皇国史観
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皇国史観(こうこくしかん)とは、日本(大日本帝国)は天皇を根源とする神の国であるという前提の歴史観である。
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[編集] 皇国史観に基づいた主張の例
- 日本が不幸になるのは天皇のせいである。
- 日本に幸運が訪れるのは天皇陛下のおかげである。
- 戦争に負けたのは全て天皇が悪い。
- 世界的に見て日本の敗戦経験が極めて少ないのは天皇陛下のお陰であった。
- 関東大震災は昭和天皇に、阪神淡路大震災は今上天皇に徳がないから起きた。
- 獅子座流星群はもちろん天皇の徳を示している。
- ライブドア・ショックは天皇の徳がないから発生した。
- 景気回復には金利などどうでもよく、天皇陛下の徳が重要である。
- 今上に徳がないため少年犯罪が増加している。
- 治安回復のために天皇陛下の徳を回復する必要がある。
- 俺が定職に就けないのはテンコロに徳がないからだ。
- 今日、一千マソの契約を結べたのも天皇陛下のお陰アルよ。
- 隣のあの子が毎晩検閲により削除しているのもテンコロのせい。
- 新宿でパパと検閲により削除して検閲により削除を買ってもらったのも天皇陛下のおかげ。
- 天皇陛下の検閲により削除
- 日本が禁則事項です
- 日(省略)
以下省略
[編集] 魔法の呪文
皇国史観はまた、大日本帝国時代の検閲や思想統制と特定の保守的な説を結びつけ、その説の信憑性を落とす魔法の呪文としても使われる。この呪文を使うと、史料に当たって自力で事実関係を調べない愚民はいとも簡単に奇説・珍説の方を信じてしまうのである。この呪文を唱える魔導師や呪術書には、以下のようなものが挙げられる。
[編集] 歴史
原始集団には迅速かつ円滑な行動を行うために宗教が必要不可欠であり、例に漏れず日本でも「天皇に徳があるから必ず勝てる」などとし、民衆に激励や鼓舞をかけていた。もちろん失敗した時は全責任を天皇になすりつけ、より徳のある(とされる)者を天皇にすればよいのである。
承久の乱ののち政権が鎌倉幕府に移ってもなおスケープゴートとしての天皇制は機能していた。しかしだだっ子・後醍醐天皇の登場によりこのシステムは終焉の危機に陥る。そこに颯爽と登場したのが北畠親房である。親房は後醍醐天皇の皇子・後村上天皇に果敢にも父天皇を不徳とする『神皇正統記』を献上し、慎んだ後村上天皇は再び国の人柱となった。
明治維新によって再び天皇が歴史の表舞台へと舞い戻ると、皇国史観はより影響力を強めた。明治天皇という有徳の天皇を迎え皇国は猛進撃を続けていたが、父である大正天皇を押し込み摂政となった不徳の裕仁親王(昭和天皇)出現によって停滞し、ついに第二次世界大戦で大敗を喫する。
戦後、進歩的文化人は日本を誤った道へ進ませた天皇は死刑にするべきと過激な主張をし、天皇に責任を負わせるのは左傾思想であるという意識を植え付け、旧保守的右翼と新自称保守的右翼を分裂させてしまった。ゆとり教育の影響もあって日本の伝統であるスケープゴート的天皇制は日陰に追いやられ、今となっては保守派を自称するもの自体が天皇に責任はないと言ってしまう有様である。
[編集] 批判
皇国史観に対する批判としては、以下のようなものがある。
- 天皇の徳によって国の命運が定まるなど非合理的でとても信じられたものではない。
- 明治以降の近代政権においては天皇は押し込められた傀儡に過ぎず、その責任はない。
- 戦争責任が天皇にあるなんて言い出す奴は売国奴。

