横浜国

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横浜国
City state of Yokohama
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(国旗) (国章)
国の標語 : 海と丘の国、よこはま
[[Image:|250px|横浜国の位置]]
公用語 日本語横浜弁及び中国語
首都 みなとみらい特別市
最大の都市 横浜中央市
指導者 不明
大統領 林文子
リポーター 藤田くんまたはほずみん
面積
 - 総計
 - 水面積率
世界第不明位
437.57平方km
不明
人口
 - 総計(2014年
 - 人口密度
世界第127位
3,711,450人
世界第xx位
人/平方km
政府 大統領及び各市長による独裁体制
国民的な英雄 中村俊輔
日本からの独立 1983年11月8日
通貨 もしくはジャンもしくはダベ (JPY)
時間帯 UTC GMT+9 (DST: なし)
国歌 横浜市歌
宗教 横浜市歌教シウマイ教無宗教神道仏教キリスト教 など
Wikipedia
ウィキペディア専門家気取りたちも「横浜国」については執筆を躊躇しています。そのような快挙を手際よくやりおおせたことは、我らの誇りです。

横浜国(よこはまこく)とは、日本が日本固有の領土であると主張する神奈川県横浜市(日本側のこの地方の呼称)を領土として独立を宣言した都市国家じゃん。横浜国はその他に、東京都町田市(日本側でもこの地域では領土紛争が勃発しており、神奈川県町田市と見る向きもある)の領有権を主張しているじゃん。

横浜のシンボル、ウルトラ・スペシャル・サンダー・スーパー・最大最強・ランドマーク。

概要[編集]

現在横浜国は、国際的な承認を得ていないため、領有する地域は一般的に「日本国神奈川県横浜市」(Yokohama City of Japan)と呼ばれているじゃん。しかし愛国心の強い多くの横浜国民は、横浜は横浜国のものであり、横浜国は独立国家だと主張しているじゃん。

かつて日本国時代、人口が300万人を超える日本一の自治体として君臨していた旧横浜市は、「市」という自治体の枠を超えた権力を手に入れ、市民のしがない給料からさらなる税金を搾り取ろうと暮らしをよりよくしようと独立を模索し始めたべ。 折しも時代はオイルショックによる不況真っ最中で、日本の経済政策に並々ならぬ不満を抱いていた横浜市民はこれに同調し、横浜港を基軸とした経済立国を目指して独立への動きが急速に進んでいったじゃん。

同時に、1960年代に計画されていた横浜市の六大事業の一つである「みなとみらい21」計画が動き出したことで、ここを首都に制定し旧横浜市域を領土とする「横浜国」独立への動きはさらなる熱を見せ、1983年11月8日の住民投票で横浜国独立が可決され、同時にみなとみらい21地区はめでたく着工されることになるじゃん。

ここに横浜市民による横浜市民のための横浜市民の国が誕生したんだべ。

その後はみなとみらい地区を中心に、経済・観光・国際交流をテーマに開発が進められ、現在では国外からの観光客も数多く訪れるメガロポリスとして内外からの知名度も高いじゃん。

今後は2050年を目処にドイツのボルガ博士により、世界初の空中浮上都市(スカイフロント)「みなとみらい21.5地区」、2100年を目処に宇宙空間都市(スペースフロント)「みなとみらい22地区」開発予定じゃん。陸海空・宇宙を制覇じゃん。

地理[編集]

横浜国は日本列島のちょうど折れ曲がるところにある関東平野の南部に位置し、東京湾に面しているじゃん。海沿いの埋め立て地を除いてはほとんどが丘陵地帯で、そこは多くの国民が暮らす住宅地として随時開発されているべ。他国からの観光客は、こうした風景を見て「海の街横浜とか嘘じゃん…」などと落胆したり、「坂が多すぎなんだよ!!!」などと国民に文句を言うなどしているが、むしろこれが横浜の真の姿じゃん。もともと横浜はしがない寒村として生まれた街で、内陸の丘陵地帯のほうが街自体の歴史は長いのだが、とりとめて何もないので、歴史の浅いみなとみらい地区の方がThe・横浜として定着してしまったんだべ。海を見たいのならみなとみらいに行くことをお勧めするべ。

こうした事態を憂慮した横浜国は、標語として「海と丘の国、よこはま」を制定したが、上記のような誤解は未だに絶えないじゃん。横浜は丘だべ。

歴史[編集]

