チッソ
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
チッソは熊本県にある企業。不老不死の仙薬の研究でしられ、その工場のある「MINAMATA」は水銀が流れる地として知られる。現在のところ唯一のエクストリーム・謝罪殿堂プレイヤー(謝罪を生業とする人間のクズどものネ申)である。
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[編集] 水銀
[編集] 不老不死への挑戦
人類は昔から不老不死を求めていた。古代中国では水銀が不老長寿の薬になるといわれていた。これを真に受けたチッソの社長はいった。「海に水銀を流せば、魚はみんな不老不死になり、その魚を食べた人間も不老不死になるはずだ」
そして工場から水銀を流し続けた。
[編集] 歴代皇帝の教訓
そのころ、中国の徐福という人物が始皇帝に命じられ不老不死の仙薬を探していた。そして「MINAMATA」の噂を聞き、「東方の日本国九州に不老不死の霊薬がある」と具申し、始皇帝の命を受け、財宝と共に数千人を従えて秦から東方に船出した。到着した熊本県水俣市で、徐福は「チッソ」の役員となり中国には戻らなかったといわれている。水銀が不老不死の薬だと信じていたのだ。
しかし、徐福は水銀で寿命が延びるどころか水銀中毒で他界してしまった。
水銀の使用によって少なくとも6人の唐の皇帝が水銀中毒で死亡しているといわれている。辰砂は鮮やかな赤褐色を示すため、その色が血液につながるという思想があったものと思われる。不老不死を望んでいた秦の始皇帝もそれによって死期を早めたという説もある。このため、南宋の時代に水銀を直接使用して化学的に仙丹を作る方法を外丹と呼びこれをやめて、人体の気血を原料に呼吸をふいごとし丹田を炉とみなして仙丹を練る内丹術という修行法がつくられた。
中国の皇帝たちが身をもって水銀が毒だと証明しているのにそれを水俣湾に流し続けたチッソ。歴史に学ばぬ者に未来はないのである。が、ここの元社長の孫娘は皇太子妃であり、皇室典範の改正いかんによってはひ孫が天皇陛下になるかもしれないというのは、歴史の皮肉である。
[編集] エクストリーム・謝罪
日本のお家芸、エクストリーム・謝罪において、昭和電工とコンビを組んで無類の強さを発揮し、1960年代~1970年代にかけて君臨。その優勝回数は他の追随を許さなかった。その功績が認められ、1975年に永世チャンピオン獲得、2002年に殿堂入りを果たした。ながらく優勝からは遠ざかっているが、殿堂入りについて、2007年に日経ビジネスのインタビューに社長が答え、「いつまで謝れば気が済むんだ」とプレイヤーとしての健在振り(=謝罪を生業とする人間のクズどものネ申ぶり)をアピールした。

