浜松市

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浜松市(はままつし)は、静岡県の最果てにかつて位置していた市である。現在はブラジルの領土である。

概要[編集]

面積が非常に広い割には山が意外にも多く占める所である。今川武田組の都市では最も大きい都市で、あの徳川家康が少年期、壮年期、老齢期と人生のほとんどを過ごした大県都静岡市よりも面積と人口でわずかに上回るが、これは県の静止を無視して強引に27市町村合併という大暴挙に出た結果であり、現在最高裁でその有効性を係争中である。

なお、2007年4月1日に政令指定都市になったが、全国紙では全く報じられなかった(本当だよw)ため、浜松市民以外は誰も知らない。

駅前市街地の荒廃ぶりは全国的に有名で、多くのデパートなど商業施設が撤退している。

浜名湖[編集]

ここの西には浜名湖があり、競艇場があったり、うなぎの養殖場があったり、挙句の果てにはバイクピアノのなどもあったりとバラエティと悪臭豊かな湖であるが、実際に悪臭豊かな湖は市の中央に位置する穴場的佐鳴湖であるが地元民以外ピンと来ないだろう。そんな浜名湖も名古屋寄り、じゃねえよ、名古屋は琵琶湖若狭湾や伊勢志摩の方が圧倒的に近いんだよ。

「静岡よ、悔しかったら富士山まで領土を広げたら?」って挑発をするほど、今川武田組では一番になりたがる所である。また超高層ビル(あだ名はティムポビル)を有するのも浜松である。

キャッチコピーは、「 や・ら・な・い・か スピリッツ!創造都市・浜松から。」

そんな浜松も悔しい思いをしているのが東京浜松町である。浜松から移り住んだ人々が東京に住みこの地を浜松町と名乗り、ここは東京の浜松じゃ、静岡の浜松とは格式が違うのじゃ、ボゲ!とひどく罵り今では絶縁状態になっている。浜松市民はネット検索で浜松と入力すると浜松町関連の項目を排除できず忸怩たる思いを募らせている。

これに対抗し浜松はバイクや楽器を生産し、さらには軽自動車や国産うなぎを養殖ないし生産して東京の浜松町に対抗しており、東京の浜松町にはこれが作れるのかゴラァ!!と激しく抵抗している。近い将来、プラモデルとして発売しているガンダムを実物を使用と企み、もし実現すれば真っ先に浜松町をつぶそうと多くの住民は考えている。もちろんスズ菌のバックアップが無ければ実現は出来ないだろうし、スズ菌はこれにかたくなに拒否している。理由は重たすぎて運べないからという単純な理由だそうである。 ちなみにこの場所独自の気候として琴弾く風が1900年から吹いている。

尚、2007年4月の市長選の結果に伴い、当市はスズ菌の連結子会社になることが確定した。

他地域との対立[編集]

先ず筆頭に上がるのは、静岡市との対立、及び浜松市が静岡県内の市であるため、ここは浜松であっても県外の人からは静岡というイメージを拭えないという問題である。

そもそもこの地域は浜松県浜松市であり、徳川家康を始めとする偉人が小豆餅を食い逃げする事によって発展していった。尚、その時に発したセリフが「そこの人どいてー!!」であった事は言うまでもない。こうして浜松は静岡とは違う独自の文化が栄え、産業、方言、人間性、そして自慰行為の時の手の動かし方さえも静岡とはまた違った発展を遂げた。そんな独立して成長していった浜松県だが悲劇が襲い掛かる。戦時中の浜松大空襲である。浜松の工業があまりにも素晴らしすぎたために米軍から狙われてしまったのだ。米軍は浜松市街地に大量の米をばら撒き、ゴキブリを大量発生させるバイオ戦術によって浜松を一気に苦しめた。これにより浜松県は県としての機能を失ってしまう。浜松県は渋々静岡県へ編入される事になったのだ。

