横浜駅

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
移動先: 案内検索

横浜駅(よこはまえき、YOKOHAMA-Station)は、神奈川県横浜市の迷路。または駅。多くの駅を吸収することでどんどん巨大化しており、その成長は現在もなお続いている。東洋のサグラダファミリアとも呼ばれているべ。

Wikipedia
ユーモア欠落症のハマッ子のため、ウィキペディアの専門家気取りたちが、「横浜駅」の項目を執筆しているじゃん。
Chakuwiki.png
長文が読めないバカな人のために、チャクウィキバカたちが「横浜駅」の項目を執筆しています。

歴史[編集]

もともと横浜駅は日本初の鉄道の終着駅として生まれたが、その位置は横浜の中心部にほど近い野毛のあたりであった。しかし、この駅には成長機能が備わっていたため、他の駅を捕食せんがためどんどん北上していった。この横浜駅のいなくなった後にひっそりとつくられたのが現在の桜木町駅じゃん。 この駅に備われた成長機能たるや、とどまることを知らず、とうの昔に昭和時代が過去となり、いつの間にか20世紀も過去となり、平成も終わろうとする今日に於いてさえ、いまだこの駅の完成形を目の当たりにした人物は存在しない。今後の成長過程に於いて、成長の方向が必ずしも予測しうるものではなく3次元的4次元的となりうることから、より一層カオスとなることが懸念される。

横浜駅の犠牲になった駅たち[編集]

神奈川駅
神奈川駅は現在の横浜駅より少し東にあった。このあたりは東海道の神奈川宿のあった場所であり、当時は大いに栄えていた場所であった。神奈川駅には国鉄だけでなく東横も乗り入れており一大ターミナルの様相を呈していたが、横浜駅に食べられてしまった。同様に京急の神奈川駅も犠牲となったが、その後ジュニアが青木橋の下で復活を遂げている。ちなみに、現在の東神奈川駅はこの神奈川駅の東にあったところからつけられた名前である。
平沼駅
平沼駅はさきの神奈川駅保土ヶ谷駅の間、現在ガスタンクがあるあたりにあったといわれているがよくわかっていない。もともとは横浜駅の捕食の魔の手から神奈川駅を守るべく設置された撒き餌であったが、当ては外れて神奈川駅が捕食された、という歴史がある。しかも食欲旺盛な横浜駅は神奈川駅だけでは飽き足らず、南下をしてこの平沼駅をも捕食した。この平沼駅の墓碑ともいうべきものが相鉄の平沼橋駅である。なお、京急にも平沼駅が存在したが、こちらは横浜駅の捕食によるものではなく、戦争中の電力不足によるものである。

このように、神奈川・平沼と捕食を尽くした横浜駅であったが、「食べ過ぎると太る」の原則通り動けなくなってしまった。そこで目を付けたのが自身を食らうという、いわば共食い作戦である。手始めに食われたのが東横線横浜駅であった。食われてしまった東急は地下5階という魔窟へとその身を横たえることとなった。なお、京急の横浜駅は捕食する側として東口の駅ビルを吸収、ホームを1本増設することに成功した。

横浜駅の犠牲にならなかった駅たち[編集]

新横浜駅
新横浜駅は横浜駅のおやつとして何にもない原っぱに設置されたが、さきに述べた通り横浜駅が動けなくなってしまったため食べられることなく現存している。
陸奥横浜駅
横浜駅の暴走に立ち向かうべく国鉄が青函連絡船として研究中だった原子力船の技術を駆使して作り上げたのが陸奥横浜駅であるが、横浜駅が動けなくなってしまったため現在は青森県で余生を送っている。

表向き[編集]

上記のとおり、今まで横浜駅は「捕食」で巨大化を続けてきたが、利用者へ不安感を与えないために表向きは「改良工事」となっている。しかし、地下通路の完成(正確には食道のバイパス手術)で綺麗になったかと思えば、今度は横須賀線10番線ホームの拡張工事の告知が張り出された(現在は施行済み)など、無限ループとしか思えない工事のせいで運営側は「いつばれるか分からない。イメージダウンするかもしれない」と危惧している。現に東横線の旧線の高架線撤去工事も消化不良のままであり、利用者の方はきっと「倦怠な工事だ」と思っているに違いない。 2011年3月末、駅西部の横浜シァルの閉店を皮切りにしてまたもや再開発事業が始まった、駅上部に通路を作る案があり駅の迷宮化が懸念される。

脚注[編集]


関連項目[編集]

Gomen.jpg この「横浜駅」に停車中の電車は、現在ハマッ子の運転手がいないため発車できないべ。運転して下さる乗務員を求めているべ。っていうかじゃん (Portal:スタブ)