第3新東京市

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第3新東京市(だいさんしんとうきょうし、英:Third Neo Tokyo city、TNTc)は、かつて関東大震災を経験した東京首都圏が、戦争や自然災害によって木っ端微塵に潰滅した場合の危機管理の一環として、日本政府が箱根町に建設を計画している首都候補都市の通称である。

概要[編集]

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第3新東京市の指定以前、日清戦争当時にはすでに「第2新東京市」が広島市に建設されており、さらに終戦間際には第3新東京市建設の事前調査のため、長野市待つ城地区に「第2.5新東京市」が建設され、両市とも現在も運用中であるが、近年になって地球温暖化による気候変動(海水面上昇や津波など)に備え、新たに「第3新東京市」が政令により指定を受けて整備が進められている。なお、建設が完了し遷都が完了した場合でも都市名を変更する予定はない(単に日本の首都が「東京」から「箱根」に遷るだけである)。第3新東京市は海水面上昇がある程度沈静化したのちに本格運用される、22世紀以降の日本の首都としての位置づけがなされている。

現在は、箱根町の全域が市街化調整区域に指定され、新たな建築物の設置に制限が加えられているほか、特例法により地価変動が全国平均に近い数字に抑制されており、土地の買い占めや転売による利益はそれほど望めない状況にある。なお、海に面しておらず、山中に位置して平野が少ない地形であるため、首都として十分な機能を備えられるかどうかを疑問視する声も多いが、地方分権と情報化の進展によって中央政府は小規模に抑えられると見込まれているため、その心配はない。

歴史[編集]

大日本帝国時代の東京には、閑人が多く集まっていたため、これ以上人が多く来たら困るから他のところに首都を移転しようと言う計画が企てられた。時は江戸に遷都したわずか2日後のことであった。しかし、江戸以外に面白いところはないということもあり首都移転はなくなった。そして首都としての象徴であり、偉人凡人の願いでもあるピンクタワー建築としては江戸以外にはないということもあり、徳川王朝の首都である江戸は、東京に改名されて、大日本帝国の首都となった。

しかし、日本国時代になると、これだけスッキリしたのだから、東京から別の都市に遷都しようと考えていたようだ。しかし、その期待を裏切って東京に人は集まってしまった。これは多くの若者が東京で出世し、そして中には億万長者に憧れるものすらいたためである。特にそれがオリンピック以降に目立つようになった。そのため、東京を首都とすればよいのではないかと言う構想が検討されるようになった。

西日本ではナゴヤ大阪が東京をライバルだと思っているが、所詮紀伊半島の付け根同士であり、豊臣秀吉所縁の地でもあり、大日本帝国以後には霞ヶ関の出先機関によって肥大化したに過ぎない。おまけにナゴヤと大阪の傍若無人ぶりには、「紀伊半島の付け根の分際で!!」「同じサル所縁の地だろ!!」って、伊勢志摩や熊野三山や長浜の住民が激怒している。

しかし、またもやここで東都の知事・イシハラが、東京が何から何まであらゆるものの中心にあるのだから、俺がいる限りは首都は移転しないとうまい棒を持ちながら発言をしたことから、当面のあいだ首都移転はないであろうと思われていたが、イシハラが退任したためそうでもなくなった。また、たとえ首都を東京以外に移転しても、移転先が「第二の東京」となって過密化するのがオチであるとも一部の東都の既得権者からは期待されていたが、平野の狭い箱根では過密化するにも限界があり、その心配はないと期待されている。

かつての移転候補地[編集]

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箱根が遷都先として選定されるまでは、さまざまな都市や地域が候補として名乗り出て、激しい誘致合戦が繰り広げられた。以下に遷都先に名乗りを上げた候補地を北から順に列挙する。

