繰り返されてきた。だが、能力ゆえの負担は今回のver.2でさえも耐性が追いつかず、わずか数日で故障に診まわれた。
そして改修が終わった後半戦からver.3として頭角を現すと、クライマックスシリーズでは、球場内全ての人間の度肝を抜くレーザービームを見せつける。

2009年、ついに選手として開花。序盤こそ投手の左右により試合でも起用される、緑色の球団マスコットとの併用があったが、対左投手のソフトをアップデートさせた好調の打撃が決め手となった。おかげでスタメンと中堅手の位置を確保。6月には自身プロ初タイトルとなる月間MVPを受賞した。2番や7番での起用が多かったものの、稲葉篤紀が欠場した際にはクリーンナップを任される。 監督推薦によりオールスターゲームに初出場した。

この年はから万全のようであっても、1年通してのフル稼動経験の無さが最後になって糸井を蝕んだ。

チームが優勝争いの中心となった終盤戦になると、それまで想定されていたテストケースとは比較にならぬほどの緊張感の中で戦い続けた影響が見え始めた。これが、後述するリミッターの効果を減少させたのだろう。おかげで稼動部各所への負担増大につながり、幸いにも故障には成らなかったものの、エネルギー効率の低下という新たな弊害に見舞われたのである。それが9月以降からの、電池消耗度の早まった電池切れに起因する打率低下につながった模様。せっかく首位打者争いを繰り広げておきながら、ナベQ監督のチーム選手よりイヌのお父さんが有名なチームこの2チームとの.250にも満たない対戦打率の悪さもネックとなって、残念ながら仙台の小物に惜しくも奪われている。

この人に関しては、事実を脚色抜きに書いても知らない人からは「ネタだろ」「話盛ってんだろ」と言われる。 存在そのものがネタな男。本家ウィキペディアのこの人のページと本ページにはほとんど差異がない。

選手としての能力[編集]

  • 50m5.76秒 遠投120m 垂直とび89cm(いずれも自己申告) とハイレベルの能力を誇る。
  • その反面、判断能力や知的能力などのソフト面では基準値を下回る。噂では野球脳5gとのこと。
  • レフト線のヒットでも一塁から生還する脚力、スリーベースでは一塁を本当に回ったのか疑惑を持たれる。
  • 2011年、Yahooドームにて内角にきた直球を軽くさばいた様に見せた。しかし打球は弾丸ライナーでポール先端に直撃、これにはソフトバンクファンも驚愕した。
  • いつだったか楽天戦だったか、前進守備の指示で中堅深部への大飛球を許し、ファイターズのベンチ、ファンの誰もが諦めた。そんな無人の外野をサイボーグ糸井が20m位を爆走、落下点に間に合う奇跡を見せた。そこで振り向いて捕球、ピンチを逃れるところをグラブではなく素手を出す御愛嬌。結果、落球である。何だ、そりゃ。もったいない。


        簡単に言えば、天才的なアホである。

サポセンに寄せられたクレーム[編集]

