湯川秀樹

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湯川秀樹(ゆかわひでき、1907年1月23日 - 1981年9月8日)は、原子核内の陽子中性子の間に中間子があるのではないかと予想しただけノーベル賞を受賞した理論物理学者である。

概要[編集]

予想する湯川博士。古畑任三郎?出てませんけど何か?

1949年、湯川秀樹は日本人として初のノーベル賞(ノーベル物理学賞)を受賞した。この出来事は戦後・生きることがやっとの日本人たちに多くの勇気や感動を与えた。本当に素晴らしい人である。ところで、そのノーベル賞を受賞した研究や発見は何であったのだろうか。湯川秀樹の次にこのノーベル物理学賞を受賞した朝永振一郎は量子電気力学分野での基礎的研究うん、意味は分からなくていいんだ、その次に受賞した江崎玲於奈は半導体におけるトンネル効果の実験的発見うん、分かる方が凄いんだなど、凡人なら何を言っているのかさっぱりわからないくらいの事を研究し、功績を挙げている。それでは主役の湯川秀樹の功績を見てみよう。

「陽子と中性子との間に作用する核力を媒介するものとして中間子の存在を予想[1]」。

常識的に考えて一つ疑問に思う部分があるだろう。「予想?」予想とは、小学校夏休みの宿題自由研究で初めの方に記すもの。信じられないことだが、この湯川秀樹という人物は、予想だけで世界で注目されるノーベル賞を取ってしまった学者なのである。もちろん、他の「陽子」や「中間子」というのも分かりそうで分からないのですごいことなのであろうが、所詮は「予想」。実際に中間子があったということを特定したのは別の学者であって、その研究のおかげで湯川はノーベル賞を受賞した。完全に人任せである。現在では湯川秀樹は声が小さかった[要出典]ことから発表したつもりが誰にも気にされておらず気づかれなかったため代わりに発表はしてもらったということになっている。その場合言えることは湯川博士は存在感が薄かったということである。この要素は学者なら特に珍しくも無いことなので有り得るだろう。

この予想はとても便利なもので、当たれば一攫千金、外れれば過去の人とみなされる程度ということで、ローリスクハイリターンであることは間違いない。湯川秀樹の場合はこのハイリターンを手に入れることが出来ただけの話しである。因みに、ローリスクを取ってしまったのはノストラダムスである。また、おそらくマヤ族の方々もローリスクの方を取ってしまうだろう。

湯川秀樹は学者で、頭もキレたであろうことから、意図的にこの効果を発揮させたと考える方がむしろ自然である。しかも予想を的中させノーベル賞…美味しすぎる話である。

だから[編集]

あなたもある程度の理論を用いて「ドラえもんはタイムマシンに乗って未来からやってきたので、人間が四次元空間を移動することは可能だと思います。」などと予想すれば、いずれ他の人間がその事実を証明しノーベル賞を受賞出来る…


訳が無い。


本気で予想だけでノーベル賞が取れるとでも思ったのか?そんなことを考えるのはただのバカである。湯川秀樹はそれまでに数々の努力をし、結果を残し、その後の創価学会に多大な貢献をしたためノーベル賞を受賞されたのである。まず、楽して結果を残そうとする考えがおかしい。何の努力もしないでPCの前で固まっているあなたには到底無理な話である。悔しかったら覚悟と決意を持ってまずは部屋からでなさい。話はそれからである。

とは言っても[編集]

例えば、長岡半太郎は、原子の正体は、原子核の周りを電子が回っていると予想した。実際にそれは合っていたのである。ところが発表した当時は「お前の予想はアラがあり過ぎる」と全く相手にされなかった。アーネスト・ラザフォードは同様の予想をした上に、それを実験で完璧なまでに立証したのだが、それでも「まだアラが残っている」と認められなかった。そしてそのアラは、ラザフォードの弟子のニールス・ボーアによって完全に塞がれ、ようやくのノーベル物理学賞受賞となった。

南部陽一郎は「素粒子の根元は粒子ではなくて、実はである」と予想したが、「大外れだ」と大勢の学者からツッコミを受ける結果となった。「やはり紐でよかった」という意見が出るのは、10年以上後の事。そんなこんなで南部がノーベル賞を受賞できた時にはもう90歳間近となっていた。

そんな訳で、予想でノーベル賞を取るのはかなりの困難が伴い、そう簡単に受賞できるものではないのである。湯川秀樹も予想でノーベル賞を受賞するまでには、さまざまな困難を…うーん…特に困難があったなんて聞かないな。まあ運が良かったという事で。

ちなみに晩年の湯川秀樹は「素粒子の根元は、素領域である」などと予想を唱え、マレー・ゲルマンの予想に激しくケチをつけていたが、世界中の学者からは全然相手にされなった。その態度は友人であった坂田昌一からも批判され、「ゲルマンの予想のほうが正しいに決まっている」と酷い言われようであった。そして実際にゲルマンの予想が正しい事が証明された。競馬と同じように、一度運が良かったからといって、二度三度と幸運がめぐってくる訳では無いのである。

脚注[編集]

  1. ^ wikiより

関連項目[編集]

Wikipedia
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