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(けん)とは、日本国における地方自治体の一種。でもなければでもなし、しようもない地域が県となる。

日本国では現在、43もの県があり、互いに互いを攻め滅ぼそうと陰日なたなき離散集合を繰り広げている。

歴史[編集]

県は、1871年8月29日に発生したクーデター(廃藩置県)により誕生した。受験生のみんなは、いーやない(1871)廃藩置県と覚えよう!!

ただ残念なことが一つだけある。日本に「藩」などというものが存在した事実はない!!!

「藩を廃して県を置く」なんてチャンチャラおかしいぜ(^~^)

そもそも「藩」とは、昔の中国にて王がその愉快な仲間たちに与えた領地を指す言葉である。藩侯は王にむかい四つんばいでお尻を差し出している状態であり、王から独立することなどは夢股夢股夢股夢股夢股である。

ひるがえってわが日本国の江戸期をみてみると、そもそも藩は「藩」と呼ばれることなどなかった。加賀藩ではなく前田家、柳生藩ではなく柳生家、ひこにゃんではなく井伊家と呼ばれていたのである。徳川幕藩体制とは徳川氏か数多くいる大名の盟主となり緩やかに大名を統制している体制であり、大名はその領地における小国家の王として君臨していたのである。大名が徳川氏に四つんばいでお尻を差し出しているわけではなく、大名と徳川氏がっぷり四つに組み合っていたというのが適切であろう。

言うなれば、藩とは明治維新という狂騒曲を奏でるために政府が生み出した新しい音符の一つなのである。

人の顔に見える県[編集]

県境の多くは、海岸や山脈に沿った自然的境界である。 これらは決して人為的なデザインではない。 朝鮮半島が天狗の鼻に見えるという人だけが拝める、神様の偉大なるアートだ。

県に住む人々[編集]

県に住み人々は県民と呼ばれる。あるいはイレブンと呼んでも通じるであろう。

県民の気質、いわゆる県民性は各県ごとに千差万別である。その一方で、県を同じくする人々の気質の間には微塵の違いもなく、一つの県には特定の気質(=県民性)を持つ人間しか存在しない。青森県民はリンゴでニンテンドーDSをする、愛媛県民の産声は必ず「みかんみかんみかんみかんみかん」、鹿児島県民の血は焼酎である、というような県民性をもたない県民は存在しない、ということである。

県民性とは県民を見る上でのステロタイプの一種なのではなく、厳然たる社会的事実として存在するものなのだ。

なぜ県民性は存在するのか?[編集]

単なる地理的境界線でしかない県境によって区切られた県民が、例外なく特定の県民性を持つのか、その理由を説明する学説を下記に列挙しておく。

  • 毒電波説  
    県民を洗脳して県民性を持たせるため、各県の県庁が日夜毒電波を流しているという説
     戦前の学会では主流な説であったが、毒電波の生成が現代の科学技術では不可能であるため、現在では否定されつつある。しかしながら宇宙人からの技術提供やロストテクノロジーの発掘などにより各県庁が極秘裏に生成技術を獲得した、と主張する学派もあり、完全に否定されたわけではない。
  • 暗殺説  
    県庁がスナイパーを雇い、県民性とは異なる気質を持つ県民が誕生した瞬間にその県民を暗殺させる、という説
     戦後GHQ統治下、御用学者たちによって唱えられたのが始まりであるものの、ゴルゴ13が涙目になるほど莫大なスナイパーへの報酬を各県が賄えるわけもなく、学会では端から異端視されている。しかしながら、政府を意をうけたマスコミによる多年の報道の成果(たとえば某あるある大●典などでは、司会の番組冒頭の挨拶が「こんにちは、スナイパーの暗殺を免れた魔茶秋です」というものだった)により、一般大衆にはこの説が定説として信じ込まれてる。
  • 弥陀の本願説
    無量寿仏/無量光仏とも呼ばれ無明の現世をあまねく照らす阿弥陀如来により、人々は県民性を与えられる、という説
     廃藩置県による「県の誕生」のはるか昔の15世紀、将軍様へのイジメに飽きた一休さんが唱えた。阿弥陀信仰という荒唐無稽さから異端視されているのが現状であるが、それは無限の過去から無限の未来にわたって世界を照らす「弥陀の本願」の本質をまったく理解できない愚者の言葉であろう。「弥陀の本願」とは、この世界を支配するある種の物理法則であり、どのような前立腺刺激行動でも運動方程式に従わざるを得ないように、この世界に存在する限り「弥陀の本願」の影響から免れることは出来ないのだ。
     ノウボウアラタンノウトラヤーヤノウマクア・リヤミターバーヤタタギャタヤ・アラカテイサンミャクサンボダヤータニャ・タオンアミリテイアミリトウドバンベイ・アミリタサンバンベイアミリタギャ・ラベイアミリタシッテイアミリタテイ・セイアミリタビキランデイアミリタ・ビキランダギャミネイアミリタギャ・ギャノウキチキャレイアミリタドン・ドビソワレイサラバアラタサダニエイ・サラバキャラマキレイシャキシャヨウギャレイ・ソワカ
  • エヴェレットの多世界解釈説
    プランク時間ごとに数多に分岐する世界の中で、我々が偶然にも県民性のある世界に存在している、という説
     たくさんの平行世界があるなどというオカルト地味た説であるが、意外にも現代科学の根幹を成すといっても過言ではない物理の学者がとなえた説である。学会には基本的に変態が多いため、このようなオカルトがいまや学会での主流派となっている。シュレーディンガーの猫に象徴されるように奇人変人勢ぞろいの学会の動向については、私たちは一定の距離を置き生暖かく見守るべきであろう。

関連項目[編集]

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