  • ドラフト1位で指名を受け、日ハム球団側との会食の後、「どうでしたか?」の記者からの質問の答えに「エビフライ!」。
  • ピッチャー時代、投球練習でカーブ投げるといってたのにロージン触ったりしてるうちに忘れて豪速球を投げる。そしてキャッチャーに怒られる。
  • 同じくピッチャー時代、「ノーコンだな」と言われ「濃紺じゃないっすよ!」とアンダーシャツの色をアピール。
  • 2軍時代、1軍時代の試合を一緒に見ると「凄い!」「えぐい!」の二言しか言わなかった。
  • 同じく2軍時代にピッチャーでランナーを背負った時、クイックモーションで投げないといけないのに体のどこから動かすかわからなくなり投げられずに。
  • 2年間で一軍登板なし。二軍では36試合登板、8勝9敗3セーブで防御率は4.86。「ピッチャーを辞める」ことには人並みに動揺した。他のポジションで走り回る自分が想像できなかったらしい。
  • メーカーが間違えて野手用のグラブを糸井の部屋に届けてしまったが、野手転向が決まると「あの時に決まってたんや、メーカーも分かってたんやな」と言っていたが、どう考えてもメーカーが間違えただけ(現千葉ロッテ:金森談)
  • 野手に転向して間もない頃の走塁練習で大きくリードしていたところに牽制球が来て、本来ヘッドスライディングで戻るところを飛び込み前転でタッチを避けようとするが… 結局タッチされアウト。周囲の大爆笑を誘った。
  • 寮でアニメMAJORを見ていたが、感動してボロボロ泣いていた。
  • よく、一緒にコストコにも行きました。あそこは通常より大きな商品が売られていますよね。いわゆる業務用サイズ。シャンプーを手に取った糸井さんに『それ、めっちゃデカいっすね』と言ったら、『エエやろ、作業用や!』って。(金森談)
  • 寮にいた頃、なぜか毎晩のように糸井さんが『パトロールや。鎌ケ谷の街を守るぞ!』と言い出し、黒塗りのセルシオでドライブに連れて行ってもらいました。といっても、いつもマクド(ナルド)やコンビニを回るだけなんですけどね。(金森談)
  • ダルと金森がよく糸井に心霊現象の話をしていたが、話の最中に、「アッ!」と窓のほうなんかを指差すと、『エッ⁉ お前、やめろや!』と怖がった挙句、「もう、アカン。怖ァて一人で寝られへん」と、金森の部屋で寝ていた。
  • 妻子持ちなのに小山に誘われるまま中田とともに合コンに出席してファンの顰蹙を買う。どうやら「中田を元気付ける会」と騙されたというのが真相らしい。事が露見し、奥さんにしばらく口をきいてもらえなくなりほとほと困り果てたという。
  • 試合中、ひちょりに守備位置指示の合図をされても、まったく気付かない。稲葉に「よしおーーーー!ベンチ見ろーーーー!」といわれ、やっとベンチを見る。
  • 「何も考えないようにしてバットを振れ」とアドバイスされるが、「何も考えないってなんだっけ?????」と考えてる間に三振。何も考えないという事が出来ない。
  • 「高2のとき、日帰りのつもりで鳥取のジムへ行き、翌朝に帰って来るはずが、練習に来ん。そこに糸井の母親から電話があって、『今度は電車で寝過ごして、高校を通り過ぎて京都市内にいると言うてます』ですわ。どんだけ寝るねん、ていう話です」。(京都府立宮津高校野球部元監督(現府立西舞鶴高校野球部部長)・市田匡史談)
  • 「寮では下級生が、8時と8時半に先輩を起こすのですが、糸井さんは2度では起きなかった」。(近大の後輩・貴志款八談)
  • 「練習に来んので、私が直接、部屋まで行って『糸井さん、起きてくださいませんかね』と言うたこともありました」。(近大監督・榎本保談)
  • 寮の糸井の部屋の天井と壁一面には、プラネタリウムのように星が光る黒い布がビッシリ貼られていた。まさに宇宙間。僕らの世界の人間とは違うと感じた。こんな部屋じゃあ、そりゃ二度寝、三度寝もするって!(近大監督・榎本保談)
  • 動体視力も凄く、近大時代はパチスロで連戦連勝。後輩たちには「スロットのドラムが止まって見える」と漏らしていた。
  • チームスタッフに「うちゅうかん(右中間)ってなんですか?」←この時プロ入り5年目
  • 08年契約更改でハンコを押そうとポケットから出したらリップクリームだった。
