河津町

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河津町(かわづちょう、Kawadu-town)とは、静岡県から伊豆国の独立を主張する地方自治体(本当はだけど、人口を水増しして町に昇格した)である。

概要[編集]

黒歴史

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古くから温泉が湧き、その銘水が名酒を生み出すことで知られるこの町を領有していた、一匹の大蝦蟇(おほがはづ)が太鼓腹を出して泥酔していたところ、それを見かけた一羽のカモが「が風邪をひいてはいけない」と、自分の羽を抜いて布団を作ってやさしくかけてやった。そのお陰で、大蝦蟇は風邪もひかずに気持ちよく目覚めることができた。そして傍で赤になって震えるカモを見つけた大蝦蟇は「迎え酒の肴は焼き鳥に決まりだ!」と意気込んで恩人である鴨を叩き殺し、焼き鳥にしてペロリと平らげてしまった。その故事から、この町は「河津町」と名づけられてしまい、本当は鴨と大蝦蟇の美しい友愛精神を表した「鴨川蛙(かもがわかわず)町」としたかったのだが、結局なかったこととされてしまったのであった。

産業[編集]

上記の故事から、河津町は焼き鳥の町として知られ、一人当たりの焼き鳥消費量は156本/日という驚異的なデータが記録されている。あまりに激しい消費によって、ある時期になると焼き鳥の在庫が底を尽き、静岡県内のあらゆる食卓から焼き鳥が消えてしまうと言われている。ちなみに、カエルも焼き鳥用の食材として愛好されており、猫鍋に代わるソウルフードとして凄まじい勢いでカエルが乱獲されている。があるとか、そんなこと誰も気にしないばかりか「むしろ味のアクセント」などと豪語できるのが真の河津町民である。

また、の産地としても知られており、濃厚な硫黄の匂いがヒキガエルの皮膚から分泌される毒素が混ぜ合わさると絶妙なフレーバーを醸し出すことは一部地域を除いて知られている。銘酒『鴨葱(かもねぎ)』『仇で恩返し』などは地域ブランドとして地産地消され、伊豆県を除いてどこにも流通しないほどの大人気商品である。そして言うまでもないことであるが、名酒の産地として飲んだくれも多く、飲酒が直接・間接的な原因となっている家庭内暴力は他県の1.56倍、自殺は15.6倍となっている。

そして湧き出す温泉の泉質は「百湯の長」を自称しているだけあって、金欠病、五月病、心配症などなどさまざまな病気に効くと信じて入浴すれば、もしかしたら効くのかも知れないが、たとえ効かなくてもそれは自己責任である。ちなみに中二病ユーモア欠落症にだけは効かないため、その場合は赤いシップをおでこに貼るのが一番である。

観光[編集]

河津町には静岡県内でも有名な観光名所が数多く存在(当県比)し、訪れる人々に失笑を誘っている。

河津桜(かわづざくら、The Cherry-blossom of Frog)
毎年2月になると我慢しきれずに咲いてしまい、あっけなく散ってしまう桜。その樹齢は156年前から156歳と言われている。
河津七滝(かわづななだる、The seven Lazys of frog)
見に行くのがだるい、到着するとだるい、滝を見るのがだるい、飛沫で体が濡れるのがだるい、滝から視線をそらすのがだるい、滝に背を向けるのがだるい、帰って来るのがだるい、と言われるどうしようもない滝である。
天城トンネル(あまぎ-、The tunnel of AMAGI)
かの有名な『天城越え』の歌詞は、このトンネルの深い暗闇から生み出された。というだけのトンネルである。
河津七滝ループ橋(かわづななだる-ぶりっぢ、Mugen the loop to Heven)
いつまでも同じ所をぐるぐる回り続ける内に天国へ逝けると言われている恋人たちの聖地である。

などなど、案外悪くない観光資源に恵まれているにもかかわらず、伊豆半島のほぼ最南端という地理的条件の悪さ、そして何より「河津町」が「買わず町」に通じ、金を落とすと縁起が悪いと言う迷信から誰も買い物をしてくれないために地域経済は相変わらずふるわないままであった。

独立論[編集]

あくまで強気な桜井町長(イメージ)。

そんなのどかな田舎町の一つでしかなかった河津町であったが、2002年に桜井泰次(さくらい たいじ、1934年6月25日―)が町長選に当選するや就任演説で「大伊豆革命立国論」を展開、「かつて伊豆は一つの国家にして朕であった! それが今や静岡県の植民地に成り下がっている、これを屈辱と感じぬ者は、ただちに出て行け!」とわめき散らして日本国および静岡県に対して宣戦布告、全伊豆自治体に呼びかけて連合国家「伊豆国(Infinity Z United、団結は究極にして無限なり)」の結成を図るも当然の如く失敗に終わり、河津町のみで日本国との独立闘争を展開するも見事に無視されてしまい、そのまま現在にいたるのであった。

永遠なる勝利の日まで河津町に独立を! 屈従の生より名誉の死を!
河津町 について、2009年現在5期目の町長・桜井泰次
静岡のようなミスはしない。河津、そして伊豆を支配するのはこの僕達さ!ハハ、アハハハ!!」
河津町 について、B・H団のリーダーW・H団のリーダー

和解[編集]

そんな痛過ぎる状況を見かねた、まったく無関係の長野県白馬村が「OKOK。かまって欲しいのはわかった。また君の友達になってあげるから、無駄な村おこしパフォーマンスはやめないか?」ということで「姉妹都市宣言」を持ちかけた。実は1987年、既に提携していたのだが2002年のいわゆる「桜井の乱」のとばっちりを免れるため、その関係を解消していたのだった。かくして再び提携した白馬村の仲介によって日本国と和解した河津町は、おとなしくただの田舎町へと戻ることに成功、桜井政権も再び安寧な治世を取り戻すのであるが……それが実現するのは、桜井町長が馬肉の美味しさに気づいて馬刺し産業を興すようになった時の話である。

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来年のことを言うと鬼が笑う。
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関連項目[編集]

Wikipedia
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