笑福亭鶴瓶

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
移動: 案内検索
Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「笑福亭鶴瓶」の項目を執筆しています。
ビキニ女性30人の上をローションで滑る!

笑福亭鶴瓶(しょうふくていつるべ、本名・駿河あそぶ、1951年12月23日 - )は、日本を代表するヌードアーティスト・落語家・芸人である。かつて初代が居たが2代目である当代の方が有名…というか、初代は誰も知らないので、ここでは2代目についてのみ記す。

概要・来歴[編集]

芸能界デビューは1972年であるが、デビュー以前からその素質の片鱗を見せるエピソードがいくつか存在する。高校生時代には拍手喝采を浴びながら朝礼の台に立ち、後ろを振り向いてパンツを下ろし生ケツを見せると同時に拍手が止むという芸を既に会得していた。大学に進学してからは同じ大学に通うあのねのねと組んで3人で、更にレベルの高いストリーキング京都の街中で敢行。これに目をつけた当時のストリップ劇場の支配人がスカウトし、20歳でヌードアーティストとしてのデビューを果たした。

類まれなる素質を開花した鶴瓶はすぐさま関西で成功を収め、すぐに1度目の東京進出を果たす。しかし文化の違う東京に馴染めず、フラストレーションの溜まった鶴瓶はとうとうテレビ番組の生放送中にフルチンになった挙句、イチモツをカメラのレンズに押し付けるという禁じ手を犯してしまう。一度は許しを得たものの、復帰直後に「前がダメなら」という理由で今度は生放送で肛門を見せつけた。これがきっかけで大阪へ送り返されてしまったのは言うまでもない。

大阪に帰って自由の身となった鶴瓶は勢いを取り戻す。ラジオのリハーサルはもちろん全裸で行い、プライベートももちろん全裸。芸人仲間との宴会では必ず服を脱いで股間を丸出しにして、蛍光塗料を塗って走り回る・ガムテープを張ったりはがしたりする宴会芸をするのがお約束となっている。

若手時代の東京進出失敗が原因で長らく燻っていた状況が一変するきっかけとなったのが、自分教教祖・上岡龍太郎と組んで適当に喋るだけのテレビ番組「鶴瓶上岡パペポTV」が読売テレビで放送開始したことであった。最初は関西ローカルの深夜番組としてひっそり始まったのだが、上岡と2人並んで「上半身タキシード、下は丸出し」という姿の番組ポスターを撮影し頒布したところ、関東の有名支配人の目に留まったことがきっかけで全国ネットに昇格したためである。

そして、彼の才能に気づいたもう一人の男が、世界のキタノことビートたけしであった。浅草のストリップ劇場で下積み時代を過ごし、自身の弟子にもヌード芸を仕込んでいるたけしは、その経験から鶴瓶のヌードアーティストとしての才能にいち早く気づいていた。鶴瓶の才能を持て余していた東京のスタッフに「あいつをこのまま大阪に帰してはいけない。鶴瓶の全裸を活かせないような制作なら、お前らの仕事なんかしねえ」と一喝したことが、後の東京での活躍に繋がったとも言われている。これに対して鶴瓶は「それ以来たけし兄さんには頭が上がらない」と感謝の言葉を述べているが、本当のところはたけし自身がかなりの皮被りであり、自分のソレを目立たなくさせるためにより酷い皮被りである鶴瓶を引き止めた、というのが真相だったらしい。

若手時代は彼の才能に気づかなかった東京人ではあったが、成長した鶴瓶の才能にようやく気づいたことで、ここからようやく彼の全国区での快進撃が始まることとなったのであった。まず最初はたけしの謹慎中の際、鶴瓶は「世界まるごとHOWマッチ」に代理出演し、人気を博した。

生放送中に…

全国区となった鶴瓶のストリップ芸はさらに磨きがかかり、野球拳企画で脱げと言われていないのに脱いでしまったり、丹波哲郎宅の前で脱糞するなどの名人芸を披露する。中でも最も秀逸と言わしめたのが、厳戒態勢の中深夜2時過ぎに生放送で見事な「御開チン」を披露した2003年のフジテレビ系「27時間テレビ」内の中継で見せた技である。ココリコ遠藤の邪魔をかいくぐり、生放送で再びイチモツを見せた鶴瓶に対して全国の視聴者から賞賛の電話が明け方まで鳴り止まなかったという。

しかしその後は芸を極めたと悟ったからか、はたまた他のライバルのマークが厳しくなったためか、もうすぐ還暦を迎える身となったためか、孫が生まれてもうこんなことしている場合じゃないと思ったためか、比較的おとなしめのスタンスを取り続けている。「伝説のヌードアーティスト・鶴瓶」の復活が待ち望まれるところである。

Nemurineko.jpg この節を書こうとした人は途中で寝てしまいました。
後は適当に頑張って下さい。(Portal:スタブ)

その他[編集]

ヌードアーティストゆえ人前で脱ぐことを厭わないが、実は鶴瓶のアソコはものすごく長い皮を被っている。「オレはチンチンの先から空気が出せる」と言い、先をつまんだままおしっこをする芸は彼の十八番のひとつである。

ある日鶴瓶が風呂場で陰毛を剃っているところ、その姿を奥さんに見つかったのだが、奥さんは平然とした顔で「今日、宴会?」と声をかけたという逸話がある。宴会でも全裸になるのはもちろんのことだが、彼の活躍の裏に奥さんの内助の功があることを忘れてはならない。

京都に居る頃に、やしきたかじんとも裸による親交があった。ある時チンピラ達が裸の2人を取り囲んだが、鶴瓶とたかじんはウィンクしながら裸で立ち向かい、気づくと一瞬でチンピラ達は悶絶しながら裸になって倒れ込んでいた。

関連項目[編集]