歓喜の歌

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歓喜の歌(かんきのうた)とは、年末になると世界中のいたるところで歌われるようになることで知られている、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン交響曲第9番第4楽章の通称である。「喜びの歌」と表現されることもあり、欧州連合の賛歌にも採択されている。なお交響曲第9番のことを「第九」と呼ぶ事がしばしばあるが、時にこの第4楽章のみを指してその語が用いられていることがあるため、注意を要する。

歓喜の歌とは[編集]

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「歓喜の歌」が含まれる交響曲第9番は、難聴で苦んでいたベートーヴェンがその人生に締めをつけようとしていた頃に発表された。彼は、作曲家として致命傷となるかも知れない耳の病気を患った時以来、幾度も自殺を試みるなど、自らの行く路に絶望しか見出すことの出来なくなる事態がしばしば起こる生活を送っている。しかし、現実にはその難聴を患って以降も、幾多の名曲を彼は生み出し、そして世間からの称賛を集めることに成功した。

それゆえ、ベートーヴェンは過去に作詞した交響曲第5番のタイトルに自らの人生をなぞらえ「運命」と名付けたので、その「運命」に私は見事勝利したのだと自己満足に浸るべく、この第9番を新たに作詞、その第4楽章のタイトルに「歓喜の歌」と名付けたと言われている。

現在、年末になると中年以上の世代の者が各所に集まり、この「歓喜の歌」を含む交響曲第9番(第九)を歌う習慣が世界中で生まれている。日本では12月31日NHK教育テレビを通じ、その全国放送が行われるようになっている。「第九」を聞かないと年末と言う感じがしない、と思うに至った陶酔者までも生まれている。

これは、「第九」にはそれを歌う者及び聞く者がほぼ必ず有しているであろう、「辛く失敗や転落の道にも進むことが多い人生であるが、私もベートーヴェン同様、最後にはその人生に勝利したい」という願望と、「この1年、私は良い人生を歩むことができたに違いない」という言い訳が率直に表現されており、彼らに将来への希望を持たせる傍ら、ささやかな現実逃避をさせてくれる効用があるためである。

この曲が欧州連合の賛歌に採用されたのも、その効用をもとに、「現実には欧州統合に至るまでの過程には色々とまだ問題点が残されているが、とりあえず1951年の欧州石炭鉄鋼共同体から始まって、欧州連合発足に至るまでの成功を喜びあおう」という関係者の意図を表現できたからに違いないだろう。

なお余りに「第九」に陶酔する者の場合、周りから変人に思われることもある。しかし、それは当人がベートーヴェンに負けず劣らずの過酷な人生を送ってきた証であると思われるので、周辺人物は憐れみつつもスルーするのが善策といえる。

第九の呪い[編集]

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さて、「歓喜の歌」を含む交響曲第9番は、結局ベートーヴェンが最後に作詞した交響曲となった。ベートーヴェンは9つの交響曲を作詞し、その最後に自らの人生に対する勝利の喜びを全て込めてしまったので、精魂を使い果たして筆後に力尽きてしまったと思われている。

そしてその後、「交響曲を作詞したものは第9番を作詞すると死に至る」という噂が立った。これにはベートーヴェンが後世の作詞家の立身出世を妬んでいるためではないかという脚色が知らず知らずのうちに付き、いつしか「第九の呪い」と呼ばれるようになった。

実際の所、交響曲を200以上も作詞して生涯を終えた作詞家もいるため、この第九の呪いについては信憑性のある話とは今日では看做されていない。いわゆる都市伝説の一種扱いである。

しかし、この話には教訓があると言える。それは「作詞家たるもの、その生涯でたくさんの曲を書く必要があるのに、一曲一曲にいちいち無駄に精魂を使っていては、ベートーヴェンと同じく9番目辺りで力尽きるぞ」と言うことである。作詞者は自らの精魂をコントロールするのも仕事のうちだということで、ベートーヴェンは良い戒めの言葉を身をもって後世作詞家のために残してくれたと言えるだろう。

関連項目[編集]