北関東の中心にあり、白河関以北に抜ける街道を扼する要地である。かつてはサルと呼ばれた偉大なもののふが一時居を構えたことでも知られる。
しかし近くの日光に東都のかつての王国の創建者・権現様生命なき者たちの王となって永遠の眠りについており、その霊力を恐れた現政権はこの地に遷都するのを嫌がったとされる。
東都に近く、土地が安くて確保でき、太平洋にほど近く海運に恵まれ、南西につくば山や、エクストリーム・ジャンプの名所として知られる筑波大学や、カブキ者の聖地・成田山新勝寺を要して防御に適した地であり、往時は天下の副将軍が拠点を構えていたことでも知られる要害である。しかし、大阪など西日本からは「首都まで遠くなる!」という苦情が出ており、その妥当性は疑問視されていた。
第2新東京市から防衛省への軍用道路の確保と、第3新東京市が東海地震で倒壊したり、東都が地球温暖化により水没したりするリスクへの対策として検討されたものである。また、高崎は東都と新潟港柏崎電力公社を結ぶ要衝でもあり、そこを抑えることが意図されていたという。
また高崎の側としては、前橋への対抗心から市域の拡大を目論む意図や、高崎市内の自衛隊榛名基地活用等といった戦略的要素も含まれていたと言われている。
なお、高崎に遷都する場合、薄い峠から塩尻までの幹線を整備せねばならず、これについては上田・松本ルートと和田峠ルートのいずれにするかが論議されている。
中央山脈に囲まれた平野の中に存在し、海水面上昇による影響をほぼ受けない上、現住人口もそれほど多くなく、現在の東都からほど近く、過去には近隣に「第2.5新東京市」を仮設したために事前に審査済みということもあって、遷都の適地とみなされており、一時は遷都の最有力候補と見られていた。
しかし長野・善光寺に拠る超宗派の仏教勢力と、松本の武家勢力との百年戦争が一向に終わる気配を見せないため、最終審査において安全保障上の理由から遷都候補地から外されている。
なおすでに松本市民は第4新東京市誘致に向けた運動をはじめているらしい。
東濃地方にある都市である。中山道沿線で東都と西都から等距離で行ける点と、同じく東都と西都から等距離で「さらさら越え」の縁を持つ富山浜松を結べる位置から、木曽や飛騨が推薦していた。キャッチフレーズは「東京から東濃へ」だが、富山と浜松を結ぶ道路や鉄道の建設が、琵琶湖を支配下に置いていた岐阜とナゴヤによって妨害されている。
名古屋共和国の国歌「名古屋はええよ、やっとかめ!」にも歌われている通り、ナゴヤが候補になっている。ナゴヤは西都や東都、越の国からの交通の便も良い四通八達の地であり、また豊田に近くヨタヨタ自動車に代表される自動車産業が発達している地域でもある。
しかし、肝心のナゴヤが独立王国になっているため、移転させるにはまずこの国を潰すための戦争をせねばならず、困難であるという見方が強かった。逆に、東都の支配地域がナゴヤ軍に征服されてナゴヤが新たな首都になる可能性もある。
ところがナゴヤは、霞ヶ関に洗脳されて地域分断に熱中しており、山岳地帯にある木曽と海沿いにある伊勢志摩を一緒くたにしたり、太平洋沿岸の浜松と日本海沿岸の越の国を一緒にしたりするなど、帝国主義的政策を強行している。それゆえに、紀伊半島や琵琶湖若狭湾周辺ではナゴヤへの遷都に反対する声が根強くある。
  • 紀伊半島
近鉄王国の領土を関東軍が征服し、その占領地に首都を建設しようという計画である。伊賀奈良が候補に上がっており、中でも奈良はかつて首都としての歴史を有し有力な候補地とされる。
しかし、近鉄王国ではJRの力がほとんど働いていないため、どうやって征服して首都を建設をするつもりなのか不明であった。そこに中部国際空港(遷都レア)が建設され、リニア中央新幹線建設の発表がなされた。この点から、遷都レアに加えてJR倒壊により紀伊半島の完全侵略が行なわれると予測される。
こうしたナゴヤによる紀伊半島分断を阻止するため、津と奈良は、第2新京都市を熊野本宮大社の門前町に、第3新京都市を伊勢神宮の門前町(=おかげ横丁)に建設するように要望した。しかし、熊野本宮大社と伊勢神宮が台風銀座の下に鎮座していることは伏せられている。
痛み空港を廃止し、跡地に首都機能を移転する計画である。具体的には関東軍が阪急王国傘下の各都市を侵略した上でそこに首都を築くというものである。痛み空港を潰した場合の損失を補填できるほか、関西国際空港の利用者を増やせるなど、経済的な利得が大きいと判断した上の提案であるとされる。しかし、阪急電鉄沿線の住民からは「東都への従属になる」として反発を食らうことが予想され、実行できるかは不明である。
一方で、東近畿三県同盟を結成する三重県(含東牟婁郡)・彦根(含若狭)・敦賀からは「瀬戸内海一辺倒になるな!!」「ナゴヤの横暴を懲らしめるのが先だろ!!」との批判がある。
第3新東京市が箱根に決定するまでは最有力候補であった。第2.5新東京市のある長野県との綱引き合戦の末に、新たな「新東京市」を建設する権利を得た静岡県は、早速候補地の選定に入った。しかし静岡県内には気候変動に対応できるそれなりの都市が御殿場市以外になく、消去法で決定された。
このため御殿場線の複々線化計画をはじめとする種々の壮大な計画が実行に移されたが、これらの計画は国家機密プロジェクトとして隠密裏に行われた。そのためこの計画を何も知らない地元業者が、地下トンネル工事現場直上に温泉を掘ってしまったことで、工事中の地下トンネルが水没、御殿場に「新東京市」を建設する計画は文字通り水泡と帰した。しかし今更後戻りもできないため、御殿場に隣接する箱根町に、急遽第3新東京市の建設が決まったという経緯がある。
なお現在、業者が掘り当ててしまった温泉は日帰り温泉施設となり、地下トンネル工事現場の作業員に向けて種々の情報を伝えるために設けられたFMラジオ放送は、コミュニティFMとして、同温泉施設内に電波塔を備えている。
  • そのほか
藤沢甲府も候補となっていた。

昨今の状況[編集]

2007年10月1日深夜に第3新東京市内にて、マグニチュード4.9(震度5強)の地震が発生したが、これはロボット兵器の異常行動によるものである。被害はほとんどなかった。

2015年に完成予定とされているが、現在は前田建設ファンタジー営業部に工費見積もりを依頼している最中と言われている。

関連項目[編集]