祭
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
祭(まつり)は、シンボル(象徴)をしつらえて、それを囲んで浮かれ騒ぐ人間の行動様式・風習。
[編集] 概要
祭は、民俗学の上では政治の舞台装置の一種であると共に、宗教的な行事であるとされる。これは集団の団結を高め、社会を維持するために利用されるものである。
祭の最も基本的な様式は、集落の中央にシンボルとなる柱を立て、その周囲に人が集まる行為であるとされる。この条件に最も近しいイメージを持つのが、「魔女の火炙り」(→魔女狩り)である。この風習では、魔女を括り付けた柱を囲んでめいめいが薪を持ち寄り火を灯す。現代のキャンプファイアーにも通じる伝統行事である。なおこの火でマシュマロを焼いて食べるのも伝統的な楽しみ方である。
この火(炎)であるが、祭の舞台装置としてはしばしば欠くことの出来ない要素である。これは原始社会において人コミュニティの中心には常に火があり、これを絶やすことなく保つことはコミュニティの死活問題だったためである。このため古代フェニキアでは不足した薪の代わりに戦争捕虜や赤ん坊を投げ込んだとする伝承も見られる。やはりこの場合は良く燃える肥満の者の方が、燃料として好まれた事だろう。
近代でもこの炎を神聖視する拝火教(→喫煙)もあるが、その一方では花火のような形で、炎を使った表現も見られ、テロリストは大量の火薬を背負って点火する事で「一人ででもお祭騒ぎ」を始める事が良く知られている。江戸時代には火事になるのも厭わず花火を打ち上げまくったため、今日でも江戸の華として喧嘩と並んで火事が挙げられている。テロリストが一人祭を始めたら、「玉屋!」「鍵屋!」と掛け声を掛けるのを忘れてはいけない。
その一方で荒っぽい行為もしばしば祭の中では行われる。これは普段の鬱憤を晴らすために「ハレ(祭り中の躁的状態)」の日に一斉に発散するためでもあり、多くの祭ではより多くの発散をしようと普段より節制と倹約にいそしむケースも見られる。例えば歴史上では世界恐慌の時代が民族学上で言うところの「ケ(倹約を含む日常)」である。この時代には誰もが財産の保護に努めた。そして第二次世界大戦という世界規模のお祭で発散したのである。なお日本は余りに第二次大戦で発散しすぎたため、戦後暫くは高度経済成長の時代まで節制を強いられた。この辺りは日本人の祭り好きの性格を良く表したエピソードといえよう。

