浅井長政

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「美味しい…もとい、惜しいを亡くした…」
浅井長政 について、織田信長
「信長との同盟をすっぱりと切るなんぞ到底常人のなせるわざではない!!!」
浅井長政 について、足利義昭
「こいつのおかげで、自分まで名前を間違えてしまった。」
浅井長政 について、長政
「こやつはカッコつけすぎだ!中二病患者より痛いぞ!見ているこっちが恥ずかしくなる!」
浅井長政 について、伊達政宗
「長政殿と余は心を通わせ合ったマブダチ同士である!何者にもこの絆は砕けない!」
浅井長政 について、朝倉義景

浅井長政(あざい ながまさ)(1545年~1573年9月26日)は、長浜出身の琵琶湖のヒーロー。そして和菓子。敗北した大名なのに、提携相手朝倉義景とはえらい違いだ。

概要[編集]

浅井長政

戦国時代のサムライであり騎士、あるいは彼のアスキーアートがようかんであることからようかんだったかもしれない。信長の妹婿と言う羨ましいポジションであったが、そのポジションを蹴ってまで朝倉義景との友情を選んだ。

戦国時代のアイドルグループ浅井朝倉連合のボーカルもしている。伝説のヒーローようかんマンの血を引いており、かじるとようかんの味がする美青年だったらしい。美青年というのはコーエーの妄想ではないかとも言われているがカプコン作の戦国BASARAでもそれなりの容姿だったのでもしかしたら美形だったかもしれない。しかし肖像画の彼はどう見てもピザでも食ってろデブな体系である。まあこの辺は脳内補完でどうにでもなるでしょ。

信長と朝倉義景の板ばさみになってストレスが溜まる事が多く、限界までストレスが溜まるとホモ欲をむき出しにした男ヒーロー羊羹マンになって実の娘である三姉妹(似顔絵)を襲ってしまうのが悩みの種である。しかし戦国時代において悲劇のプリンス的なポジションにいたため、後世の二次創作などでは大抵白馬の王子様みたいな人物像で描かれる。義景曰く「もろ不公平じゃん!!」とのこと。敗北した大名ではトップクラスの好待遇だ。さらに3女のお江与が2011年の大河ドラマのヒロインになった事から「ヒロインの父親」として脚光を浴びてるらしい。

琵琶湖のヒーロー誕生[編集]

近江国長浜のようかんマン、浅井久政の子として生まれる。幼い頃ジャンヌ・ダルクから騎士道精神を教え込まれ立派な騎士になった。しかし美青年である彼を食べようとする美食家真のおばちゃん大きいお姉さんなどに常に狙われていた。長政が20になるかならないかの時六角家との戦いで圧勝し、その名を全国に轟かせた。

その後、上京の為に北上して来た織田信長と料亭で意気投合して尻の穴で繋がった同盟者となり、信長の妹お市の方を娶った。長政とお市は共に茶の湯を楽しむ仲睦まじい夫婦であり長政の茶柱は常にビンビンに勃っていた。しかし美形夫婦である上話題性に富んでいた為パパラッチに追い回される毎日であった。このパパラッチは長政を監視する為に信長が送り込んだと言う説もある。

しかし、生粋のようかんである長政は次第に大人になってゆくお市よりも、彼女との間に生まれた娘三人のレズビアン関係を望みだした。所詮は和菓子でできた変人である。すんでの所でお市がそそのかす長政を取り押さえたものの、その後縄で縛って大人しくさせようとすると「きつく、しばってくれ!!」と急に叫びだした。信長や義景があまりに変人すぎるため長政は常識人扱いされる事が多いが、やはり信長に目をつけられただけあって彼も並の人間ではなかった。そしてこんな夫に終生つくしたお市の方も並の人間ではない。

琵琶湖のヒーロー板挟みになる[編集]

しかし上京後信長が浅井の古くからの盟友朝倉義景を攻めると言い出した事から信長との間に軋轢が生じた。

長政はなんとか両者の間を取り持とうとしたが父久政の強い反対に会い、また当の義景はエロゲーと現実が混同していたらしく「織田信長?それなんてエロゲ?」とまったく見当違いの事を口走って長政の忠告を全く聞き入れなかった。また長政自身も父久政や本願寺顕如から「君、おいち様を捨ててホモに走ったんだろ?そんなこと信長に知られたらあいつは許さんと思うよ」と説得され、足利義昭からは「お前が信長についたらお前が真正のホモという事実を腐女子にばらす」と脅され、やむをえず義景らとともに信長包囲網の一角として信長に反旗を翻す。こういった点から判断するに、やはり少々ヘタレの気はあったかもしれない。あるいは真面目すぎたのか。

包囲網は当初は優勢であったが、姉川の戦いでは悪友朝倉義景に足を引っ張られたせいで敗北し、さらに包囲網の司令塔武田信玄が病死してしまったために代役が立てられず信長包囲網は瓦解、反信長勢力は信長に次々と各個撃破され、1573年小谷城に追い詰められた長政はつまようじを腹につき立てて自害して果てた。つまようじで切腹が出来るあたり長政は相当な怪力だったのであろう。あるいは本当にようかんだったのかもしれない。長政の死後1年は追悼期間としてようかんを筆頭とする和菓子の値段が全品半額となった。

信長が浅井長政とその父久政、朝倉義景の頭蓋骨を金色に塗って髑髏の盃にしたという逸話があるが、実際は長政の頭蓋骨をお市と半分に分けて美味しく頂いた。信長曰く「まぎれもなくようかんの味だった」とのこと。ゲップ。

長政の容貌[編集]

小説や大河ドラマ、信長の野望に代表されるゲームなどにおいて浅井長政は茶のお供によく似合うようかんではなくさわやかな美青年として描かれている。これには諸説あり、腐女子おばちゃん脳内においては「浅井長政=イケメン」以外の概念は認めないらしく、史実通りのようかんマンとして描くと彼女らが発狂してちゃぶ台返しをしてしまう恐れがあるからだ、と言う説がある一方で、浅井長政はようかん味のイケメンだったのではないかとも言われている。

後世発見された肖像画に描かれた長政は小太りのいかにも冴えない御坊ちゃまであるが、これは彼に嫉妬していた(お市の方を取られたことによる)豊臣秀吉が後に狩野永徳辺りを脅して無理矢理書かせたんじゃないかな~、と真のおばちゃん達は考えている。

人物[編集]

  • 悪友朝倉義景に強要されてよくアダルトビデオやエロゲーを買いにいっていた。運悪くその場面をお市に目撃されてしまい、お市は卒倒してしまった。
  • 義景に無理矢理秋葉原まで連れていかれた事もある。
  • 長政が女の子だったら良かったのにと思った義景に無理矢理女装させられさらにその姿を妻子に見られてしまった。
  • 朝倉義景は彼にとって足枷としかいいようのない存在だったが長政は信義を貫き最後まで彼の悪友であり続けた。こういうクソ真面目な人間が損をする、正直者が馬鹿を見る時代。それが戦国時代である…今も大して変わらないよね

どうしようもない項目に浅井長政が![編集]

 | ああ~ やっぱりお市は   / 
 |  シマリがいいYO~!! / 

   / 丁\ 
   ||ヽ|ノ| 
   |ヽ_ニ_ノ 
  _/ lニニlヽ_ノ<>V<> 
  /ミ√・∀・|> 〃´⌒`ヽ 
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 カク 

関連項目[編集]