火垂るの墓

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火垂るの墓(ほたるのはか)とは、かつて蛍のために建てられた墓である。90年代を通して児童たちに強烈なトラウマを植え付けた。

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概要[編集]

火垂るの墓とは第二次世界大戦末期の兵庫県に建てられた墓である。元々は蛍の墓とも呼ばれるように戦火に焼かれた蛍たちの安息を願って建てられた。しかし、戦時中働かずにNEETとなって散々大人に迷惑をかけ、妹とともに野たれ死んだ清太によって墓は乗っ取られ死後の安息の地すら奪われた。現在、墓の中にはかつて節子・清太と呼ばれた遺体が二体埋葬されているとされる。

ちなみに蛍の墓が火垂るの墓と書かれるようになった理由は単純であり、戦火によって墓が焼かれ火が垂れるように墓の存在ごと焼きつくされたからである。なので今現在は鎮魂も跡地ではなく魂が移設された墓所で行われている。

供物[編集]

火垂るの墓にはお供え物としてドロップを与えればいいと跡地の看板には書いてあるが、実際は蛍は成虫してからは何も食べないためそんなものを与えても浮かばれない。下手すれば半端に溶けた砂糖によって足をからめ捕られ貴重な寿命を地面に貼りつけられたまま過ごす可能性すらある。また、線香なども戦火を思わせる火災の可能性を考えるとやめた方がよい。そのため供物は与えず、だからと言ってゴミなどは残さず、ただ平安を祈って手を合わせるのが一番の供養である。

蛍の安息地として[編集]

かつて焼きつくされた蛍の墓は兵庫県西脇市に移設され安置されている。ここでは現在も元気な蛍が飛び交い、人間に心の安寧をもたらしてくれる。しかし、こうした蛍の繁栄には、かつて焼きつくされた過去の蛍たちと、最終的に養分と化した二人の遺体が礎としてある。場所を移したら意味がないというもっともな意見はあるが、残念ながら元々墓が建立されたいた地域は現在住宅地である。よって蛍の魂ごと墓も移した方が建設的であろう。

そして、ここは単なる蛍の安息地ではなく、人間たちの争いにただ焼かれて死んだ多数の蛍たちの犠牲を忘れたないための史跡である、本来ならば終戦の日にここでも式典を行う必要があるほどの重要地だが、戦争に負けて細かいエピソードを忘れた一般国民の目には届いていない。

小説化[編集]

こうした惨状を憂いてか、野坂昭如はこの蛍の墓の説話を小説にしようと考えた。しかし、『炎垂るの墓』の主人公はなぜか前項でも述べた蛍を押しのける形で墓に埋葬された清太と節子になってしまった。小説は人物描写の関係からよほどの実力がなければ、人間を含むある程度知能をもった生命体を出さないと演出的に厳しいからであろうが主役は蛍ではなく二人になってしまったのだ。申し訳程度に蛍が焼かれるエピソードや戦火から蛍を守るエピソードが加えられたが、全体的には戦火に飲まれたNEETの末路を描く悲しき作品として描写された。清太と節子は望んだかどうかは不明だが終戦後の注目まで蛍から奪ったのだ。

彼らは死ぬ何カ月か前からドロップと呼ばれる家族の遺した固化麻薬を常飲していた。ドロップの甘さが彼等の飢えへの苦痛を少しではあるが和らげ(悲しい事だがこの場合の麻薬摂取に異論を挟む者は居ないであろう)た。初めは一時しのぎだったが、いつしか一言でいえば麻薬漬け人間となってしまった。節子は後に病の中でその味に幻覚を見て、彼女亡き後、その空の缶は節子の骨壷として清太が栄養失調で後を追うまで彼の傍にあった。この作品にとって固形麻薬の缶は正に還って来ない過去と死の象徴であるとも言える。