然し、編入された今でも浜松独自の文化は生きており、浜松が静岡に対する対抗意識は失ってはいない。市町村合併により面積を静岡市以上に広げたり、海外から外国人を大量輸入して人口を静岡市以上に増やしたり、浜松駅を静岡駅の構造をパクる形でリニューアルしたり、バブル期の負の遺産として浜松駅前にランドマークとなる超高層ビルアクトタワーを建築したりするなどである。そんな如何にもバブル期のお役所仕事で作られたアクトは開店当初から数十年経過するが中の店舗スペースが賑わったためしがなく、賑わったのは当時ナンパスポットとして周囲に車の列が深夜まで及んで他県民を一時的にびっくりさせたくらいである。現在でも浜松市は県への格上げを国に1日3回は要請しているが、「繁華街がショボい。そんなことより松菱跡地どうするの?」との一言で断られ続けられている。浜松市はなんとしても静岡県内というイメージを拭い、そして静岡よりも優れた地域であると思わせたいという思想が非常に強いのである。

また、東京都の浜松町とも対立を繰り広げている。もともとは浜松の入植地だったくせに、「浜松」という単語を発すると全国的には殆どの人が浜松市よりも浜松町を連想してしまうという懸念から対立しているのである。実際に県外にて浜松駅行の切符を購入しようとした時、駅員が浜松町駅行の切符を作ってしまうというトラブルが多発していたり、浜松市で待ち合わせをするつもりが自分以外の皆が浜松町に向かってしまうというトラブルが多発していたりと、浜松市より浜松町の方がネームバリューの大きい事は火を見るより明らかである。静岡のイメージを拭い浜松の名を全国に馳せようとしている浜松にとって、浜松町は非常に邪魔な存在であるのだ。一方で、浜松町の方は浜松市のことを忘れつつあり、「え?浜松市って愛知県じゃなかったっけ?」って言うが、それは浜松市の盟友で、愛知県で冷遇されている豊橋市に失礼である。浜松も豊橋も浜松県の都市である。現に豊橋市民が浜松市志戸呂のイオンに浜松詣でに向かう姿を多く確認できる。

また、餃子おいても宇都宮市との対立は続いている。市は原発事故の風評被害を巧みに利用して、シェア1位を奪取した。

行政区[編集]

この市は7つの行政区に分かれている。一部の市役所職員は「7区に分けたのは 7色=虹色 を連想させる数であり、各区の色とりどりの文化と共に浜松市が発展していく。という願いを込めた。」と言い張っているが単なる偶然である。

いずれの区内においてもレジ袋をゴミ袋として使うと、市長から「はぶせの刑」に処されるので余所者は注意が必要である。

中区[編集]

浜松市の中心となる行政区。都市としての機能が集まっている地域である。だが近年は繁華街の衰退が著しく、市長が市民に内緒でイオン株式会社創業者の岡田卓也氏から経営のノウハウを涙目ながら教わっている程である。その教えの通り、製品はなるべく中国で生産する。製造元を隠蔽する。毎月11日にレシートを黄色くする。などの経営策を試みたが、もはや浜松市の代名詞とも取れるこの慢性的な繁華街の衰退はやはり食い止める事は出来なかったようだ。

近年遠鉄百貨店が新館をオープンさせた。最早色々と手遅れな気もするのだが。市長も諦めが悪いものである。

区割りにおいては江西地区が南区に編入される所を中区にしてほしいと市にせがんで中区となったように、 本来とても都心区の一部とは言い難い多くの郊外区が相次いで中区に半ば強引にくっつけられ、中区だけ他区に比べて人口が非常に突出する要因となっている。

高台地区は浜松市中心部というよりも浜松市中心部のベットタウン的な意味合いの強い地域であるが、ここも中区に分類される。これはこの地域で近年になって急激に増えたブラジル人の圧力が強かったとされる。市役所職員にはポルトガル語を話せる人が居なかったので、話し合いも無く市はブラジル人の要求を受け入れ、高台地区は中区となった。

東区[編集]

浜松市の東側に位置する区。天竜川駅とさぎの宮駅が交通の中心となると市は気合を入れてアピールしているが、両駅は他社路線の為直接は接続されておらず、又天竜川駅は新幹線主義のJR倒壊の保有する駅なので地元の人へのサービスは薄い。 元々旧浜松市の郊外地区のみで構成されている為、公的施設も他の区に比べて非常に少なく、これらの需要の多くは他区に依存するところも大きい。 ちなみに天竜川駅ではSuicaICOCA、toicaが使える。※PASMOは現在未対応

かの有名な金原明善や高柳健次郎は、この区の出身者である。おまえらざまぁwwwwwwww 浜松アリーナが有名。アクトシティ(笑)を差し置き浜崎あゆみなどがライブに来る。 アリーナライブですからね、悔しいですね、赤字塔(笑)

最近イオンとラウンドワンができたが、正直上京した地元民は俺の居ない間に…と枕を涙で濡らしている。 久し振りに帰ったらなんかいろいろできちゃってるしさ。なんだよ。なんなんだよ。 市長のハゲ!!!!悪魔!!!!!!!

