磯野カツオ

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磯野カツオ(いその - )、初期にかぎり磯野カツヲ(1938年 - )とは、夕刊フクニチ、および朝日新聞に掲載されていた4コマ漫画サザエさんの登場人物で、磯野一族の長男、磯野波平磯野フネの息子である。福岡県出身。一時期、「ジョン·健·カッツォ」名義で歌手としても活動した(後述)。

永遠の11歳。そして、ショタコンどもにとっての谷川岳アイガー北壁マナスル冬季単独に当たる激烈に高い壁である。なお、エベレストはバカボンである。

人物[編集]

磯野家の長男であるカツオは、昭和初期生まれにふさわしく頭は常に五分刈り、成績は中の下、勉強よりも遊ぶことが好きという、まさに昭和20年代から50年代にかけて好まれた昭和の児童の典型である。小さい頃から、軍隊ごっこにチャンバラ、ケンカと、PTAが見たら卒倒するような、昭和のかほりただよう男子児童だったが、残念なことに平成に突入してからというもの、無体な世論に押し流される形で、彼の昭和っぽさが発揮される場面は少なくなっていく。

連載初期にはころころと髪型が変わっていたが、アニメ化とともに絶対にが伸びることはなくなってしまった。そのため、実は側頭部に髪がある波平よりも髪の毛が少ない。もっとも、波平のハゲ頭はにっぽんのハゲ頭であるため、その事実はあまり知られてはいない。

宿命[編集]

日本国民にとって、当たり前のように存在しているのがサザエさんであるため、基本的に、兄のような存在から同級生のような存在、そして弟、息子、孫、ひ孫、と年を追うごとに見方が変わってくるという悲しい宿命が存在する。そのため、当初、カツオよりも年下だった人間が、現在、ひ孫を抱いていてもおかしくはなく、更に言うならば、最初に連載された福岡の地方新聞、「夕刊フクニチ」の購読者にいたっては、生きている人間のほうが少ない。

当たり前の話である。連載されていたのは昭和21年の話だ。終戦の一年後だぞ。

そのため、ヒロポンやら春歌といった当時の生々しい風俗の一端の紹介も、サザエさんは担っている。

人物[編集]

性格はスポーツ好きで活発なやんちゃ坊主、悪く言えば「絵に描いたような近所のクソガキ」である。普通この手の「クソガキ」は第三者の視点から見ればハラワタが煮え繰り返り殺意さえ惹起するほど憎たらしく映るのだが、カツオのキャラクターは甥のタラオと異なり憎たらしさをあまり感じさせない。長谷川町子の描写が上手いということもあるだろうが、何よりの理由は所詮二次元のキャラクターだからという一点に収斂されるだろう。もしカツオが三次元の人間だったら蛇蝎の如く忌避されていたに違いない。 Mっ気があり、一番のかまってちゃ粛清されました

中の人[編集]

磯野家の中でももっとも中の人の変遷が激しいことでも知られている。なんと、初代は大山のぶ代ドラえもんと同じだった。しかし、さすがにガラが悪すぎると判断され三ヶ月で、一般的に知られている高橋和枝と交代する。そして、順当に寿命で高橋が亡くなると、現在の冨永み~なに交代。まったく違う、イメージと異なると10年以上にわたって(現在でも)語られるというのも、ある意味サザエさんという作品の背負った宿命である。

現代との差異[編集]

いかんせん、昭和初期の話を現代にまで持ってくるという暴挙の中にたつサザエさんであるからして、様々なツッコミにあふれているのも仕方のない話である。中には、姉である磯野サザエとの年の差が13歳もあることについて、実は異母弟ではないか、との話もあるが、そんな話は当時の栄養事情について無知蒙昧なだけである。あわせて、永遠の11歳にふさわしい、とこしえの半ズボンについても、終戦直後の衣料事情からしてみれば当たり前の話である。

第一、黒電話すらなかった時代からの生き残りに、現代の常識を当てはめることがもはや非常識である。

その他の活動[編集]

  • 2004年頃、当時大河ドラマ「新選組!」の主題歌を歌っていたオペラ歌手のジョン·健·ヌッツォに因み「ジョン·健·カッツォ」として歌手デビューし、その年の紅白歌合戦では本家と一夜限りの夢の共演を果たす。
  • しかし、その後「カッツォ」がイタリア語で男性器を意味する事と、ジョン·健·ヌッツォが覚醒剤使用の現行犯で逮捕された事が重なり、活動停止を余儀なくされた。

関連項目[編集]