浅井長政
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
浅井長政(あざい ながまさ)(1545年~1573年9月26日)は、長浜出身の琵琶湖のヒーロー。
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[編集] 概要
戦国時代のサムライであり騎士、あるいは彼のアスキーアートがようかんであることからようかんだったかもしれない。信長の妹婿と言う羨ましいポジションであったが、そのポジションを蹴ってまで朝倉義景との友情を選んだ。
戦国時代のアイドルグループ「浅井朝倉連合」のボーカルもしている。伝説のヒーローようかんマンの血を引いており、かじるとようかんの味がする美青年だったらしい。美青年というのはコーエーの妄想ではないかとも言われているがカプコン作の戦国BASARAでもそれなりの容姿だったのでもしかしたら美形だったかもしれない。しかし肖像画の彼はどう見てもピザでも食ってろデブな体系である。まあこの辺は脳内補完でどうにでもなるでしょ。
信長と朝倉義景の板ばさみになってストレスが溜まる事が多く限界までストレスが溜まると性欲をむき出しにしたロリコンヒーロー幼姦マンになって実の娘である三姉妹を襲ってしまうのが悩みの種である。しかし戦国時代において悲劇のプリンス的なポジションにいたため後世の二時創作などでは大抵白馬の王子様みたいな人物像で描かれる。義景曰く「もろ不公平じゃん!!」とのこと。
[編集] 琵琶湖のヒーロー誕生
近江国長浜のようかんマン、浅井久政の子として生まれる。幼い頃ジャンヌ・ダルクから騎士道精神を教え込まれ立派な騎士になった。しかし美青年である彼を食べようとする美食家、真のおばちゃん、大きいお姉さんなどに常に狙われていた。長政が20になるかならないかの時六角家との戦いで圧勝し、その名を全国に轟かせた。
その後、上京の為に北上して来た織田信長と料亭で意気投合して尻の穴で繋がった同盟者となり、信長の妹お市の方を娶った。長政とお市は共に茶の湯を楽しむ仲睦まじい夫婦であり長政の茶柱は常にビンビンに勃っていた。しかし美形夫婦である上話題性に富んでいた為パパラッチに追い回される毎日であった。このパパラッチは長政を監視する為に信長が送り込んだと言う説もある。
しかし、生粋のようかんである長政は次第に大人になってゆくお市よりも、彼女との間に生まれた娘三人との幼姦を望みだした。所詮は和菓子でできたロリコンである。すんでの所でお市が長政を取り押さえたものの、その後縄で縛って大人しくさせようとすると「きつく、しばってくれ!!」と急に叫びだした。信長や義景があまりに変人すぎるため長政は常識人扱いされる事が多いが、やはり信長に目をつけられただけあって彼も並の人間ではなかった。そしてこんな夫に終生つくしたお市の方も並の人間ではない。
[編集] 琵琶湖のヒーロー板挟みになる
しかし上京後信長が浅井の古くからの盟友朝倉義景を攻めると言い出した事から信長との間に軋轢が生じた。
長政は何とか両者の間を取り持とうとしたが父久政の強い反対に会いまた当の義景はエロゲーと現実が混同していたらしく「織田信長?それなんてエロゲ?」とまったく見当違いの事を口走って長政の忠告を全く聞き入れなかった。また長政自身父久政や本願寺顕如から「君、お市様を捨てて幼姦に走ったんだろ?そんなこと信長に知られたらあいつは許さんと思うよ」と説得され、足利義昭からは「お前が信長についたらお前がようかんという事実を腐女子にばらす」と脅され、長政はやむをえず義景らとともに信長包囲網の一角として信長に反旗を翻す。こう言う点から判断するに、やっぱちょっとヘタレの気はあったかもしれない。あるいは真面目すぎたのか。
包囲網は当初は優勢であったが、姉川の戦いでは盟友朝倉義景に足を引っ張られたせいで敗北し、さらに包囲網の司令塔武田信玄が病死してしまったため代役が立てられず信長包囲網は瓦解、反信長勢力は信長に次々と各個撃破され1573年、小谷城に追い詰められた長政はつまようじを腹につき立てて自害して果てた。つまようじで切腹が出来る辺り長政は相当な怪力だったのであろう。あるいは本当にようかんだったのかもしれない。長政の死後1年は追悼期間としてようかんを筆頭とする和菓子の値段が全品半額となった。
信長が浅井長政とその父久政、朝倉義景の頭蓋骨を金色に塗って髑髏の盃にしたという逸話があるが、実際は長政の頭蓋骨をお市と半分に分けて美味しく頂いた。信長曰く「まぎれもなくようかんの味だった」とのこと。ゲップ。
[編集] 長政の容貌
小説や大河ドラマ、信長の野望に代表されるゲームなどにおいて浅井長政は茶のお供によく似合うようかんではなくさわやかな美青年として描かれている。これには諸説あり、腐女子やおばちゃんの脳内においては「浅井長政=イケメン」以外の概念は認めないらしく、史実通りのようかんマンとして描くと彼女らが発狂してちゃぶ台返しをしてしまう恐れがあるからだ、と言う説がある一方で、浅井長政はようかん味のイケメンだったのではないかとも言われている。
後世発見された肖像画に描かれた長政は小太りのいかにも冴えない御坊ちゃまであるが、これは彼に嫉妬していた(お市の方を取られたことによる)豊臣秀吉が後に狩野永徳辺りを脅して無理矢理書かせたんじゃないかな~、と真のおばちゃん達は考えている。
[編集] 人物
- 盟友朝倉義景にお願いされてよくアダルトビデオやエロゲーを買いにいっていた。運悪くその場面をお市に目撃されてしまいその時お市は卒倒してしまった。
- 義景に無理矢理秋葉原まで連れていかれた事もある。
- 長政が女の子だったら良かったのにと思った義景に無理矢理女装させられさらにその姿を妻子に見られてしまった。
- 朝倉義景は彼にとって足枷としかいいようのない存在だったが長政は信義を貫き最後まで彼の盟友であり続けた。こういうクソ真面目な人間が損をする、正直者が馬鹿を見る時代。それが戦国時代である…今も大して変わらないよね。
[編集] どうしようもない項目に浅井長政が!
| ああ~ やっぱりお市は / | シマリがいいYO~!! / / 丁\ ||ヽ|ノ| |ヽ_ニ_ノ _/ lニニlヽ_ノ<>V<> /ミ√・∀・|> 〃´⌒`ヽ | |\ |`イ ノハソリ)カク .(( |_|_ィ⌒ノリリ*' 、 ソリ ノ と、_入`_,つ λ う カク
[編集] 関連項目
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