猿蟹合戦

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猿蟹合戦 (さるかにがっせん) とは戦国時代豊臣秀次可児吉長のささいな喧嘩に端を発し、それに日本全国の野生のが参戦して大乱に発展した戦争である。

開戦までの経緯[編集]

時は安土桃山時代豊臣秀吉の甥豊臣秀次の家来に可児吉長と言う強者がいた。ある日秀次は吉長とじゃんけんをしたがどうしても勝てない。段々腹が立ってきた秀次は吉長に「お前、蟹の癖に何でチョキ以外を出すんだ」と文句を付けた。これに対し吉長は「俺は蟹じゃない」と言い返し、段々言い合いがエスカレートしてゆき乱闘騒ぎにまで発展した。

この乱闘騒ぎを聞きつけた全国の野生の猿と蟹が俺も秀次ないし吉長に味方するぞとわらわらと集まってきてただの乱闘騒ぎはいつの間にか猿と蟹の戦争になっていた。

泥沼化する合戦[編集]

ドンキーコングキングコングが猿側に味方したこともあり戦況は圧倒的に猿が有利であったがこれに対して蟹が「フェアじゃない」と文句をつけ戦場を海に移した。蟹の妄言に騙されてホイホイついていった猿達は海で溺れて死亡した。猿達は「騙しやがったな蟹共!」と激昂し魚雷を海中に投下した。ちなみにこの時勝った蟹達がダイミョウザザミショウグンギザミに進化していったのは有名な話である。

一方でこの戦争を引き起こした張本人である豊臣秀次は慌ててひよこ陛下に助けを求めた。

戦後処理[編集]

備考[編集]

近代日本を代表する小説家である芥川龍之介は、蟹達が親の敵の猿を討ったあと、単一民族によるファシスト政党を組織、政権をとった後に単一種族国家として日本から独立し、猿を大量虐殺する、という短編小説を書いている(題名は『猿蟹合戦』となっている)。

また、1887年に教科書に掲載された『さるかに合戦』には、クリトリスではなく卵子が登場、爆発することでサルを攻撃している。

地域によってタイトルや登場キャラクタ、細部の内容などは違った部分は持ちつつも似たような話が各地に伝わっており、たとえば関西地域では明石家さんまなどが登場するバージョンの昔話も存在する。

なお、近年の派生作品としては、漫画家吉田戦車による中国の少数民族に伝わる同様の説話「ひよこ陛下の仇討ち」と「猿蟹合戦」をヒントにした作品『武侠 さるかに合戦』などがある。


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