桐生忠利

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』

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「バカめが、根っから単純だなこの男は。あっさり騙されてやんの(嗤い)」
~ 桐生忠利 について、源頼朝
「殿、なかなかのちょいワルオヤジぶりですなあ…さすがですな。」
~ 頼朝の発言 について、梶原景時
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桐生 忠利(きりゅう ただとし、生年不詳 - 寿永2年9月18日1183年10月13日))は、平安時代末期の人物。通称は六郎。

彼は総領家足利俊綱足利忠綱父子の譜代郎党を勤める(ただし親族系譜の関係は不明である)。

[編集] 略要

在りし日のヘタレ桐生六郎忠利。
在りし日のヘタレ桐生六郎忠利。

彼の名は『山田郡誌』(昭和14年刊行)に記されている。

さらに『桐生市史』や『吾妻鏡』を併せると、1180年に彼は足利父子に従軍し平知盛の傘下として以仁王源頼政の軍勢と京都近郊の宇治川で奮戦し「平家に逆らうやつあ俺が皆殺しすんぞ!!モルア!!!」と叫んだという。その功績で知盛から「お前に俺の宝刀をやろう」とご褒美を貰ったそうな。

1182年の2月に常陸を本拠とした志田義広鎌倉頼朝の叔父)と組んで、頼朝方の軍勢と戦って大敗した(野木宮合戦)足利父子のうち忠綱は「ワシはもう還暦を越えとるんぢゃ…」と言って、さっさと領土の上野国山上郷竜奥に引き籠もる痴呆老人のヘタレぶりを見せた。

末っ子の忠綱はこの時20余歳だった。彼は坂東地方に潜伏しながら「親父も年老いたからなあ…六郎(忠利)よ、俺はどうすればいいんかな?!」と尋問した。すると忠利は「この際は若殿は平家に従軍したほうがいいと思いますぜ」と進言した。こうして忠綱は、山陰道を経て九州に向かい、平家に従軍した(後に忠綱は平家が1185年に壇ノ浦の戦いで滅ぶと、京都に潜伏した。しかし翌1186年に源氏方に見つかり、惨殺されたんだとか…)。

一方、忠利は引き続き俊綱に仕えた。翌年の1183年9月13日に、頼朝がいとこ足利義兼と和田義茂(和田義盛の弟)を総大将に命じて、俊綱討伐を命じ、渡良瀬川から利根川付近に陣取った。この時の義兼は「源氏系足利氏の棟梁の俺としては藤原系足利氏の存在自体が目障りだ。消えてくれれば有難いんだがなあ…よしっ義茂、君は密使を出して、頼朝公に忠節を示せば御家人に取り立てると言って、俊綱の侍従の桐生忠利とやらを煽って、俊綱の老いぼれを殺害依頼してくれないか」と言った。義茂は「今夜でも密使を出して、忠利とやらの殺意を煽動させましょう」と「ニヤリ」と薄笑いして密使を出した。

果たして、忠利は「御家人」という身分に欲望を丸出しして、翌未明に俊綱の寝床を襲い掛かり「時代錯誤の爺いは死ねや、モルア!!」と叫んであっさりと殺してしまった。俊綱享年62であった(忠綱の兄たちも同時に殺害されたという)。その首実験は俊綱の知人で義経の相婿でもある下河辺政義(政能)が検分したという。やがて、俊綱の首級を持参した忠利は頼朝に謁見する申請を伝えた。9月16日に、梶原景時と面会し「俊綱の爺いの首級を持参したので、その報酬として御家人に累進させる旨を頼朝公にお願いしますよ!」と媚びながら申請したという。景時は「ツアッ」と舌打ちしながらも、その儀を頼朝に上奏した。

明後日の9月18日に、忠利は念願通り頼朝に謁見した。年老いた俊綱の哀れな首級を見た頼朝は「ムカムカ」と苛立ちを覚え、景時に向かって「独断で主を殺害するのはもっての外だ。俺はこやつの面が気に喰わんな。褒美など笑止千万、さっさとこの下衆野郎を処刑せい!!」と叫び、立ち上がってそのまま忠利を蹴って、退席した。時にすでに遅く「わわわわわ!!お…俺は足利義兼と和田義茂のやつらに騙されたんだああああーー」との遠吠えのように喚いた。

景時は「つべこべ言うな!! 勝てば官軍なんだよ。お前は所詮負け犬なのさ。さっさと曳き立てい!!」と睥睨しながら、稲村ヶ崎で忠利を処刑した。景時によって忠利の首は俊綱の首と併せて、現場で晒された。それを見た頼朝は義茂に命じて、「俊綱の息子や孫などの一族郎党で俺に忠誠を誓うものは赦してやれ」と言って、赦文を出した。ただし、忠利の一族は皆殺しにされたという。


みなさん、松平です。 この項目「桐生忠利」は、日本史に関連した企画書ですが放送日が迫っています。アンサイクロペディアではその時でないのに歴史が松平アナを動かす! (Portal:スタブ)