牡蠣

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牡蠣(かき、:Oyster エスペラント:Ostro)は、ぬるぬるの、ぼってりした文明人間に、はらわたを抜かずにこれを喰う大胆さを与えた!」
牡蠣 について、アンブローズ・ビアス

構造[編集]

牡蠣は二枚貝であり、体を左殻におさめ、右殻をふたにしている。発生後約一日で完成するというその殻の形は様々だがいずれも荘厳で、ジャコメッティの彫像のごとき独特の造形美を有しており、庭の花壇の装飾に最適である。これを空ける際は、専用のナイフを間に差し込んでこじ開けるが、慎重さが必要な作業であり、手荒にやると以下のウィキペディアから輸入した写真のように貝柱以外の部分を余計に引きちぎってしまうことになる。こうなると部位の説明に使用するのは不可能であるからして、やむを得ず写真の隣の図を使うことにする。

かきをひらいたところ.jpg 牡蠣の体.JPG

  1. 。牡蠣は気に入った岩にへばりついたが最後、これをぱくぱくするだけで頑として動かない。そして捕まる。
  2. 直腸。ここからひりだされた霞のごとき老廃物が、潮の流れにしばし漂い、そして消えてゆく。人生のようだ。
  3. えら。スーパーに並べられた無数の命の微かなうごめきを、無表情なおばちゃんたちがものも言わずにかっさらって行く。
  4. ノロウイルスによるコロニー。紛う事なき牡蠣の心臓部である。

牡蠣は大変怠惰な生き物であり、筋肉が退化しているため、ほとんどが内臓である。これはあくまで表面に見えるものを表した図であり、この奥にはさらにいろいろなものが詰まっているが、その分布の具合は実におぞましく、とてもここには紹介できない。

生での味わい方[編集]

「初めて牡蠣を食ったやつとは、なんと肝っ玉の太いやつだ!」
牡蠣 について、ジョナサン・スウィフト

牡蠣を生で味わうことこそがもっとも正しい食べ方であり、ヨーロッパで広く実践されてきた。牡蠣は本来上流階級の人々のたしなみであり、食す際の厳格な作法がいくつか存在するが、日本ではあまり知られていない。以下はその一例である。

  1. きちんと深く椅子に腰掛け、純白のテーブルクロスの上に皿が運ばれてくるのを静かに待つ。このとき、ナプキンをしっかりつけておくことが重要である。
  2. 大皿に高く盛られた氷の山の中に、牡蠣が5,6個埋まったものが運ばれてくる。付け合せは殻つきのテナガエビである。このとき不平を言ってはならない。大皿の横にワインが置かれる。シャブリである。
  3. ウェイターの指示に従い、牡蠣を殻ごと持ち上げ、口の前で傾けて一口につるっと飲み込む。このとき惜しがって噛んでしまうと、白い身の中に黒いはらわたの入った断面を目にすることとなり、目玉睾丸を食べているイメージが頭に浮かんで離れなくなるため、お勧めしない。紳士は噛まず、飲み込まず、ナプキンの上に落とす。
  4. ナプキンの上に身が溜まり、これ以上受けるのは不可能に思われる状況になったら、そっと身を隣のテーブルの婦人のハンドバッグの中に落とす。
  5. 牡蠣を食べるのをやめて、テナガエビを咥えて遊んだあと、殻ごとむしゃむしゃ食べる。紳士たるもの女々しく皮をむいてはいけない。ウェイターの表情を気にしてもいけない。
  6. 隣のテーブルの婦人がハンドバッグの中の携帯電話に手を伸ばす前に、すばやく優雅に立ち去る。このときテーブルの上に代金を置いておくのを忘れない。

これさえできればあなたもジェントルマンである。この項を書く際に、生粋のイギリス紳士であるローワン・アトキンソン氏にご協力いただいた。この場を借りて深くお礼申し上げる。 ともかく、牡蠣は、調味料を使わずとも、ミルクのようにまろやかで、ぷりぷりとして、すっきりした塩味が楽しめる素晴らしい食材であるため、あのイギリスにおいてさえも美味しくいただくことができる。もっとも、適度なトッピングはそのおいしさを増幅させる。スコットランドではシングルモルトをたっぷりかけて。イングランドではストリキニーネを少しずつ。天にも昇るそのうまさ

料理[編集]

牡蠣とは、生で食べるべきものである。それに火を通すなど言語道断であるが、このような間違った調理法が、特に日本において盛んに行われている。その冒涜のすさまじいことである。網の上で焼いたり、鍋に入れたり、フライにしてみたり、ご飯と一緒に炊き込んでみたり様々である。最近ではお好み焼きの具にするなど、許しがたい。最高級のコーヒークリープを入れるようなものだ。酷い。酷い。嫌な文化だ。悪い文化だ。ああ。我慢ならない。生かして置けねえ。しかしなんといっても一番許せないのは、全く実にけしからんことだが、それらがすべて美味しいことである。

カキフライ[編集]

最も背徳的であるカキフライ。名古屋では「カキフリャー」になる点に注意したい。

生の牡蠣に小麦粉、卵、パン粉といった余計なものをゴテゴテと付け足した上で、高温のに入れて揚げた料理である。大抵は中濃ソースやタルタルソースをかけて食するのだが、当然繊細な牡蠣本来の味は甘すぎるソースの味や油っぽいタルタルソースの味にかき消されて味わうことができない。これぞ牡蠣に対する冒涜である。しかしサクサクとした衣の食感とほぼ生のままの牡蠣のジューシーさがあいまって絶妙なハーモニーを醸し出すこともまた事実である。ソースをかけずにレモン汁だけで味わうと言うのなら存在を認めても良いレベルの料理と言えるであろう。

カキ鍋[編集]

味噌ベースのスープを煮立たせて、そこに牡蠣と野菜を入れて煮込んで食べるという、まさに外道中の外道と呼ぶにふさわしい料理である。火を通してもやや生具合の残るカキフライ等とは異なり、完全に火を通して食べる牡蠣にどれだけの価値があると言うのだろうか。また、グツグツ煮立つスープに入れられた牡蠣からはうまみやエキスと言ったものが全て出てしまい、もはや食べても「味噌味のする何か」という認識しか持てない物質に成り下がってしまうのである。しかし、牡蠣のエキスが存分に出たスープは絶品であり、締めの雑炊はまた格別の旨さである。また、うどん中華麺ともよく合うので、締めに何を食べるかはワイワイ鍋を突きながら決めて欲しい。

焼き牡蠣[編集]

シンプル故に忌み嫌われる牡蠣料理と言えば焼き牡蠣を置いて他にないであろう。他の料理と違い、殻のまま牡蠣を焼くという行為が、見る人に「そのまま食べれば良いのに何故?!」と思わせるのである。他のどんな牡蠣料理よりも「勿体無い」と思わせることは想像に難くない。しかし、焼くことによって殻ににじみ出てくるスープは生で味わうのとはまた違った味わいであり、熱々の牡蠣の身を頬張ればさっきまでの疑念はどこへやら……となってしまう料理であることも否定できない。

関連項目[編集]

Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「牡蠣」の項目を執筆しています。
お爺さん
第8回共同加筆コンテスト
優良賞受賞記事

この記事は第8回共同加筆コンテストにて
3位に入賞しました。
この記事もまた特別な存在だからです。