柏レイソル

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「柏クン、待ッテクダサーイ!」
柏レイソル について、東京ヴェルディ
「天下無敵の 柏の星を~」
柏レイソル について、裸族
チキンレースですね、かしわだけに」
柏レイソル について、早野宏史
「ヒィ~! キモイヨ~!」
上3人 について、柏レイソル
「チキンレースだけだと?天下無敵だと?おのれ!最強の柏レイソルを罵倒するとは、許せん!!
見ておれ!そ奴を捜し真の柏レイソルの力、そして千葉の力をもっと思い知られてやろうぞ!!」
すべての発言 について、ギガゾンビチバゾンビ

柏レイソル(かしわレイソル)、通称木白しTンノレとは、日立王国の正規軍の一つである。そしてダジャレバレーアレルギーの上に、裸族につきまとわれているという、ちょっとかわいそうなサッカークラブでもある。日本有数の「サッカー王国」として有名な千葉県北西部を象徴するチームでもある。

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概要[編集]

Jリーグに所属するサッカークラブの一つであり、世界三大カップの一つであるちばぎんカップの参加チームの一つ。本拠地は千葉県柏市で、総指揮官(マスコットとも言う)は次期当主候補のレイ王子である。チームの名前は「太陽の王」という意味を持つ。

ホームスタジアムは日立台と柏の葉であり、「最高のスタジアムと最低のスタジアムを併せ持つサッカークラブ」と称されることもある。

そして、好成績と悪成績がしきりに循環する天気屋であることや、サポーターがあれそれなことなどでも有名なクラブでもある。詳しくは後述。

歴史[編集]

起源は日立サッカー部で、丸の内本社に近い古河電工日立三菱重工の三つが大手サッカーチームを持っていたことから、「丸の内御三家」と呼ばれるチームの一つである。日本のプロサッカーリーグであるJリーグ創設に当たり、1992年にJ候補生である「準会員」となる。その辺りで太陽を冠する日立王国に相応しいように「レイソル(太陽の王)」と名づけられた。

王国としての本心は発祥地の日立市(旧称:助川市)に軍を置きたかったようだが、助川のみならず茨城県内は鹿が隈なく居座っている為、「サッカー王国」として株を上げている千葉県北西部のに軍を置くこととした。同じく千葉県北西部には、松田聖子の彼氏と誤認されるサッカーチームもあるが、こちらは千葉市付近を地盤としている。

1994年彼かの活躍等によって昇格を決め、1995年からJに参戦することとなった。

昇格一年目の1stステージでは大苦戦しホームで十連敗などの痛々しい成績となる(ステージ順位はお察し下さい)。

しかしその後同年2ndステージからは成績を伸ばす。そして1999年にナビスコカップ優勝、2000年はステージ優勝を争う(年間での合計勝ち点はトップ。でも狂乱の角鹿たちの妨碍よって総合順位は3位に)など立派な成績を残すことができた。

ただ、この後からずっと降格の恐怖に苛まれる成績となる。2004年の2ndスタージから、チーム崩壊を防ぐために強力冷房機・HAYANOを代わりに監督席に設置した(彼の属性である氷属性に『停止』という願掛けをした)が結局降格圏に。入れ替え戦で襲いかかってきたを凍らせることで残留を決めた。

2005年も同じく、自身の苦手な氷属性の攻撃を行う強力冷房機・HAYANOを監督席に設置する。しかしHAYANOの攻撃は味方にも被害を及ぼすものであったのだ。この機械の無差別氷属性攻撃に苦しみ耐えながら、時にニワトリを追いかけつつもなんとか16位となり入れ替え戦に再び残留の望みをかけることになる。

しかし入れ替え戦における対戦相手・甲府の停電大作戦、バレーの大爆撃が炸裂し、軍は壊滅的被害を受ける。こうして初めてのJ2出征が決まった。

J2で迎えた2006年、軍は攻撃的展開により見事二位(自動昇格圏内)となり、一年でのJ1復帰が果たされる。ただし守備面はお察し下さい

こうして地球は救われた

2007年、こうしてJ1に帰って来たばかりの軍には、とある重い使命が与えられた。それは「柏の勝ち点が45を越えた場合には、人類を救うカギであるコスモクリーナーが与えられる」というもの。逆に言えば「柏の勝ち点が45に届かなかった場合には人類は滅亡する」というものである。この前代未聞の使命を顔色の悪いイルカとの戦いによって達成した。なおどっかで聞いたことのある話かもしれないが、気にしてはいけない

だが人類を救ったのもつかの間、翌年の2008年妖精の手によってJ1はカオスに呑み込まれた。この軍も例外ではなく降格危機に陥ったが、最終盤でやっと残留を決めることとなる。

2009年は「お前、全試合引き分け狙ってるだろ?」と言わんばかりの潜行モードでスタートする(ちなみにこれを行った場合の年間勝ち点は34、降格しそうである)。しかしその計画はJリーグを支配する大いなるの前に狂い、そしてJ1サバイバーの大宮にとどめを刺され、またもJ2へ出征することになった。

そして2010年、一年でのJ1復帰の望みを掛けて再びJ2での戦いに望んだ。からの熱い視線を一身に受けていた。糞審判などの影響により退場数は多かったものの、リーグを独走しJ1・J2両リーグ最多勝点、開幕からの負けなし記録『19』、年間敗戦数『2』の記録を打ち立ててJ1に帰還。とはいえJ1で赤紙を連発されては、勝利から見放されるだろう。チーム全体の忍耐力が課題である。