  • ヒーローインタビューで好調の要因を訊かれ、「よういん……………………………………………………規則正しい生活をすることです」隣にいたピッコロ爆笑。“規則正しい生活”とは具体的にどんなことをやっているのか聞かれ、「そうですね……………… 夜な夜な ………」。
  • オフシーズンのファン交流会インタビューで「規則正しい生活」とフリップに書こうとするも、漢字がわからず困る。いわく「きそくの『 そ 』が難しくて書けない」
  • 外野守備練習時、突如スイッチが入るのかいきなり「よっしゃぁー!!」と叫び周囲を驚かせる。(稲葉談)
  • 09年オールスター初出場に際し、「セ・リーグで話してみたい人は?」と問われ「えっ!? 自分はセ・リーグのベンチに入るんですか?」移籍するつもりか。
  • 09年七夕イベントの短冊に書いた言葉「頭がもっとよくなりますように
  • 奥様とのなれそめを問われ「なれそめってなんですか?
  • ヒーローインタビューで首位を走るチームなのに「最後まで諦めずに」。首位ですよ。優勝間近ですよ。何を諦めるんですか?
  • 優勝決定戦にて敬遠された後、体調が万全でなく代走が出るからと思い一塁に向かわずにそのままベンチに戻ろうとする(この際、次打者の金子誠の顔が本気で怒ってるように見えた)。どうやらルールを分かっていなかったらしい。「ルールひとつおぼえました!」←このときプロ入り6年目
  • ホームランを打つたび、即走塁せずその場で ぼんやり打球の行方を眺めている。全力疾走がモットーのハムにおいてはマジ罰金モノで、このため糸井の払った罰金は外野手会の罰金総額の半分を占める。これからの目標は?「 打ったら走ります!」いやそれ目標じゃないからルールだから。
  • 09年リーグ優勝を決めた日の会見でファンに対し「一年間ありがとうございました」。周りの選手から「まだ終わってない」と一斉にツッコまれる。
  • 報知新聞で優勝手記を発表。インフル発症について「なんでもっとうがいせんかったんや! 」と激しく悔やんだと綴った。
  • 09年最終戦セレモニーにて優勝旗を持ってグラウンドを一周するとき、マイクを持った他選手はファンに対するお礼のコメントを言っているが、糸井「重いです!優勝旗を持った感想を報告。
  • 糸井の打撃センスに大村コーチが「目標は世界中の投手を打つことだ!」と持ち上げられると、「おれ、日本ハムをクビになるんですか?」と聞き返す。
  • 12年5月5日のオリックス戦で左中間に抜ける当たりを打つが、1塁ベースを踏み忘れる2塁ベースから1塁ベースに戻って踏み直しまた2塁ベースに向かって走り出した。この様子に対戦するオリックスの二遊間、後藤と大引はパニックに陥り、中継プレーミスを引き起こした。
  • 10年12月、糸井「うめぇ!さすが新しくなったどん兵衛は違うぜ!」広報「それのです」
  • 12年12月、今浪選手と北海道版、東日本版、西日本版のどん兵衛を食べ比べて北海道版を当てる企画で散々食べ比べてから 糸井「で、何を当てるんですか?」司会「北海道版です!」糸井「Aっすね、鰹だしが効いてるし」司会「正解です!北海道版は利尻昆布だしです!」
  • オフシーズンインタビューで「チーム一番気前が良い選手は?」 糸井「稲葉さん。外野手みんなとかでご飯とか行ったりして、最後、いいよって(おごってくれる)」 「(糸井選手)ご自身は?」 そこへ突然通りすがり陽岱鋼選手が乱入し茶化し、糸井「いいんだよ!おい、岱、ダイ!気前ええやんか、俺な。」 陽「ハイ」 糸井「OK!」
  • 09年1800万から4200万増の6000万になった、契約更新後の記者会見にて。査定内容の詳細を「何か紙もらったけど、よくわからなかった」発言。
  • 10年サヨナラタイムリーを放ちお立ち台で「ファンの方の声援に勇気づけられたんではないですか?」糸井「やっぱりもうファンの声がが・・・。もう・・・一番の・・・あの・・・あれです。」
  • 筋挫傷で登録抹消。最短(抹消期間10日間)で戻ってきてくださいね」の声に「5日で戻ってきます」。登録抹消のルールを理解していないようである。
  • 「一番自信のある筋肉は?」と質問され、「頭」と答える。
  • 練習試合でホームランを打ったのに、3塁へスライディング
  • 2アウト3塁の状態でフライを捕球、その時点でチェンジだがタッチアップ阻止を目論みレーザービーム披露。
