松代町

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松代町(まつしろまち)とは、長野市の南にある山ばっかりの町。川中島の戦いとか松代大本営とかで有名。

「何、松代藩だけ今も残っておるだと!?」
~ 松代 について、徳川家康

目次

[編集] 概要

昔は有名な戦国武将・真田氏がいたので、結構大きな街だった。でも「真田氏のお膝元」の座を上田氏に奪われても抵抗する力が無いほど、現在は落ちぶれている。落ちぶれてすまん。今は建物や城跡がたくさん残っている。風林火山ブームの頃から5mごとに幟旗を立てられている。

松代にある「ある山」には、大日本帝国大東亜戦争末期に作った、天皇陛下が避難なされる松代大本営がある。NHK陸軍本部、山の中なのに海軍本部など政府の中枢機能を移転されている。

[編集] 街並み

この街は、江戸時代から時間の止まっている場所である。そのため、あまり目立たない東御市の海野宿同様、ちょんまげを付けて刀を持った人たちが多い。逆らったり無礼を働いても滅多な事では斬られないので、安心して観光できる。ただ、大きな屋敷の中で、大砲を作ったり櫓から望遠鏡を使って風景を見たり電信で交信している人に対しては例外。彼は藩主なので、出来る限りの敬語で、頭を地面に埋めるまで頭を下げないと、もれなく斬られます。

[編集] 松代大本営

[編集] 用途

松代の山の中に作られた松代大本営は、戦時中は「鬼畜米英から大日本帝国を守る最終決戦の地」として作られた。多数の人員(朝鮮人)を使って作ったのでとても広く、ドラゴンクエストダンジョンをモデルにしたと思われているが、実際は逆である。あまりの広さとモンスターの出現率のため、天皇陛下が行方不明になるのを恐れて、宮内省は移転をあきらめた。

戦後、表向きは気象庁の地震を観測する施設となっているが、実際には帝国陸軍の遺産である「本土防衛人型最終決戦兵器」なるものが保存され、改修を受けている。そのため、中央の通路から左右に伸びる通路には立ち入る事が出来ない。また、東京、第2新東京市、第3新東京市が陥落したときのために「第2.5新東京市」を、戦時中よりも地下深くに建設中である。

[編集] 建設の理由

  • 東京が米軍の核実験場になる前に、さっさと逃げたかったから。
  • 松代は日本の真ん中だから。
  • 今では全く反対かもしれないが、「信州人はマジメで薄い空気でも労働が可能で、秘密を守るから」
  • 珍走団ばりの当て字で、「信州」は「神州」だから。近代の当て字の歴史は、ここから始まったと行っても過言ではない。

[編集] 謎の地震

戦後、この付近で謎の地震が数年間に続いて発生し、日本沈没を防ぐための研究材料にされた。噂では、人型最終決戦兵器の暴走や、施設拡大の発破が原因とされているが、詳細は不明。

[編集] 交通

  • 近くに、平日はほとんど車が通らないのに、片側二車線の 下信越自動車道松代PAがある。妙高SAよりも高性能なのだが、何故かパーキングエリアである。
  • 長野電鉄の駅がある。あまり人は降りないし、電車の数も少ないが、深夜になると大本営に荷物を運ぶ貨物列車が到着する。

[編集] 関連項目