清原和博
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
「肉体改造計画って一体どんな意味があったんだろうね。まったく。」
~ 清原和博 について、星野仙一
~ 清原和博 について、星野仙一
「清原さんのせいで僕らの給料が……」
~ 清原和博 について、オリックスバファローズ選手一同
~ 清原和博 について、オリックスバファローズ選手一同
「うちもやられた!!」
~ 清原和博 について、読売ジャイアンツ選手一同
~ 清原和博 について、読売ジャイアンツ選手一同
「なるほど。番長とは、こういうものか! 」
~ 清原和博 について、ギム・ギンガナム
~ 清原和博 について、ギム・ギンガナム
清原 和博(バンチョーきよはら)は、オリックス・バファローズ組のヤクザであり、代名詞は「ひざ」。ケンカとだんじりをこよなく愛する岸和田人。プロのリハビリストでもある。大阪人にとっては、大阪人が皆あんなだと思われかねないので、甚だ迷惑な存在である。歯が白すぎる、口がくさいんじゃ。
[編集] 人物
- 一人称は「ワイ」もしくは「ワシ」。子分もいっぱいいる。にもかかわらず、毎年必ず負傷し、試合に出られない日々が続いており、付いたあだ名が怪我の大魔神やプロリハビリストなどである。
- 以前は乱闘を自分から仕掛けていったが、ロッテガムズ所属の外人に返り討ちにされ、それ以来外人には自分から喧嘩を売らない。かと言って実は見掛け倒しと言うことが日本人にもバレてしまい、最近はもっぱらやられっぱなしである。
- 一見、内角球を避けずに、わざと当たりに行っていると誤解されがちだが、内角球を避けるような清原はただの清原である。というか、実際問題死球を避けられないだけである。若い頃、「死球の避け方なんてどうでもいいんじゃ。打ち方教えろ」みたいなやり取りがあった、多分。避けたいけど避けられない。好きだけど好きじゃない。一種のツンデレでもある。最近の死球数の低下は、清原が内角球を避けているのではなく、投手が内角球を投げる必要性を感じなくなったことに由来するものと思われる。というか、そもそも試合に出ていないのだから増えようがない。
- 一方、彼の異常な死球数は投手による球界全体の企みであるともいわれている。死球を与えられない清原はただの清原である。挑発的・好戦的な投手は、乱闘大好きな彼に対して乱闘を望んでいる。そのため、わざと当てていたのだ。また、保守的・知能的な投手は逆に清原の偉大な記録に貢献しようとしているのだ。いずれにせよ、全ての対戦投手は、かれに狙って当てていたこととなる。最近では、彼の怪我が悪化してしまうと乱闘や記録どころではないのでやめているという。
- 巨人に拉致られて以来ヘタレたが、それ以前はマトモだった気もしないではない。
- 昔は、『かっとばせ!キヨハラくん』などの漫画にも出ていた。また、他人の妻を妊娠させたりもしたため、所沢の種馬と呼ばれたこともあった。
- なお、副業ではお笑い芸人をやっている。高校時代は桑田真澄とのKKコンビという漫才コンビで当時の女子高生を中心にアイドル漫才コンビとして一世を風靡した。しかし、桑田真澄の読売電撃入団により解散。当日まで何も聞かされていなかった清原は号泣。語り草となる。
- これでも1億貰っているらしい。どこかに寄付しないとそろそろ罰が当たるぞ。
- それゆえ最近では球界のメタミドホスとまで呼ばれている。
- 出番が近くなるとイタイイタイと言って二軍に逃げるのでイタイイタイ病患者に認定されている。
- 福岡ソフトバンクホークスの投手OKANEにパウエルという登録名を名づけた。
入来にグリーニー入りコーヒーを無理やり飲ませていたところを野村に目撃される。その野村がシャブで捕まってからは、警察に余計な事をバラしていないかと日々ビクビクしている。
[編集] お笑い芸人としての清原和博
- KKコンビ時代
- PL学園高校在学中にもかかわらず、数々の賞を総なめ。ネタの完成度はリアルきっずとは比べ物にならないと一部では囁かれる。次世代のヤスキヨと関係者から絶賛を受ける。桑田のシュールなボケに清原が爽やかに突っ込むという今からでは予想もつかないスタイルが女子高生を中心に幅広い世代に大いに受けた。順風満帆かと思われたが、電撃解散。
- 初期ピン芸人キヨマー時代(80年中盤~90年代序盤)
- 電撃解散と某占い師に唆さたこともありキヨマーに改名。さわやかなスタイルはそのままにピンで活動開始。KKコンビのアイドル的人気はそのままに外人に対して積極的に絡むなど体を張った芸風も得てお笑い新人賞を独占。不動産トラブルに巻き込まれた元相方桑田真澄とは対象的に人気を不動のものにしていくと思われたが…。
- 低迷期(90年代中盤)
- アイドル芸人路線でやってきた清原に分岐点が訪れる。グレートチキンパワーズやふかわりょうといった若手ライバルの出現である。ネタの完成度は清原の方が高いという声が多かったものの徐々に人気を奪われ影が薄くなっていった。
- キャラ変更苦悩期(90年代後半)
- このような状況を打破すべく、元相方桑田真澄にコンビ再結成を持ちかける。一応、再結成という形にはなったもののかつての精彩はなくかつての勢いを取り戻すことは出来なかった。他にも織田裕二似の相方と組んだがすぐに解散。かつてのように外人と絡もうにも実はキヨマー時代がトラウマになっており、満足のいく結果が得られなかった。
- そして筋肉芸人へ(2000年代前半)
- そして清原は大きな決断を下す。当時、無風だった筋肉芸人への参入だ。当然、当時の肉体で筋肉ネタを披露できる状態ではなかった。そこで、和製ダイジョーブ博士ことケ○ン山崎氏により肉体改造手術を行うことを決意する。肉体改造は成功しかつての勢いを取り戻すかに見えた。しかし待っていたのは氏による非情な宣告だった「医学ノ発展ニハ犠牲ガツキモノデース」このことにより一見強靭そうに見えるもガラスの肉体となってしまった。このことが原因か毎年のように来る24時間テレビ100キロマラソンのオファーを太ももの故障という理由で毎年断っている。このころから子分を集め本業である893稼業に力を入れだす。
- おまけだがこの手術失敗以後飛躍的に肉体改造の技術は進歩し、なかやまきんに君、レイザーラモンHG、小島よしおといった強靭な肉体を持つ筋肉芸人が現れるようになったのは実は清原のおかげなのだ。
- 突如復活
- そんな不運に見舞われた清原だが、転機が訪れる。ローズという外国人とコンビを組むことになったのだ。キヨマー時代のトラウマが原因でイマイチはじけたノリが発揮できない清原であったが浪速仕込フレンドリーギャングローズに対しては違った。偶然出来たフレーズ「俺はチュッパチャップスや」「タフィもあきれとったわ」「ポコ○○ついとんのか」といったギャグが大うけ。長らく、年末のオールザッツMANZAIにおいて大取のリットン調査団の前をケンドー・コバヤシ、野生爆弾、土肥ポン太らと競うという状況から一転、久々に全国区の舞台に立てるようになったのだ。危機を救ったのはキヨマー時代のトラウマの残る外人だとは皮肉なことである。
[編集] 主な子分
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