  • 視力回復のためレーシック手術を行い、2.0に回復。しかし術前の視力検査での視力は1.5。医者に「受けるんですか?」と驚かれた。
  • 代打で出てきて三球三振、「何の球種を待っていたのか?」と報道陣に聞かれ「ストライクです」と真顔で答える。周囲は絶句。
  • 12年ソフトバンクに勝利。西武が敗れたと聞くと、「で、バンク(ソフトバンク)はどうなったの?」数分前の出来事も忘れる。 周囲は唖然。
  • 最近バッティングわからんわ。ホンマ調子悪いねん」と言った直後に2打席連続ホームラン
  • 2012年11月23日のファンフェスティバル。選手とファンが自転車を漕いで蓄電した電気を使い、2本の巨大クリスマスツリーを点灯させるというファンフェスティバルのクライマックスシーンで「お腹空いた」と発言。
  • 12年12月9日のHBCラジオ公開放送にて司会の「この会場でパレードに行った人!」という客席への質問に堂々と挙手。
  • 糸井「ビスケットの中には~ポケットがひ~と~つ~♪」中田「・・・逆っすね」
  • 野球部だったが中学生のころはカズ(三浦知良)に憧れてた。(で、突然「サッカー部に入る」と言い出し父親に説教されたらしい。)
  • 水泳は京都のトビウオと呼ばれたらしい。(本人談)
  • 卓球は下手で陽に遊ばれてた。
  • 初恋の時期を問われた糸井は「小学2年生の時です」と回答。気になる相手は「5年生の方で、すごい足が速くてすてきでした。走るシルエットがかっこよかった。その人のおかげで、自分も足が速くなったと思う」足が速くなったのは、恋をしたからだった。
  • 「中3のとき、大事な試合へ向かう前の学校での練習中、座り込んでいた糸井に監督が、『帰れ!』と怒ったんです。すると、糸井は本当に帰っちゃったんですよ。彼の家は学校の真ん前。大会に行く僕たちが乗るバスに向かって、2階の自分の部屋から『頑張れよ~』と手を振っていました」帰れと言われたから帰る。糸井にとっては正しすぎる行動なのだ。 
  • 大学時代ボコボコに打たれてしまい、殴りかかってきた監督に糸井はハイタッチをかます「ハイタッチ事件」を関係者が暴露。
  • 「人の話を聞いているのかわからないし、話が理解できないとワーッと叫んでどこかへ行っちゃうんですよ(笑)。打者として開眼させるべく、鎌ケ谷(千葉)に籠もって練習させました。でも、いくら口で説明してもわかってくれない。そこでバットを握ってやり方を見せたんです。すると、2~3ヵ月はかかるはずのことが10球ほどで出来てしまった。その後はありえない速さで成長していきました」。(元日本ハム打撃コーチ(現横浜DeNA二軍打撃コーチ)・大村巌談)
  • 「セーフティバントのサインを出したのに、1球目、2球目とストライクを見逃す。まさかと思いましたが、追い込まれてからバントをしたんです。あとでその理由を尋ねると、『自信があったから』と一言。彼にはセオリーを超えた自信のようなものがある。当然、『頼むからもうやめてくれ』と言いましたけどね(笑)」(元日本ハム打撃コーチ(現横浜DeNA二軍打撃コーチ)・大村巌談)
  • 糸井には独特の感覚や言葉があって、彼の心の中に入ってそれを共有しなければなりませんでした。ああ見えてもアガり症で、大舞台の前にはベンチで『ウウーーーッ』と叫びながら武者震いしているんです。ネクストバッターズサークルに入ると、もう何を言っても聞こえない。まあ、あれが糸井流の集中法なのでしょう(大村談)。
  • 「糸井を何とかしなければ、ぼく自身もその年でクビになると思いました。」(大村談)、不思議な世界観を持つ糸井とのコミュニケーションをとるために『ペットの飼い方』といった本も参考にし、その後『あ』『う』だけで会話できるようになったらしい。
  • 元ピッチャーでありながら、打席ではピッチャーの心理はさっぱりわからないという。
  • 「入部してすぐに手術ですよ。膝が痛いと言うので病院へ行かせると、『膝の皿が割れていました』。『いつから痛かったんや』と聞くと、『中学校のときからです』とね。2年時は、練習試合の直前、さあこれからというときに突然、ブルペンで『肩が痛い』と言い出す。かなりの重症やったんで、また手術となりました」。(京都府立宮津高校野球部元監督(現府立西舞鶴高校野球部部長)・市田匡史談)
  • 学生時代、糸井へバントのサインを出す際は、他の選手と違い、監督が堂々とバントのポーズ」をする。