2階建てのイオン浜松市野は、3階建てのイオン浜松志都呂と比べてしょぼく見えるが、実は総合的な敷地面積は市野の方がでかい。よかったね

眠らない街常光町はホテル街としてひっそりと西よりに存在している。素人にはおすすめできない。

ワースト5に入るDQN中学をおもに生産している区。市内の犯罪の7割が東区に集中する。 福祉施設や精神カウンセリング、フリースクール等を転々としてきた筆者であるが、そういうところに相談に来る家庭の殆どがこの東区の家庭であった(実話)。 糞田舎の癖に見栄を張って無茶な都市化をした為による、住民の心の病の問題を最も多く抱えている区と言えよう。どうなる浜松。

東区と中区の境にはあの創価学会平和会館があったりと、話題には事欠かない。

名産品は覗きカメラである。

西区[編集]

浜名湖があったり浜名湖パルパルがあったりイオン浜松志都呂ショッピングセンターがあったりする区。浜名湖ではうなぎの養殖が盛んで、この浜名湖産のうなぎは他のうなぎと比べ、大人のおもちゃとしての使用が最も適しているとの研究結果が浜松ホトニクスの研究員によって明らかになり、それが話題を呼んだ結果爆発的に売れている。イオン浜松志都呂ショッピングセンターはイオンモールとジャスコで立地している地面の高さが違っている為迷いやすかったり、バスが時間帯によって違うバス停に停車したりと何かと問題が多い。因みに同区内では市内初のメイド喫茶がひっそりと経営していたが、ひっそりと潰れてしまった。そりゃそうだ。

20世紀ごろ、サザンやB'zがコンサートを行ったといわれる渚園遺跡がある。発掘された物─拾得物─は隣接する博物館で水槽に入れられて展示されていて、貝の形をした財布、魚の形をした携帯電話、等が当時の文化を物語っている。

南区[編集]

非常に風紋の美しい中田島砂丘がある区。だがその反面、砂丘からの砂嵐がもの凄い。区内は一年中非常に厚い砂嵐で覆われている。浜松まつりの時は合戦で糸の切れてしまった言わば負け組に属するも飛んでくるためさらに危険である。その上日本の大動脈である国道1号線も通っているため、大量に通過する大型トラックのタイヤから発生する粉塵ももの凄い。非常に住み辛い行政区である。 そのため人口の60%がブラジル人である。ここも東区同様に旧浜松市の郊外地区のみで構成されているが、東区に比べて商業面が非常に貧弱であり、都心から数キロ離れているだけの区としては人口は10万ほどいても分散の限りを尽くしており、 あまりにその内容は貧弱である。東区以上に中区への依存度が強い地区とも言える。 区役所は遠州灘が間近に望める江之島町にあり、区民の7割以上は区役所までの直通公共交通が存在しない。 地震が起きた場合の被害は想像を絶することになることは言うまでも無く、また天竜川が決壊した場合も 区内全域が浸水する可能性が高いというハザードマップが公開されている。このまま地球温暖化がすすめば、2050年にすべての区域が浸水するという警告が出されている。

北区[編集]

みかんがやたらめったらに栽培されている区。この区に住む人の自宅のトイレはみんなみかんの形をしている。なお、「三ヶ日」という旧地名にブランドイメージが強いため旧三ヶ日町民はこれを区名にするよう浜松市に所願したが、市長が大のみかん嫌いだったため受け入れられなかった。そのため合併前から同じく地名にブランドイメージの強かった旧浜北市(現浜北区)に対して非常に強い嫉妬心を抱いている。 旧引佐町、旧細江町は既に空気である。

一万年と二千年前から三ヶ日人が支配している地域であり、三ヶ日人の超古代要塞都市である「タダキ」からは人造人間3体と、ハープーンミサイルやトマホークなど狩の道具が多数見つかっている。(なお米軍は、戦後占領中に三ヶ日町役場に極秘に建造されていた地下室からこれらの狩の道具を発見し、現在もそのままの形で使用している。) 三ヶ日人は蛮族浜北人からの攻撃をしつこく受けてきたが、フレイヤで浜北人を一掃したとの記述が、古代三ヶ日語で書かれた歴史書『超最強三ヶ日人伝説!私達に逆らったらオシオキしちゃうぞ(はぁと』に記されている。 この地域は浜松の中心部からかなり離れているので、ヒマラヤより高くそびえる山々を越えた先にある豊橋市との交流の方が盛んであったりする。