モデルの原作者本人と主人公清太との違いは、原作者は生き残り清太は死んだ点である。原作者は「弱った実の妹に口移しで食べさせようとして、飢えに負けてごくんと飲み込んでしまった」と後に吐露しており、死ななかった彼自身への懺悔からか、自分の分身である主人公に非難の対象となる欠陥、家出をして生き急いだという愚行をさせている。その理由の一つに作者と清太との違いがある。清太の傍らには当時贅沢で一般人には入手困難な麻薬が存在していた。つまり過去にそれが入手可能だった時期があり、なまじ豊かな生活や甘美な味を知って仕舞ったもう一人の彼は、粗食や屈辱的な生活に耐えられなかったのである。


以下、原作者コメント

「僕らの時代は腹がへると、ヒロポン飲んで誤魔化してたから。大体ヒロポンなんていうのは、いくらでも大学病院の前の薬局で手に入った。ヒロポン飲むと確実に空腹感はなくなった。ほかの麻薬でもそうだけどね。そういうカッコウで、飢えの時代も過ごしたし、空襲も知ってるわけ。みなさん知らないでしょ。あんな面白いもんないですよ。空から火の雨が降ってきて、それを逃げ回るわけだから。」
火垂るの墓 について、野坂昭如

メディア化[編集]

問題の缶を覗いている画像

火垂るの墓はスタジオジブリにより映画化され、映像の再現度から原作者の野坂昭如をして「アニメ恐るべし」と言わしめた作品「火垂るの墓」は、主人公清太とその妹である節子は戦争で父母を亡くし、西宮のババアの家に住むも邪険にされたため二人で自炊生活を行い、食料もまともに無い生活の中で二人は病み、相次いで斃れて行くという。敵味方としてではなく戦争の齎す物への訴えからか、当時の相手国の米国でさえも高い評価を得ている作品である。

ここまで設定をごてごてつけるともはやかつての蛍の墓の原形は無くなってしまったが映画を見ても誰も気にしないという蛍にとっては浮かばれない結果となった。不朽の名作として名を轟かせた火垂るの墓はアニメ映画化に続きテレビドラマ化されたが、アニメ映画の方向性を踏襲することとなった。

ある米国人など「どうして自殺用拳銃とセット販売しないのか」とまで語ったらしい。その癖ヤツらは反省しないけどな!

この物語では、当時から市販されている佐久間製固化麻薬とその缶が重要な小道具として登場する。

とは言え、砂糖と死を結び付けているのは当然の事であり、ここまでは良しとしよう。だが、映画の制作において麻薬産業の協力があった事だけは忘れては成らない。当時復刻版として発売された製品には、恐ろしい事に飢えた節子が空っぽに近い「缶」を覗いている場面が印刷されており、麻薬に関わる企業の利潤追求への外道さを垣間見る事が出来る。

蛍の墓が火垂るの墓となり元々の意味を失ったのはこの主題から外れた小説化・アニメ映画化が原因であろう。ただ、景観保護の観点から見ればにわかファンに聖地巡礼なんかされて荒らされるよりは、本当に蛍を大切に思う人にだけ来てもらったほうがありがたいのかもしれない。

トラウマ育成機[編集]

高い前評判の下、興行的にも上々の仕上がりだった『火垂るの墓』であるが、その裏では大量の精神病罹患者(特に子供)を産むことになった。それは一重にとなりのトトロと同時上映というやってはいけない手法の採用によるものである。

トトロを見て幸せいっぱいになった親子は、次に始まった本作によって絶望のズンドコに引きずり下ろされ、子どもは泣き出し親は苦しみ、ありとあらゆる負の感情を魂に刻み込まれることとなったのである。

そのトラウマは現代にも生き続けており、かつてのお子様は今親になり、子どもとジブリ作品を楽しむ時代になっているのだが、本作品だけは見せられない、という家庭が実に多いのである。

ムスカ[編集]

もちろん今作でも登場、爆弾を投下しながら「見ろ!人がごみのようだ!」と発言していたが仲間に爆弾に間違えられ投下される。天罰である

関連項目[編集]