  • 某スポーツ番組で学者に「糸井は五輪競技全てでメダルが取れる」と言われる。
  • これからの目標は「からだひらかないさんになります!
  • HBCラジオでの特番において、深夜0時をまわっていたので録音になるという話だったのにスタッフに対し、「 ライブ?ライブ?ライブ? 」と何度も聞いていた。
  • テレビで糸井嘉男に10の質問Q.「無人島にひとつ持って行くなら」→A.「どこでもドア」 Q.「それでどこに行く?」→A.「JAPAN
  • ヒメネスとの間には言葉の壁は無い。何故なら二人は「テレパティー」で会話できるのだから。
  • 代打で出てきて三球三振、「何の球種を待っていたのか?」と報道陣に聞かれ「ストライクです」と真顔で答える。周囲は絶句。
  • サインが伝わらず コーチがタイムをかけ耳打ちし伝える。
  • マリスタでファインプレーの後ベンチに戻ってくる時に、客席にボールを投げ込むことを考えるのに夢中で、稲葉や金子にタッチを求められているのに全く気づかない。
  • ファンの声援について「力になります 力をパワーに変えてこれからもがんばります!」
  • 小谷野栄一選手曰く「同じチームでよかった選手」と言われる。理由は「何を考えてるかわからないので、相手チームだと怖い。」
  • ヒーローインタヴューで西武牧田投手について、対戦した感想を聞かれ「・・嫌いです」。梨田監督に「あのコメントはよくないね」とたしなめられる。
  • 同じく「あの場面で貴重なホームラン、よく飛びましたねー」糸井「打った瞬間は、、、 まぁファンの声援で入りました」
  • 解説者岩本勉曰く「バッターボックスで無になれる男」何が無なのかは…お察しください…
  • 「糸井はなにを考えているのかわからない、彼に感情はあるんだろうか」(岩本勉談)
  • 岩本勉に意気込みを視聴者へ伝えろと言われ「 ・・・。よし!!!」
  • 岩本に額の絆創膏を問われ 「ストレスです!
  • TV番組「すまたん」で岩本「何の番組か分かってます?」 糸井「岩本さんの番組でしょ・・・?」岩本 「いや、ボクの番組って、ボクの番組じゃないんですけど」 糸井「じゃないんですか」岩本「キャンプの時もお伺いしましたよね?」 糸井「関西の・・・有名な・・・あれでしょ」
  • 陽岱鋼選手と仲が良いのは少ない語数や平易な日本語で丁度テンポが合うから。
  • 「とぼけたヤツ。大村巌さんを通じて一緒に食事したことがあるけど、何言ってるかよくわからないし、いきなり話題を変えるし…」(ロッテ・サブロー選手談)
  • 世界水泳バタフライ決勝TV中継を見て「うわー出てえ!」
  • 4歳の娘と映画に観に行ったが、周りがカップルばかりでおかしいなと思っていたら字幕版だった。しかし娘は大喜びだったようだが、糸井自身は内容が分からなかった。
  • 「プリキュア知ってます?フレッシュプリキュアをいつも(娘と)一緒に見てますから♪」
  • 学生時代は現在よりも大分ひどくて話が噛みあわなさすぎて困った。(近大の人談)
  • 「9時間に及ぶ練習中、休憩中も含め糸井さんは殆どバットを離さずいつも握っていた。打撃へのこだわりを感じた。一方、守備練習になると中々出て来てきませんでした」。(つい最近まで浜松で一緒に自主トレしてた某球団若手談)
  • 2012年10月2日、リーグ優勝会見で「日本シリーズもともに戦いましょう!」とキメるが、周囲に指摘され「クライマックス!!!??」と叫ぶ。どうやらクライマックスシリーズの事を完全に忘れていたようである。2009年は日本シリーズの事も忘れていたのでこれは進歩か。
  • 元日本ハムコーチの平野謙が日ハム戦の解説していた時、アナウンサーから糸井とのエピソードを聞かれると、マジトーンで「え?放送出来ないとおもいますよ」と言った。
  • ファンからのヤジで「ベンチを見ろ!」と言われてようやくベンチからの指示に気がつく
  • おなじみのフレーズは「アドレナリン満開!」
  • 「いきなりビッグチャンスが回ってきて 血管が開きました。」
  • 一塁上守備の外国人選手「ナイスバッティング」という言葉に対して糸井「ハピネス!!」
  • 2010年3月17日 日刊ゲンダイ 匿名対談から
px デスク「さっきから選手名鑑見ながら何、ブツクサ言ってんだ。」