浜北区[編集]

浜北人の住まう区。浜北人とは正式名称を浜北原人といい、原人のまま特に進化する事もなく今の世に生きている。古代ではその凶暴な性格が原因で三ヶ日人に危うく返り討ちにされ、絶滅されそうになったが、結局しぶとく生き残っている。この浜北人は竪穴式住居に住み、平日は狩りや植物採集をして暮らし、休日は万葉の森公園で万葉集を詠んでいる。この生活文化は現代に至るまで引き継がれている。万葉集が日本最古の歌集と言われる事から逆算すると、浜北人は相当昔からこの地に住んでいたと考えられる。ただ近年では10代~20代の若者(いわゆるゆとり世代)を中心にこの文化に捉われない生活をする人が出てきた(さすが三ヶ日人に蛮族扱いされただけのことはある)。しかしこの文化から脱出したところで彼らの少ない脳みそでは上下スウェットで街を歩く事ぐらいしか新たな文化を開拓する事は出来なかった。その非常に田舎っぽいルックスは他区の人からのバッシングに遭っている。

その、浜北人が住まう竪穴住居を取り壊してできたのが「サンストリート浜北」。天然温泉には浜北原人が浸かりにくるし、映画館に来る客の多くが無料駐車場目当てに来る上下スエットの男女。西友は建設費節約のため天井板がなく、屋根裏の配管がむきだし。専門店街はイオン志都呂に比べれば規模が小さく、開業から3回、全店舗の全商品が買い占められている。その割に、交通渋滞はひどく、152号バイパスはサンストリートを先頭に、浜松駅前のザザシティまで10km渋滞したことも。映画を見に行く客が「ここからサンストリートまで渋滞しているのなら・・」と渋滞を抜け出してザザのTOHOシネマにそのまま入ったという伝説もある。

サンストリートを切欠に、国道152号線沿いのこの地域も区画整備が進んでいる。新興住宅地も多く「きらりタウン浜北」なんてのもある。しかしその住宅地の殆どは古来からの浜北原人農家の風下にあり、農場の堆肥による異臭が遠州のからっ風に乗って一気に住宅地に流れ込んでくるという始末。この杜撰な体制に、この地に移住した元県外民からの苦情が絶えない。しかし浜北原人にとってはこの異臭騒動自体が想定外であり、「浜北じゃぁこの臭いが日常茶飯事だに?郷に入っては郷に従えって言うら~?」と区長が一蹴したという話もある。

天竜区[編集]

浜北区よりもさらに奥地へ進んだ自然豊かな地域。区の99.9999999∞%が森林と天竜川で出来ている。 人は殆ど住んでいないがまれに浜北人よりもさらに未開の民族や類人猿のような個体が見られることもある秘境。 知能をほとんど持ち合わせていないため人畜無害なことが多いが、あの地域やあの民族のような妙な連帯感を持つ場合もありコミュニケーションを図る場合は注意が必要。 若い個体が市内に紛れ込み「私浜松県民よ」といった顔をして人を化かそうとするが見た目にすぐわかるので気をつけていれば問題ない。「人間になりたいんだね、ふふふ。」と人に化けた狐を見守るように生温かい目で見てあげましょう。 その自然の豊かさを利用して「天竜舟下り」なる観光事業が行われていたが、観光者が神隠しに遭うという惨事が発生してしまい事業終了。秋葉神社の神様や天狗の仕業ではないかと地元では噂されている。

交通[編集]

遠州鉄道[編集]

浜松市を代表する私鉄。というより浜松の私鉄ってこれしか無い訳だが。通称遠鉄。元々この鉄道は北遠地域で採れた材木や兎・猿・猪などの食料を浜松市街地へと運輸する為、さらに北遠地域で生活している住民達の生活排水や糞尿、使用済みコンドーム等を処理場へと運輸するために使われていた鉄道であった。浜北というブランドイメージを押し付ける割に浜松市街地に出ないと何も出来ない、旧浜北市民(現浜北区民)のしつこすぎる要望によってこの鉄道は旅客営業化を果たした(遠州貴布禰駅が浜北駅に改称されたのもこれが原因)。浜松市街地とそのベッドタウンを結ぶ通勤・通学路線である。

