気動車

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気動車(きどうしゃ)とは、電気を使わずにディーゼルなどの内燃機関を使用する電車の亜種。田舎に比較的多く走っている。一昔前までは電車と比べてダサくてトロいものが多かったが、最近の技術の向上により、見た目も走りっぷりも電車に引けをとらないものが出てきている。

歴史[編集]

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明治末期の日本では、ほぼ主要な鉄道網が整備され、その枝葉にあたる路線の整備も進んでいった。

初期の気動車[編集]

貨物輸送を主とした輸送密度の低い路線では、機関車トーマスにマッチ箱が一つついただけの旅客列車でこと足りるため、両者をむりやり合体させた蒸気動車が使用された。なお、ほとんどの蒸気動車の前面には観音開きの扉が付いているが、これは事故犠牲者を供養するための仏壇が内蔵されているためである。走行スピードは非常に遅く、閑古鳥や四十雀(しじゅうから)が列車の屋根に止まるほどであったといわれる。南筑軌道(1903年8月8日~1940年3月24日)では焼玉機関船(通称ポンポン船)をむりやり改造した気動車が使用され、ポンポン軌道と呼ばれていた。後年にガソリンエンジンや自動車が実用化されると、軍用トラックをバスのように改造してレールに乗せたものもあった。

語源[編集]

これらはゲテモノ車として一部のマニアには人気であったが、「気持ちの悪いどうしようもない車両(Weird No-Redeeming Vehicle)」という悪名をいただいたものが多く、やがてその蔑称は「気どう車」と略され、動力つきの客車という意味をこめ気動車と呼ばれるようになった。

現在においても、しR束日本が運行するハイブリッド気動車、「NEトレイン」のうち、一等寝台食堂車がキモイシネと呼ばれるのは、この語源に倣ったものである。

ガソリンエンジン車[編集]

ガソリンエンジン気動車は、第二次世界大戦前の地方私鉄では盛んに利用された。多くは、どこで作られたか全くわからない無名のメーカーが製作したもので、単たんという小さく愛らしい車両であった。バックが非常に苦手で、終点に到着すると駅の片隅で回されるなどの特徴もあり、擬人化エロ同人雑誌で盛んに取り挙げられた。あまりの人気ぶりに、国鉄鉄道省)もガソリンエンジン気動車を登場させた。この車両は史上初の複線ドリフト西成線安治川口駅構内で試み、160人以上もの乗客が萌え死ぬ大惨事となった。以後、国鉄路線での複線ドリフトは固く禁止されており、阪急など私鉄路線でのみ行われるようになった。

乗合自動車の呼称問題[編集]

なお、電車と違い道路上を走行するものは汽車として定義される。これはフランスでの蒸気自動車の発明とイギリスでの公共汽車運行以来、歴史的に汽車と呼ぶことと決定されており、日本の歴史捏造論者はバス・大型乗用車などと呼び、客車列車を汽車と混同して呼ぶが、これはかつての政府首脳による「バスに乗り遅れるな」など侵略戦争を肯定する発言を隠蔽することが目的であり、全ての漢字文化圏では「内燃機関を持ち併用軌道と無関係に道路上を走行する公共交通機関」を汽車と呼ぶべきである。なお、日本人中国人朝鮮人も決してバスのことを気動車とは言わない。一応、日本の鉄道事業法ではバス事業者とは区別されているので、「汽車」と呼ばないのは当然であるのだが。同様に道路標識の「汽車」マークにしてもコスト問題もあって行政議論もない故に変わっていない。

気動車において子紛らわしい例[編集]

むしろ、日本国内にとって地方者や鉄道教にとって、「非電化区間で明らかな気動車を電車呼ばわり」する事の方が抵抗があるとも言える。しかし、ハイブリッド気動車と名乗るモーター駆動する気動車やEDC方式電車(敷島(E001形))・蓄電池電車で非電化区間でも走る電車が開発されたり、電化区間でも車両運用の都合や交直流のデットセクション区間で気動車を使っている例もあるために情弱素人には紛らわしいのだろう。


東西線で押しくらまんじゅう.jpg この「気動車」は、延伸の案が出ています。延伸して下さる協力者を求めています。 (Portal:スタブ)