毛沢東
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
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胡主席が貴方を見ています!! |
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~ 毛沢東 について、オスカー・ワイルド
~ 毛沢東 について、足利義昭
~ 毛沢東 について、諸葛亮
~ 毛沢東 について、洪武帝
~ 毛沢東 について、カール・マルクス
~ マルクスの発言 について、磯野波平
毛沢 東(けざわ あずま、けざわ ひがしとも、明治26年12月26日-昭和51年9月9日(毛がいっぱいなのにハゲ、別名「毛匪賊東」、「猪肉毛」))は支那大陸に支那極大共和国/大支那一党制人民社会共和国(the Single-party-state People's Socialist Republic of Great China)を建国した中国の共産主義者である。世界一のベストセラー作家としても有名。
目次 |
[編集] 毛沢東の波乱の生涯・前半
父は毛沢山(モウ・タクサン)、子供に毛少貧(モウ・ショウヒン)。元々はローゼンメイデン第10ドールになる予定で毛沢燈として生まれたが、いつの間にか一字違いの毛沢東になった。そのころ中国は日帝という東の蛮族に攻め込まれ国はめちゃくちゃになってしまっていた。日帝は 野蛮なだけでとりえの無い連中だった。その上に狡賢く、中国で毛沢東同志と蒋介石が戦って疲弊するのを見計らって攻め込み、罪の無い女子供をブレーンバスター・バックドロップ・ウエスタンラリアットなどのプロレス技を駆使して皆殺しにした。
中国の人民が苦しむ のを毛沢東同志はほうってはおけなかった、そこでヤクザの蒋介石と組んで中国人を救うこと にした。ところが蒋介石は自分のことしか考えないヤクザだっから毛沢東同志の崇高な考えに賛同しなかった。そこで毛沢東同志のお考えを理解していた張学良同志が蒋介石を 捕らえ、無理やり共産党に協力させることを約束させた。こうして国共合作はなった。
ところが蒋介石の国民党は 自分のことしか考えない愚か者の集まりだったから日帝と全然戦わないで 逃げ回っていた。それに対し共産党の軍隊は日帝と勇敢に戦い次々と 打ち破っていった。これをみて中国の人々もどちらに正義があるか理解 し共産党に協力していった。共産党の圧倒的な強さの前に日帝は壊滅し 中国から逃げ帰った。
ところが蒋介石は卑怯者だから日帝との戦いで疲れ た共産党を攻撃した。しかし全ての中国人は共産党に正義があると理解し ていたから皆で蒋介石に立ち向かった。蒋介石は破れ台湾へ逃げ込んだ。こうして毛沢東は遂に自らの理想の塊である支那極大共和国/大支那一党制人民社会共和国を建国した。こうして中国は毛沢東同志の志す理想郷への第一歩を踏み出すことになった。
[編集] 毛沢東の波乱の生涯・後半
建国後は「暇じゃー、どっか遠くへ行こう」と勝手に約40000kmに及ぶ大旅行で最初は1万人いた同乗者が最終的には10人しかいなくなったお散歩に行って世界に名をはせた。場所は北京、洛陽、黄河、上海、揚子江、広東、香港、マカオ、成都、重慶、西安、チベット、ウルムチ、モンゴル、吉林省、豆満江、北朝鮮の国境近く、遼東半島、万里の長城の東の端、同じく西の端、そして北京と言う規則正しくない滅茶苦茶なルートで同乗者を減らしたとされる。
しかしその後、鳥だといって害虫駆除の果てに天候が不順になるなどの失政を重ねて、日本を主体として開かれた支那国際軍事裁判(北京裁判)により、死刑が言い渡され、即刻刑が執行された。支那人民は彼の犯罪を忘れまいと北京にある天安門に彼の大きな肖像を掲げ、永遠のさらし者とした。肖像は今ではみんなから落書きされて支那人民の笑いの的となっている。
1978年、北京で開かれた中国共産党第十一期中央委員会第三回全体会議で鄧小平主席は次のように述べた。
~ 毛沢東 について、鄧小平
なお英語版アンサイクロペディアでは「Chairman Mao」と表記されているがサッカーでいうチェアマンではなくただ単に「椅子に座っているだけの男、毛沢東」として描かれており、常に用を足していることが書かれている。大のトイレマニアとしても知れ渡っており、写真ではいつでもどこでもトイレ(もちろん大事なところはカットされているが)をしていることが分かる。ただ写真の殆どがトイレをしているところしか写しておらず、その臭さは写真を超えて困っている。
中華民国やワンミン王国を阻害し、殺人を行使したボランティアんであることも有名。
[編集] 世界一のベストセラー作家
毛沢東は、ウィリアム・シェイクスピアやアガサ・クリスティを凌ぐ世界一のベストセラー作家としても有名である。全盛期には『毛主席語録』『毛主席文選』『毛沢東詩選』『毛沢東全集』など、毛の本は出せば必ず1億部売れた。
毛は『毛主席語録』で単一作家の著作書籍の部数としての世界記録を保持しており、その印刷部数65億冊(諸説あり)は、発行から40年を経た現在でもそれに迫る記録すら生まれていない偉大な記録である。



