田中靖規
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
田中 靖規(たなか やすき、1982年11月17日 - )は、和歌山県出身の漫画家。代表作は、15週で駆け抜けていった『瞳のカブとレタス(通称・カトブレ)』。
目次 |
[編集] 経歴
- 生まれて初めて描いた漫画『獏』で、天下一漫画賞にて審査員・オサレ師匠に絶賛される。
- 『獏』が赤マルジャンプ2003年WINTER号に掲載され、トントン拍子にデビュー。この当時はまだ本名を使っていた。
- 青マルジャンプ(週刊少年ジャンプ2004年4月1日特別増刊号)にて『DEAD/UNDEAD』を掲載。割と化けの皮が剥がれる。
- 赤マルジャンプ2004年SUMMER号にて『空中図鑑』を掲載。これはそこそこ評判が良かったので、後に『カトブレの作者』と同一人物の作品と知った人間はショックを隠せないらしい。
- 2005年春、大学を卒業しダークサイドに堕ちる(後述)。
- 名前の読みを変更しPNにして、週刊少年ジャンプ2006年40号にて『瞳のカブとレタス』を読切掲載。
- 週刊少年ジャンプ2007年25号から40号まで『瞳のカブとレタス』を連載。
- 赤マルジャンプ2008年WINTER号にて『ジャメヴ』を掲載。
[編集] 人物
- 本名は、同じ漢字で「たなか やすのり」。吸血鬼の魔の手に堕ちるまでは本名で漫画を描いていた。
- 大学在学中に初めて描いた漫画をジャンプに送ったら、そのまま何の間違いか漫画賞を受賞してしまいデビュー。
- 大学卒業後は、前述の吸血鬼の元で
パクr漫画の基礎の修行を積み、1年半後独立。恐らくこのアシスタント期間に血を吸われたと思われ、その後の作風がガラッと変わる。 - 師匠同様コピー能力に非常に優れ、『カトブレ』は秀逸なギャグ漫画として(主にジョジョ信者と糞漫画愛好家を中心に)人気を博したが、惜しくも15週で打ち切りとなった。このことより、秀逸なギャグ漫画が15週~20週程度で打ち切りを喰らう「カトブれる」という言葉が生まれた。
- 『カトブレ』打ち切りのショックを振り払い執筆した新作『ジャメヴ』は、日本語訳すると「未視感(知ってる筈なのに見た事が無い、デジャヴの対語)」という意味だったが、内容はとてつもなくデジャヴだった。これ何てミキタカと寄生獣?
- 寄生獣を弄るなど、並の人間には持ち得ない度胸と向こう見ずさを持っている
- 『カトブレ』の舞台は"K都"、『ジャメヴ』の舞台は"T都"と、略語にする意味の無い地名を創作するのが好き。
- 「桐星」「風呂苳」など、大根っぽい地名や学校名をつけるのが好き。
- 和歌山出身の割には、カタコトの関西弁を使用する。特に『カトブレ』で使用された、明らかに関西弁ではない言葉「やよ」は、その後流行語にもなった。
- マブダチ・椎橋寛の巻末コメントにより、2008年6月現在生息中で、ふたりで(椎橋は連載中にも関わらず)ウイイレに興じていたことが判明した。
[編集] 作品リスト
- 獏(デビュー作)
- DEAD/UNDEAD
- 空中図鑑
- -- PN・作風が変わる --
- 瞳のカブとレタス(読切)
- 瞳のカブとレタス(連載)
- ジャメヴ
[編集] 関連項目
| あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ! 『おれは "田中靖規" を見つけたと思ったらそれはスタブだった』 |


