柳沢吉保
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
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柳沢 吉保 (やなぎさわ よしやす) は江戸幕府5代将軍徳川綱吉の時代に活躍した側用人。忠臣蔵などで悪役にされることが多くそのため冷酷で容赦がないとイメージが一般的で「冷凍庫いらず」の異名を持つ。柳沢吉保の半径50メートル以内ではバナナで釘が打てます。
[編集] 人物
- 徳川家綱が死去して弟の徳川綱吉が将軍になった辺りから側用人だったような気がする。側用人として綱吉のオムツを着せ替えたりした。
- 忠臣蔵や水戸黄門など後世の時代劇では悪役にされてしまっているが、本人は「悪役でもいいじゃないか、にんげんだもぬ」と草葉の陰で微笑んでいる。
- ある時、綱吉の愛犬が糞尿を江戸城中に垂れ流しにしてしまい、さらにオムツを脱いで江戸城門に放置するというとんでもない事をやらかした。当然瞬く間に江戸中にこの話は広まり、綱吉の命じた生類哀れみの令を非難したり嘲笑うものも現れた。このままでは綱吉の名誉が地に落ちてしまうと考えた吉保は、とっさに『それは私のオムツだ』と弁解した。当然吉保は江戸中の笑い物になったが綱吉の名誉は守られ、生類哀れみの令への非難を自分への嘲笑と言う形で方向転換させ世間の目をそむけさせる事に成功したのである。しかし後に新井白石が著書折たく柴の記の中でこの真相をばらしてしまった。
- 喜怒哀楽の表情に乏しい人物であった。その事を面白がった綱吉は彼の顔面にパイをぶつけたり脇の下を擽るなどして笑わせたり怒らせようとしてさまざまな迷惑行為をかけた。それでも吉保は綱吉に絶対の忠誠を誓った。
- 犬公方と呼ばれた綱吉は江戸城内に大量の犬を飼っていたが、吉保は殆ど一人でその大量の犬達に餌を与えたり糞の始末をしたりした。
[編集] 関連項目
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