車両は遠鉄30形、遠鉄1000形、遠鉄2000形の3種類の車両が現役で運行している。2000形は、少し前に最新編成である2006編成の営業運転を開始したばかりである。今では新車といえば銀ピカの車両が多いが、遠鉄は今でも真っ赤な鋼鉄の車両を特注で作ってもらっている。そのため「これ本当に新車なの?」と思うかもしれないが、安心してください。一応最新編成の車内には液晶パネルがついている。新車ですよ。また2003編成以前の車両と2004編成以降の車両とは磁励音が若干異なる。さらに、スタンションポールでオナニーもできる。遠鉄30形は今となっては珍しい吊り掛け制御車両(電制つき)だったり、遠鉄2000形は中小私鉄では珍しいVVVFインバータ(IGBT)制御を採用した最新式車両だったりと、中々鉄ヲタ心をくすぐるラインナップと為っている。が、意外にもこの路線においてホームの端で三脚付きカメラと共に電車を待ち受けるような鉄ヲタを見掛ける事は少ない。これはこの路線の東西で運行している、パノラマカーや真っ赤な電車を売り文句にする名古屋鉄道や、蒸気機関車やアプト式列車を売り文句にする大井川鐵道の方が遥かに魅力的で、完全に鉄ヲタを奪われてしまっているからである。まあその方が本来の目的である通勤・通学客の運輸の邪魔にならないかもね。車両の色はシャープなイメージにデザインされた赤と白のツートンカラーで、これは踏み切りによるグモを防ぐ為と言われているが実際に今の遠鉄でグモは殆ど起きていない。田舎だからね。でも此間起きた。

電車は浜松県西部の豊川で生まれると、ペンキも乾かない内に遠鉄に運ばれ、他の路線の味を知ることなく新浜松と西鹿島のあいだをピストン運転するだけの一生を終える。処女で嫁入りして旦那しか知らずに年取って寿命を全うする、堅物の女性のようなものだ。

駅は新浜松駅から西鹿島駅までの18駅が並ぶ。駅間は非常に短い。新浜松-第一通り間なんて大きな道1本越えるだけだ。とはいえ主要駅だけ停車する速達電車を作ったところ「浜北ばっかり贔屓にして不公平だら?そういうのはいかんに!」という過疎地域からの苦情があり、各駅停車の方が人気があるというおかしな状況になってしまっている。まあ浜松なんてどこも過疎地域だからね。最近は無人駅も含めバリアフリー化が計られ、乗車案内や列車到着案内などもかなり手の込んだものと為っている。そりゃぁあんだけ客から運賃分捕ってるんだもん。それくらいやってもらわないと。

乗車券は磁気券タイプでは無い。裏が真っ白な普通の紙の半軟券だ。その為改札は自動改札では無く、駅員による切符の回収(無人駅の場合は車掌が行う)が行われている。起点駅の新浜松駅までこの有様だ。政令指定都市なのに。それでも豊橋鉄道の切符と比べしっかりした作りで表面に遠鉄のロゴが散りばめられているのがせめてもの救いか。そんな事よりもこの鉄道で凄い事はICカードタイプの乗車券、「ナイスパス」を導入している事だ。ICカード乗車券の導入は県内でも初めての事で、あのJR倒壊よりも早くICカード乗車券を導入した。しかも全国初の電車バス共通カードである。今更自動改札導入するよりもICカード乗車券の読み取り機だけを置いたほうがコスト安いからね。考えたものだ。然しあまりにもICカード乗車券の導入が早すぎたのか、他鉄道との相互利用は不可能であったり、チャージ金額を電子マネーとして利用する事は不可能であったりと様々な問題が出てきた。後に導入を開始した静岡鉄道の「LuLuCa」ですらクレジット機能やグループ各社のポイント貯蓄機能を備え、相互利用の問題も「PiTaPa」の並行導入で解決させたというのに。この結果、ナイスパスを東京駅でタッチして恥をかく遠州人や、逆に首都圏からやってきた人が「なんでSuica使えないの!?タッチするとこあるのに!?」と怒り出すケースが後を絶たなくなってしまった。そこで遠鉄はせめてもの救済措置としてエコポイントを遠鉄グループ全てで使えるえんてつカードポイントに移行したり、首都圏で流行りのオートチャージを開始したり、えんてつカードを見せることによって浜松市街地の一部店舗の一部商品が割引になるサービスを定期的に開催したり、と。因みに相互利用は諦めたものの、電子マネーの導入は検討中だとか。でも電子マネー機能導入は浜松市街地の寂れをどうにかしてからの話だら?なお、浜松県・静岡県の路線にやる気の無いJR倒壊も、流石にこれ以上地域格差を広げることによる住民の暴動に恐れを成したのか、愛知地域では既にサービスを開始しているICカード乗車券、「TOICA」を浜松静岡地域に導入した。この頃は、ナイスパス及び遠鉄はどう動くのか、遠鉄利用者は期待と不安の中遠鉄を見守っていた。いや、結局何も動か無かったけど。