横浜という名前は、東海道の脇にあった小さな村に語源があるべ。そこは漁師さんがちまちまと魚を捕って生計を立てる、典型的な寒村で、むしろ栄えていたのは東海道の宿場街である神奈川宿(現横浜国横浜中央市)だったんだべ。

江戸末期になり、黒くてデッカイ海に浮かぶ木の塊が東京湾に来ちゃってどうしようどうしようと慌てふためいた江戸幕府は、とりあえず横浜村の南にある浦賀にそいつを招いて、話し合いをすることにしたじゃん。ペルリさんが「開国シテクダサイヨォ~」と威圧してきて驚いた江戸幕府は「要求通りに神奈川を開港するのもやだなぁ…そうだ、横浜村に港を作ろう」と決め、1859年に小さな寒村だった横浜村に港という貿易拠点を作ったんだべ。

貿易拠点と共に外国人居留地が出来て、西洋文化がみるみるうちに流入してきたので横浜村は大盛況となり、かつて寒村だったとは想像もできないほどの賑わいを見せるじゃん。そんな横浜に物資を運んで経済を支えていた周辺の農村部は、物資と引き換えに西洋文化を知り、「わが村にも西洋文化を!」として鉄道の誘致やら何やらを推し進め、結果として物資輸送量が飛躍的に増加し、横浜の発展を後押しすることになるべ。

ここまで来たらもう後の祭り。横浜はどんどんと人口を増やしていき、1889年には早くも市制を施行。当時の面積は5.4平方キロメートルだったにもかかわらず、すでに121,985人も暮らしていたんだべ。その後人口が増えすぎて住む場所が無くなってしまった横浜市は、6回にわたって周辺の村々を吸収合併し市域を広げ、挙句の果てには海を埋め立ててまで土地を作るほどであったじゃん。

1923年の関東大震災、1945年の横浜大空襲では市域に甚大な被害が出たものの、市民の力により復興はつつがなく進められ、1956年にはついに政令指定都市の座を手中に収めるじゃん。 時代は高度経済成長期。さらなる繁栄を夢見て各地で開発が盛んに行われ、特に横浜駅西口地区の相模鉄道による開発は、最終的に横浜の商業の中心を伊勢佐木町地区から奪い取るほどの大成功ぶりで、貿易・商業・工業という3つの柱を確立した横浜市は、日本各地から移住する人が相次ぐ大人気都市として名を馳せていくことになるべ。

そんな横浜に実業家が目をつけないはずも無く、様々な企業が横浜に腰を落ち着けて経済活動に寄与。さらには寒村だった市域北部の住宅地開発を行う企業も現れ、人口はますます増加していくじゃん。

1963年には「横浜市六大事業」に着手。交通の円滑化やニュータウン開発、みなとみらい21地区の開発などが盛り込まれたこの事業は、まず高速道路の整備という形から始まり、人口が増えすぎて渋滞の巣窟であった市内の交通はにわかに改善の兆しを見せ始めたじゃん。貿易の要である埠頭の拡張や、横浜ベイブリッジの開通を済ませたそんな折、前述の通り日本に対する不満を募らせていた市民の怒りが爆発。ついに横浜国は独立することになるじゃん。

独立後の1990年から首都としてのみなとみらい21地区の開発が本格化し、ランドマークタワーやパシフィコ横浜などの代表的な建造物が次々と完成。横浜は観光都市としての性格も見せ始めることになるべ。

現在では人口が300万を優に超えて、400万も夢じゃないべ。横浜の発展は止まることを知らないじゃん。

え?丘陵地帯に何もないじゃないかって?皆横浜中心部に出るから必要ないじゃん。

経済[編集]

横浜国の経済は主に海外との貿易に頼っているべ。国民の大半はほとんど日本国東京都に出稼ぎに出てしまうため、昼間人口の少なさが問題となっているじゃん。でもその収入を横浜国内で消費してくれるので、横浜国の企業の財政はおおむね黒字だべ。

え?横浜国の財政はどうなんだって?お察し下さい

関連項目[編集]

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この記事はクソです。筆者自身がそれを認めます。
この項目「横浜国」は、壮大なネタ振りじゃん。誰か、人類の歴史に残るようなとてつもなく面白いネタを書いてください
私には書けないじゃん。 (Portal:スタブ)