記 者「いやね、コーチの出すサインが分からないのがいるって聞いたもんですから、どんな顔してるやつかなって。」

デスク「複雑なブロックサインを使ってるチームも中にはあるって聞いたぞ。」

記 者「他の選手はみな理解できるのに、その選手だけブロックサインが分からない。サインの見落としや間違いはこれまでも数知れないって。」

デスク「ひどいな、そりゃ。」

記 者「『あんなヤツはもう使わない!』ってキレたコーチもいるそうですが、それでもレギュラーから外せない。」

デスク「サインが分からなくてもか。」

記 者「パ・リーグのある外野手ですけど、守備は鉄壁でバッティングもいい。おまけに足も速くて、性格もまじめ。放っておくと朝から晩までバットを振ってるタイプなんですって。」

デスク「問題なのはア○マだけか。けど、サインが分からないとなるとチームとしても困るよな。」

記 者「なので監督は『分からないなら、あいつにはサインを出さなければいいだろ?』って。」

デスク「そりゃ、そうだが……。」

記 者「どうしても必要な時だけ、頭さわったら盗塁とか、ベルトならエンドランとか、単純なサインだけ出せばいいじゃないかって。」

デスク「それくらいなら理解できるのか。」

記 者「中学の頃から野球やってきてるわけですから。」

デスク「どうしようもないのがいるんだな。」

記 者「大学も出てるんですけどね。」

px
  • 13年に脱北したため、これからの苦情はBsSKYに寄せられることになる。
  • オリックス移籍に伴い北海道から関西に居を移すことになり記者に聞かれると「じゃあ姫路に住むわ」。姫路市はオリックスの本拠地京セラドームまで約2時間の距離。「(オリックスの選手は)誰も(姫路に)住んでないでしょ。僕がパイオニアになります」。
  • WBC合宿初日のミーティングで山本監督が『私は日米野球で(往年の名投手の)フィル・ニークロからホームランを打った』と自慢話をしたが、それを聞いた選手たちはポカーンとしていた、という記事が翌日の新聞に載る。この話には続きがあり、マー君は真面目に『ニークロって誰ですか?』と記者に質問に行った。すると、近くにいた糸井が『クロマティの本名ですか』って。まあ、いつものことだが、彼のことをよく知らない記者は、まだトレードのショックが癒えていないと心配したかも。
  • 国際大会で使用される同時通訳機を耳にかけ忘れ、隣の山本監督からツッコミ。
  • WBC台湾戦で坂本が二遊間へ放った安打性のゴロをショートがグラブで弾き、二塁走者の糸井は外野へ抜けたと見て、三塁を回ろうとする。 しかしセカンドがボールを止め、高代三塁ベースコーチはとっさの判断でその場に倒れ込み、地面を叩いて糸井なんとかストップさせた。 試合後、高代コーチは「(糸井が)下向いて走っていたから、目線の下に潜り込んだんや」と“故意”の行動だった説明し、喝采を浴びていた。ところが激闘から一夜明けた糸井の反応はというと……。「あれは高代コーチがコケたんでしょ」とひと言で片付けると、隣で囲み取材に応じていた同コーチの尻を「ドンマイ!」とばかりに手でポンポン。高代コーチが苦笑いで糸井の背中を見送ったのは言うまでもない。「日本一の三塁コーチ」が魅せた一世一代の“ハッスルプレー”も、“ターザン”相手には全く伝わっていなかった……。信号無視どころか信号を認識できていない。ちなみに監督のピーコにも解説の古田にも多分古田と同意見だった観客と視聴者にも分かってもらえてなかった。
  • 「今年のオリックスのチームスローガンは『速α(スピード・アルファ)』、糸井さんにとって(プラス)アルファの部分とは?」と記者に聞かれ、「早寝早起きです。」と答える。
  • 沖縄名物の一つアグー豚。オリックスキャンプ夕食時、糸井「このアグー豚メチャうまい。」これを聞いたさる選手、「糸井さん、それチキンですよ。」
  • 「日本で一番東にある球団は?」の問題に、自信を持って「ソフトバンクホークス」と解答。
  • 「奥さんの手料理で一番好きなものは?」糸井「カレーっぽいカレー」これホワイトカレーのことだった模様。
  • チームメート坂口について「ひとめ置いていた存在」どうやら「一目」を「ひとめ」と読んでいる様だ
  • 記者「(先ほどの糸井さん)けげんな顔をしてましたね?」 糸井「えっ?不機嫌ですか?」
  • 甲子園で罵声が飛ばされるかもしれないとの質問に 「逆に言ってほしいですね。だって名物じゃないですか」
  • 2013年のキャンプで巨大なシャンプーボトルを持ち込み「ええやろ、作業用や」とまわりに自慢するも「業務用だろ」とつっこまれる。ほぼ10年に渡り業務用シャンプーボトルを作業用と言い切る。
  • 2013年とんねるずの新春特番において「(糸井選手ご両親についての問い)お父さんお母さん(の経歴)すごいですよね)」糸井「 そうだったかもしれないです 」
  • 同じく、「お父さん(職業)何ですか?」の問いに糸井「お父さん います 」
  • 「糸井嘉男のユニフォームの背中には7と書かれている。最初はポジションが外野である事を表しているのかと思っていたが、後に知能指数であることがわかった」 ジョージ・ベスト談
  • 糸井母いわく「嘉男は人との出会いでここまでになったんよ。みなさん、あの嘉男にどうやって接しとんのか、それが不思議でならん。ガハハハッ。だって、(野球評論家の)金村(義明)さんが言うとったでしょ。『飛ばんボールをどうやって打つんや?と聞かれた嘉男はボールが来たら、コーンと打つんですって答えたとか。嘉男にとってはボールがどないなってどうやとか、関係あらへんのよ。頭ん中、シンプルやもん」。
  • 子供達「糸井さーん、サイン下さい!」糸井「えっ君たち学校は?」子供達「春休みです」糸井「嘘だね~宿題やれよ!」
  • 森脇監督に「時差ぼけは大丈夫か?」と問われると、「そういうのは向こうが合わすことなんでありえないです
  • 同じくWBC参加後森脇監督に「コンディション面もあるし、明日はゆっくりしてもいいぞ?」糸井「出してもらえないんですか!?僕が必要ないチームになったんですか?
  • 練習で打撃ケージの様子を見ていた森脇監督から話しかけられたものの、糸井はじっと監督の目を見つめたまま無言。森脇監督「そんなににらまれてもね。」
  • アウトカウントを間違えて、2アウトなのにベンチに帰ろうとして坂口(智隆)に引き留められたことは一度や二度ではありません。『待て』のサインでも打ってしまうので、相変わらずサインは複雑なものは出せない。
  • 古舘伊知郎「日ハム大谷選手について(どう思うか)。」糸井「・・・大谷はボルト!」古館「その意図は?」糸井「(出演事前の)アンケートに書いたんで。あれっ書いてなかったですか?申し訳ないッス」古館「・・・」
  • ヒーローインタビューで、実況「ファンの方からの声援は力になりましたか?」糸井「ファンの声援は~あの・・・アレになりました」
  • シーズンオフ、ホークス柳田と対談。糸井「おにぎり君もすごいよな。」柳田「おかわり君さん(ライオンズの中村剛也選手)のことでですか?」糸井「そうや、間違えた。」

