永六輔の誰かとどこかで

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永六輔の誰かとどこかで』(えいろくすけのだれかとどこかで)は、TBSラジオをキーステーションに、全国JRN系列で放送中のラジオ番組である。桃屋の一社提供。全国のラジオ局で月曜から金曜日の間、11時30分頃に、15分間放送されていた。2013年9月に終了。

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番組の進行[編集]

注意
この項目は最新かつ正確な番組情報を提供するものではありません。録画・録音などの際には放送局の公式Webサイト・テレビガイド・EPGなどで最新の情報を確認してください。つまり野球・その他が延長されたり、放送時間が変わっていてもここに書かれている内容は元のままだったりします。
ここの情報を信じた結果、録画に失敗してのたうち回っても決してアンサイクロペディアやテレビ局に人骨などを送りつけないでください。約束だよ?

オープニング[編集]

4月の歌、崎南海子。庭では犬が吠えている、わんわん。大宇宙から電波が届く、ゆんゆん。窓辺、桃屋の空き瓶に、おじいちゃんのポリデント。永六輔の誰かとどこかで。この番組は味を大切にする桃屋がお送りします。

内容[編集]

遠藤泰子「4月○日月曜日、誰かとどこかで、二億五千三百七万三十五回です」
永六輔「ほげほげ、ふがふがふが」
永六輔「ふがふがふがふがふが、ほげほげほげほげほげ、ふがふが、ほげほげ」
遠藤泰子「そうですね」
永六輔「ほげほげ、ふがふがふがふが、ほげふが、ふがふがふが」
遠藤泰子「そうなんですか」
永六輔「ふがふがふが、んがんが、れろれろ、ほげほげほげ」
遠藤泰子「誰かとどこかで、ではまた明日でーす」

内容解説[編集]

頭の固い事典によるとこの番組の第一回放送は1967年1月2日で、現在のタイトルに変わったのは1969年10月6日である。その当時は一般の日本人でも聞き取れる音声で放送していた模様である。

現在では、反権力・反天皇主義者である永六輔の言論的発言力を失わせてしまおうという政府の陰謀により、永六輔が何か発声する際には自動的に妨害電波が発せられるシステムが、文部科学省主導で完成しており、永六輔が何を言っているのか一般人には聞こえないようにジャミングされている。この妨害電波は大沢悠里にジャックされ、2013年9月末に終了。

エンディング[編集]

桃屋の新製品、海苔を使っているようで実は使っていないレタスの佃煮瓶詰め、海藻を食べるのには抵抗感があるという外国人の皆様から大好評です。おにぎりの具に、お弁当にお使いになってはいかがでしょうか。誰かとどこかで、おしゃべりは永六輔、遠藤泰子でした。この番組は、何はなくとも、江戸むらさき、花らっきょうでおなじみの桃屋がお送りしました。

関連項目[編集]