運行形態は1時間5本ダイヤによる運行と為っている。地方路線としては結構多い分類となるが(勿論、政令指定都市としてはかなり少ない分類となるのは言うまでもない)、この路線、実は全区間単線なのだ。12分間隔で駅へと迫り来る列車達を全区間単線の線路上で捌いているのだ。恐ろしい。この恐ろしいダイヤを可能にしたのがこれまた地方路線では珍しいATSの早期導入である。普通に走る分にはこんなもの絶対に必要無いだろうに(平均60km/h運行だからね)、こんな高価なものを態々全区間に導入したのはこんな無茶なダイヤを組むためだけだと言っても過言では無い。まあ確かに利用者からあれだけ高い運賃分捕ってるんだからこれぐらいのサービスはしてもらわないとね。もっとサービスしてよ。

編成は基本的に2両編成、ラッシュ時のみ4両編成である。常識的に考えてもっと多い編成で動かすべきなのだがそんな事をしたら車庫が破裂する。今だって新浜松駅の2番線に電車を1編成留置してギリギリの状況で運行しているぐらいだ。尚、新浜松駅を除き、各駅のホームには2両編成分の屋根しか付いていない。これが問題と成るのが雨の日だ。それを知らずうっかり適当な車両に乗車してしまうと下車駅で酸性雨のシャワーを食らうことになる。将来ハゲるよ。この為乗車する時から下車駅の屋根の位置を把握して、それに見合った車両に乗車する必要がある。一度間違った車両に乗ってしまったら最後、遠鉄の車両は首都圏の車両と同じ非貫通車両なのである。取り敢えず首都圏を真似れば良い、という訳でも無いのに。

最近、遠鉄では日中の時間帯に旧型車の2連を走らせている。これは、旧型車の走行距離を稼いで、全検直前にとっとと廃車にするための策略に違いない。 昼間の空いている時間帯、つりかけ駆動車にのんびり揺られるのも今の内かも。鉄ヲタには要注意な情報である。

かつては奥山線という買収した外様系の別路線を所有していたが、オール電化したり車両を更新したり線形を見直したり金をかけまくったにもかかわらず利用者は全く伸びず、 それどころかもう1つの路線であった二俣電車線(現遠州鉄道鉄道線)では発生の記録がない架線泥棒が後を絶たず、 また某進学校前ではレールに銀紙を張って踏切の動きを混乱させるイタズラが多発したという歴史も遠鉄社史にしっかり記録されている。 いかに沿線の民度が低かったかを表しているかがわかるだろう。今も充分低いけどね。 しかし本当に奥山線という、遠鉄と合併して10年後には廃止が検討され、20年後には完全になくなっていた笑い話のような路線があったのだ。 年間利用者数が約200万人前後だった。当時及び現在の遠鉄が約950万、現在の天浜線が200万弱と、 そりゃ天浜線レベルしかいなかったのでは廃止になって当然というわけだ。 なおこの出来事は今や遠鉄で語ることはタブーとされている。それだけ遠鉄史に燦然と輝く超絶大失敗事業であったのだ。 沿線跡地は一部のトンネルを除いて全て駆逐され、ほとんどは生活道路や住宅になってその遺構はほとんど見られない状態である。 こんな状態にも関わらず、奥山線の復活を叫ぶ人間が意外と沢山いるから何ともおめでたい。 鉄道を廃止に追い込んだ地区にまた鉄道など造っても無駄なのだ。クルマ社会だからこそその後伸びた地区とも言える。