しかし、現実は狂っていた。開幕三連勝をなぜか挙げてしまい、モンテディオ山形に敗北したが、その後五連勝でなにごとか1位にいた。そして、走る、走る、転ブートだれもが思ったが、結局転ぶはおろか、止まらぬという状況になった。そして、なぜかリーグ優勝。もうみんなあいた口がふさがらなかった。

裸族との関係[編集]

世界の要人から

他クラブとは違い、このクラブのサポーターの過半数は「裸族」である。

この裸族の起源については熱狂的なサポーターが熱さと興奮のあまり服を脱ぎ、全裸で応援を始めたことであるとされている。そこから最大級の敬意の表現として「服を脱ぎ、裸となって応援をする」となったようだ(あくまで柏サポ限定の話である)。確かに太陽は非常に高温であるから、「太陽の王」という意味を持つクラブのサポーターとしてはある意味理にかなっているかもしれない。

そして裸族たちは独特のセンスで選んだ曲を歌い、あるいは独特のギャグがきいたゲートフラッグを掲げる。更には(自称)お楽しみイベントを開く。余りに愚々しいその様子は「日立台劇場」と呼ばれ、他サポーターの雑談のネタとなっている。

裸族による応援の儀式はまず「柏バカ一代」という軍歌を歌うことによって士気を高めることから始まる(ただこの歌は「空手バカ一代」の替え歌であるためカスラックNice boat.)。その次にリーダーにより決定された曲を歌うのだ。もし柏の勝利が決まったならば、その時には選手も巻き込んだ「勝利のダンス」が見られることだろう。

更に裸族たちは伝手も多く持っているらしく、時のアメリカ大統領などの有名人から花輪やだるまや米俵が贈られてきたことがある。更にドラゴンボールを七個集めた剛の者もいるらしく、神龍が召喚されたことすらあるのだ。

実際の所、彼らの応援は確かに効果があるようで、選手から「勝ち点の過半数はサポーターのおかげ」と賞賛されたことがある。

しかしそんな愉快な裸族達にも問題がある。彼らはあまりに熱狂的すぎるため暴動を起こしてしまうこともあるのだ。特に2005年の中位王との試合後に行われた暴動はその後の柏の運命を決めてしまったのかもしれない。

更に困ったことにレイ王子は裸族になついているらしく、バカ騒ぎの片棒を担ったり、裸族のまねをして相手サポーターへの挑発をしているという。

他クラブとの関係[編集]

柏くんと同じく餅をシンボルとしている桜くんはJ昇格の同期である……のだが、柏くんが降格した2005年を境に二人の運命は大いに離れることとなった。下の表を見てもらいたい。

    柏  桜
2005 J1  J1
2006 J2  J1
2007 J1  J2
2008 J1  J2
2009 J1  J2
2010 J2  J1

このように入れ違いばかりしているのだ。あまりのすれ違いぶりに、何らかの力を感じずにはいられないほどである。

また緑くんはストーカーであると一部では言われている。おそらく植物は光合成をすることから、「緑化には『太陽の王』が必要だ」と考えたのであろう。なるほど「緑化」を目的とするクラブとしては故があることである。

実際に二者の軌跡を見てみると、2005年にまず同時降格したことが運命の始まりとなっている。2006年に柏くんが昇格すると、2007年に追うようにして緑くんが昇格。2008年に緑くんが降格したかと思えば、2009年に追うようにして柏くんも降格。やはり彼らの間にも何らかの力が働いていると考えられるだろう。

2011年遂にJ1での再開で夢の対決が6年ぶりに実現されることとなったが、試合前日に女川沖と鹿嶋沖で巨大地震が起きた為、第2節のJリーグは全試合中止に。被災者に平穏な日々が訪れることを願います。久しぶりの対戦となった試合では、MVP男レアンドロ・ゴンザレス(日本テレビの某アナがつけたニックネーム)の退場もあり、夢スコアで柏が大敗。ちなみにシーズン2度、5点差以上で負けながらJ1優勝したのは2011年の柏が初。(年間優勝クラブが5点差以上で負けたのは、柏以外では96年の鹿島の1回・しかも優勝決定後の最終節のみである。)

「おくりびと」として[編集]

また柏くんはJ2へのおくりびととしても有名である。つまり柏くんとの試合で相手の降格が決まってしまうことが多いのだ。

その実績は2000年(対イルカくん)、2005年(対緑くん)2007年(対甲府くん)、2008年(対Cくん)に示されている。

そのためこれらのクラブのサポーターからチョメチョメかもしれないし、そんなに気にしてないのかもしれない。

アレルギーについて[編集]

このクラブは「ダジャレアレルギー」と「バレーアレルギー」を併発している。

ダジャレアレルギーの原因は、2005年に監督席に据え置いた強力冷房機・HAYANOであるとされる。これのダジャレのために軍自体も凍えてしまい成績も下がり、結果的に降格することとなったためだ。

またバレーアレルギーもこの年に起きた出来事が原因であると推測される。入れ替え戦、甲府にいた一人の選手のダブルハットトリックによって軍は壊滅したが、その選手の名はバレーという。この試合がトラウマとなっているらしい。それ以来、「バレー」という単語を聞くと「バレーは怖くない」「バスケの練習をしよう」などといったうわごとを口走るようになってしまった。

医学的に言うとこれはアレルギーではなく恐怖症だが、そんなことは誰も気にしない

関連項目[編集]

この項目「柏レイソル」は、執筆者自身は結構気に入っていますが、どう見てもクソの山です。本当にありがとうございました。日立製作所に訴えられないうちにさっさととりかえることをお勧めします。 (Portal:スタブ)