比例

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比例(ひれい)とは、とてつもなく長く、永い坂である。

概要[編集]

「もしかしたらあと少しで登り詰めることが出来るのかもしれない。」何度そう思っただろうか。登っても登っても、見えているのは真っ直ぐ上に伸びている道のみ。先・天辺は見えてい居るのか居ないのか…それすらも分からない

「もうじきですよ。えぇ、きっと。」xはまだそんなことを言っている。今までに何回その言葉を聞いてきただろうか。数えるのも飽きてきた。とにかく登らなくては先は見えてこない。自分を奮い立たせ一歩一歩足を前に出すのだが…やはり景色は変わらないのである。嗚呼、もう無理だ。一旦立ち止まる。「yさん、止まらないで下さいよ。先行ってますからね。」やめろ、やめてくれ。お前が一歩進んでしまうと…うわ!疲れて動かないはずの足がまたギシギシ音を立てながら進み始めた。これは既に俺の意志ではない。xの意志だ。

yである俺はxのせいでこんなに苦しい目に合っている。どうして俺がこんな目に?定数関数kなんてのはずっと止まったままじゃないか。世の中は不条理。誰か俺を少しの間でも楽にさせてくれ。とてつもなく長い、終わりがあるのかも分からないこの坂道を一生歩き続ける。俺は楽しむ事は出来ないのか?俺は喜ぶ事は出来ないのか?自分に問いかけても無意味なのは分かっている。でも…問わずにはいられない。

俺の存在価値は何なのだろう?中学生から嫌われることか?辛い目にあって何も楽しくないのに嫌われる。俺だって好きでこんなことやってんじゃない。せめて「ありがとう」の一言でも言われたいもんだ。ただ、自分でも分かっている。「ありがとう」なんて言われることはしていないんだ。高い高い、雲よりも高いかもしれない。でも先は見えない。ずっと続いたままだ。希望に満ちたあの頃にはもう戻れない。xが「降りるか。」とでも言わない限り。

しかし、戻ったところで何も変わらない。いつかは元の登り続ける生活に戻るだけなんだ。全てはxが支配し、xが言うままに動く。俺は何なんだろう。yとは何なんだろう。ここに、終わることのない「無限」を感じる。闇に始まり、闇に終わる。そんな「無限」だ。考えることもしんどい。でも考えることしかすることがない。こんな矛盾もはたから見ればどうでもいいのだろう。俺のことなんて誰も気にしない

xが増え続ける限りyも増え続けるの?へぇー。」それで終わり。俺にだって世の中に叫びたいことがあるんだ。でも、誰も聞こうとしない。小さな小さなyに何て誰も焦点を当ててくれない。日の目を見る日は来るのか?分からない。分からない。分からないことだらけだ。無意味な考えは積もりに積もってストレスへと変化していく。変化したところで今までの重荷がさらに増すだけだ。

「苦しんだ分だけ後で楽になるよ。」「人生辛いことばかりじゃないよ。」人は他人にならどんなことでも言える。それは自分がそういった状況下におかれていないという「余裕」から生まれるもの。相手のことなどほとんど考えてやしない。言葉なんて所詮軽いものだ。

なんてことを思いつつもただひたすらに、xが行くままに坂を登る。俺には一体どんな価値があるのだろう。誰か教えてくれ。誰か…

関連項目[編集]

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