駅一覧[編集]

駅名 ふりがな 補足説明
01 新浜松 しんはままつ 浜松駅との乗り換えが面倒。雨が降るともっと面倒。でも静鉄よりはマシか。
02 第一通り だいいちどおり 利用者の所願によって出来た駅。しかしこの駅ができたせいで余計な時間がかかるハメに。
03 遠州病院 えんしゅうびょういん 病院が移転しただけの事なのに駅名変更をさらりとやってのけた。流石は私鉄である。病院が新しくなったので、対抗して駅のリニューアル工事を行っている。
04 八幡 はちまん 遠江八幡の最寄駅。罰当たりにも参道を塞ぐ形で高層マンションが建っている。さすがは浜松。あの大企業ヤマハが駅のすぐそばにあるのに、無人駅化された。
05 助信 すけのぶ 利用者はそこそこいるのだが、日赤病院が浜北に移転したためかなり減る見込み。よく見れば駅周辺にはろくに店もなく不便。高架化により駅のホームまで行くのも不便になった。
06 遠州曳馬 えんしゅうひくま 利用者が多い割りに無人駅、が取り得だったが浜松情報専門学校が移転した翌年になんと300人以上も激減し並以下に落ちた。これじゃ高架化後も無人で充分だ。でも高架化で有人駅に。

一時期遠鉄は10分ヘッドダイヤであったが、実はこの駅だけ本数の半分が通過という憂き目に遭っていたなんちゃって10分ダイヤだったのだ。

07 遠州上島 えんしゅうかみじま 休日はイオン浜松市野に向かうおばちゃんで賑わう。最近高架駅になった。
08 自動車学校前 じどうしゃがっこうまえ そりゃ運転出来ないんだから電車で来るしかないわな。考えたものだ。実は東名高速の浜松北バス停に近いが乗り換える人はあまりいない。
09 さぎの宮 さぎのみや 遠鉄はバス停も含め難しい漢字はひらがなに置き換えている。ゆとりにも優しいのだ。ホームに行くには地下道を必ず通らないといけない。そのため大雨の日は地下道で潜水大会が行われる。
10 積志 せきし 列車交換駅。この駅だけ上り列車と下り列車が到着するホームが逆なので注意。

バリアフリーを図って駅入口にスロープを設置したものの、狭い敷地に無茶をしてねじ込み設置した為に、障害者の障害を取り除く事は出来ず寧ろ健常者の障害を増やすだけの結果に。

11 遠州西ヶ崎 えんしゅうにしがさき 貨物を牽引するおじいちゃん機関車が留置されている。夜中に運行するらしい。本当かなぁ。役目を終えた車両の葬儀場でもある。

無人駅ながら遠州鉄道鉄道営業課が併設しているので、そこで有人駅並のサービスを受けられる。一般人には分からん話だろうがこの駅は遠鉄としては重要なポイントで乗務員が交代するのもこの駅なのだよ。車掌の声が変わるので要チェックである。

12 遠州小松 えんしゅうこまつ 西部免許センター最寄り駅。元々県の養豚試験場があった場所にできた。自動券売機で「こまつ」と表記しているのはゆとりでも読めるように配慮した為である。2004年6月12日、この駅北方の遠州小松3号踏切で、新浜松駅発西鹿島駅行きの電車に女子高生(16)が飛び込み、グモった。[1]
13 浜北 はまきた 浜松の副都心として今後激しい整備が行われる予定。これに対して嫉妬する旧市民が存在する。副都心なんて所詮言ったもの勝ちなのだ。
14 美薗中央公園 みそのちゅうおうこうえん 土日になると駐車場がパンパンになり大賑わいだが、電車を利用してやってくる人間はさほどいない公園がある。

ちなみに、昔は北浜中学校前という名前だったらしい。知ったこっちゃねーや

15 遠州小林 えんしゅうこばやし 2008年10月に駅のバリアフリー化完了 何をとち狂ったのか、通路の真ん中にICカード受信機を設置 朝のラッシュ時、降車客の渋滞が以前より悪化 なにがナイスパスだ 

国道152号線バイパス建設の為、この駅と芝本駅の間でちぃーっとばかだけ高架になる。普通は後からやってきた道路を高架にするべきなのに。この様子はかつての奥山線の金指駅高架を連想させる。遠鉄は奥山線時代の頃から、こういうとこだけは無駄に謙虚である。