全球団が糸井に注目した大学時代、投手として153km/hを投げ、バットを振ればヘッドスピードはプロ顔負けの160km/h。榎本監督曰く、「いま大谷翔平君が挑戦している二刀流の夢を抱かせる選手」だったという。クラウチングスタートもせずに走って100m10秒5。練習の一環で鬼ごっこをして糸井が鬼になると、当然誰もが逃げることをやめたという。ちなみに、監督が糸井に出すバントのサインは、そのままバントのポーズ。相手にバレようが、まずは糸井に理解させることが最優先。第一、バントしても必ずその快足でセーフになってしまうのだ。それを見たチームメイトから「糸井さんはバケモノ」と言われると、糸井はこう返したとか。

「俺がバケモンやったら、お前らは天才や。こんだけ野球がウマいんやから。俺、野球ヘタやもん」

きっと糸井は自分の能力に気づいていない。なぜなら彼は 宇宙人超人だから---。




でもこれ野球うまかったからいいけど野球出来なかったら危ない人

脚注[編集]

  1. ^ ただし、ver.1も不良だった。もっとも2軍でのテストでは好データを得られており、基本部に問題は無かった。
    あとは細部の精度調整と、1軍という悪条件下での耐性向上である。


関連項目[編集]

  • ダルビッシュ有 投手としての開発に成功していたら、これぐらいを期待されていた。

外部リンク[編集]

糸井嘉男伝説