浦上村宗

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浦上 村宗(うらがみ むらむね)は、戦国時代初期を生きた変態の戦国武将。社長、上司など、立場が上の人間を緊縛して監禁・拷問するのが大好きという変態。

概要[編集]

浦上家は一族の浦上則宗が名将であり、嘉吉の乱で没落していた主君赤松家の再興に尽力したため高い地位を確保、赤松家当主を社長とするなら浦上家当主は秘書兼専務のような立場となっていた。

村宗は赤松義村に側近として仕え活躍したが、変態であった村宗は、当時の下剋上という、部下が上司を一転攻勢してケツの穴を掘り、挙句鉄砲で射殺するような風潮に悪い意味で影響を受けまくり、主君の赤松義村を監禁してしまう。

別に村宗は義村に成り代わって支配者の地位を望んだわけではない。ただ、どうしようもなく変態で、一転攻勢して上司を監禁・暴行してケツの穴を掘りたかった、それだけだったのだ。しかし、監禁したからには当主の座は空白となり、村宗が責任を負って赤松家の舵取りをしなければならなかったので、人々は村宗を裏切り者、野心家、下剋上の象徴と恐れ詰った。だが村宗は主を監禁してケツを掘れればよかったので世評なんか気にしなかった。

村宗は監禁した義村に拷問を日々加えた。義村を憎んでいたわけでも脅していたわけでもない。ただ、サディストで変態だったので拷問するのが好きだったのだ。拷問こそが目的だったのだ。

ところが、少しやり過ぎてしまい、酒によって酩酊した勢いで義村のケツの穴に刀をブッ刺してしまい殺してしまった。「やべぇよやべぇよ……」と狼狽する村宗だが覆水盆に返らず、やむを得ず、幼い村宗の忘れ形見である赤松政村を当主に据えたが、拷問願望が我慢できなくなり、この幼い政村をも監禁して拷問するようになった。

親父を殺され、挙句自らも幽閉されて拷問された政村は当然村宗を怨んでいた。しかし、村宗はそうは思わなかった。政村が自分を憎んでいるなど夢にも思っていない。なぜなら彼は変態であり、常人から価値観が著しく乖離しているからである。

やがて、細川高国が彼を頼ってきた際、承諾して政村と共に出陣するが、内心村宗を憎んでいた政村は村宗、高国の敵である細川晴元三好元長らと誼を通じて内応する。そして合戦が始まり佳境となったところで突如裏切り村宗や高国を背後から槍で突きまくった。高国は逃亡したが村宗は逃げきれずケツの穴を槍で滅多突きにされて死亡した。

一転攻勢して主を監禁・拷問・殺害した村宗だが、最期は自分自身が一転攻勢されてどこかのヤクザのように殺された。合掌。

人物[編集]

バイセクシャルであり、一応妻との間に浦上政宗浦上宗景と二人の息子を設けているが、どっちかというと男好きだったそうで、その性的欲求の殆どは監禁した元上司の赤松義村・政村親子へと向けられた。

政村にとっては村宗は憎悪と同時に恐怖の対象でもあったそうで、一刻も早く村宗のことを忘れたい政村は足利義晴から一文字名前を拝借し、村宗の「村」の字が入っている自分の旧名を捨てて赤松晴政と改名した。

村宗は決して愚か者ではない。武勇と見識と判断力を備えた優れた武将であったが、自分の変態性癖の為に周囲が見えなくなる、暴走する傾向があった。そして、その変態性癖がゆえに、命を縮める結果となった。

なお息子の一人である浦上宗景は宇喜多直家に下剋上されて没落するが、直家は村宗の顛末から「変態性癖の為に視野が狭くなる人間はそこを突けば脆い」「ホモは一転攻勢に弱い」ということを学び、小姓をスパイとして送り込んでガチホモの税所元常を暗殺することに成功している。愚者は経験に学び賢者は歴史に学ぶ。直家は村宗の末路という歴史から「一転攻勢」を学習し、税所元常はケツを掘っていたはずの小姓に一転攻勢されて殺されるという経験を以てして、生涯の終焉に「一転攻勢」を学習した。