16 遠州芝本 えんしゅうしばもと この駅の改築により画一的なダイヤを可能とした。というかそれくらいしか特徴が無い。

遠州鉄道では自動放送と一緒に駅周辺の企業の宣伝が入るのだが、この駅だけ一切の宣伝が無い事からもその特徴の無さが窺える。他の鉄道なら列車交換信号場とするところを、敢えて駅に格上げしてやったようなもんだ。 「芝本」の地名は既に通常住所表記では存在しない。

17 遠州岩水寺 えんしゅうがんすいじ 岩水寺まではかなりの距離がある。というか天浜線の岩水寺駅だって岩水寺から十分遠いのに、この駅はそれ以上に遠い。

にも関わらずこんな駅名になった理由は、地名が隣の芝本と同じ於呂なので於呂を名乗ることができない。という理由に他ならない。 駅名だけ見ると天浜線との乗り換えが出来そうだが、乗り換え所要時間は無駄に長く、天浜線の駅は北側しか入口が無いので遠回りになったり国道152号線の車に撥ねられそうになったり運賃が安くならなかったりとデメリットしか見えない(実際にやってみた)。素直に西鹿島で乗り換えましょう。

18 西鹿島 にしかじま 遠鉄の車庫がある。イベント時は子供達と大きい子供達で賑わう。天竜区にあるがすぐ周りを浜北区に囲まれた場所。

 ちなみに、最近まであったKioskが閉鎖された。今では跡地にテレビとゴミ箱が設置されているほか、アイスの自動販売機が置かれている。他に欲しいものがある人は近くにある杏林堂薬局をご利用ください。

尚、遠鉄社内及び利用者からの愛称として、遠州病院駅以外は「遠州」の文字は省略されて呼ばれている。浜松まつりにも見られる様に、浜松の人々は面倒くさがりでいい加減なのだ。

そもそもこの「遠州」という文字は、過去に国鉄と貨物を運行していた際、国鉄のお堅い要請で仕方なくつけたものだったりする。今となっては無用の長物で、正式な駅名で呼ぶ県外民と「遠州上島駅?何それ?どっきもいらぁ~~wwww」と正式な駅名がある事を知らない浜松県民との争いが耐えない。だがそんな君に朗報である。過去に遠鉄が高架に成った際、駅を新しくするついでに遠州八幡駅は八幡駅に、遠州助信駅は助信駅に改名している。つまり現在工事中の遠州上島駅までの高架が完成すれば、遠州上島駅や遠州曳馬駅もシンプルな駅名に改名されるのかもしれない。遠州西ヶ崎駅より北の方は、まあ、諦めろ。

浜松バス[編集]

1951年以来の久々に路線参入した浜松バスは、浜北区だけで路線運行している。

「浜北バス」と言わないのは、合併〜政令市になるわずかな隙(この間、地名からは浜北という文字が消える)をついて開業したから。遠鉄は有り余る資金を使って贅沢にも「新車のオムニバス」を導入しているが、浜松バスは高床車の中古。でも、高床式というのは、乗ってからの段差がないので、車内でマラソン大会もできるのだ。 定期路線では、開業以来の乗客の着席率100パーセントを誇るのは、浜松バスだけであろう。 もちろん、遠鉄の「ナイスパス」は使えない。今のところ現金精算のみだが、将来は「PASMO」が使えるようになったらいいのにね(「TOIKA」でも可)♪

最近では路線運航もさることながら、観光バスも運行しており、浜松市のみならず、日本全国(沖縄県を除く)で運が良ければ目撃することが出来る。

ってこのページ、ほとんど遠鉄についてだね。それほど浜松は田舎なのか。

いや、他の事も書こうかと思ったけど遠鉄を書いたら力尽きた。後は任せましたよ。

浜松・東三河不死鳥軍団[編集]

浜松市に本部を置く、バスケットボールをやって金を稼ぐ人たち。詳しいことは浜松・東三河フェニックスで説明するから、それまで待ってて。 

関連項目[編集]

この項目「浜松市」は、執筆者自身は結構気に入っていますが、どう見てもクソの山です、本当にありがとうございました。ダチョウ倶楽部に訴えられないうちにとっとととりかえることをお勧めします。 (Portal:スタブ)