東海道新幹線

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東海道新幹線(とうかいどうしんかんせん)とは、日本の首都である東京と、わざわざセントラルと自称するJR東海のおひざ元である都市名古屋を経て、未だに京都市民だけが日本の首都と自称する京都を抜け、東京・首都圏へと対抗意識の塊のような価値観で、関西弁が母国語だと言わんばかりに、関西流派こそが正しいと思っている大阪を結ぶそれぞれの土地が大変に自己中心的な連中の集まり個性的で郷土愛が強く、独立心の強い土地同士を高速で結ぶ鉄道路線、及びそこで使用される列車の総称である。

目次

概要[編集]

秒速75mの巨大な物体が1時間に8本以上移動するダイヤグラム[編集]

東海道新幹線は、各種新幹線の中でも、そのダイヤグラムに超がつくほど過密に引かれている。これは、日本でも屈指の人口集中地区がいくつも並び、軽く100万人を超える人口を擁する政令指定都市や、東京都特別区1区だけでも軽く50万人は超える各都市から、別の各都市へと行き来するサラリーマンや有名芸能人、大阪のおばちゃんやシロガネーゼ、鉄道マニアといった多岐にわたった人種が乗車するという、極めて流動人口も多い新幹線として知られている。

「新幹線をご利用ください。」運動[編集]

冒頭で述べたとおり、それぞれ自分の出身都市(町村含む)こそが一番と思っている奴らばっかりなので、わざわざ別の都市に行き来する利用者はもれなくツンデレなのではないかと言われている。しかしその割合など、詳細については秘密結社・JR倒壊の最大の機密事項となっているため定かではない。それと同時に、学生の長期休暇を中心にJR6社(実はJR貨物を入れて7社という説もある)で仲良く発売される青春18きっぷ強制救済乗車路線となっている(なお、新幹線特急券と乗車券は別に買う必要がある)。そのためか、JR東海道線の各接続駅でしばしば「新幹線をご利用ください。」運動を実施中である。これについては、JR倒壊の社員がかなり徹底して教育されており、乗客がJR倒壊駅員に何を尋ねても、「新幹線をご利用ください。」と返してくるだろう。例えば、「トイレはどこですか?」「新幹線をご利用ください。」、「羽田空港に行きたいのですが、どの路線でしょうか。」「品川まで新幹線をご利用ください。」、「沼津に行きたいのですが。」「小田急新宿駅から、なんちゃって新幹線をご利用ください。」と丁寧かつ妥当と考えられる返事が返ってくることだろう。

しかし、当の371系は富士急行で短編化の末にミトーオ化されちゃったので、MSEが「なんちゃって新幹線」の後継になるけど、もう御殿場止まりであり沼津へは直通しないのだった・・・今後は「御殿場に行きたいのですが」で通じるのだろう。実際、その「なんちゃって新幹線」はJR束マルスでは買えず、JR新幹線のマルスなら岐阜・名古屋でも買えるのだから。

太平洋ベルトメイン地帯を完全掌握したJR倒壊[編集]

東海道新幹線の位置づけとして、JR東海のドル箱中のドル箱路線であり、その勢力範囲は、本来ならばより人口が相当に集中している区間である、JR西日本の管轄区域にあるべき米原~新大阪間や、JR東日本の管轄区域にあるべき東京~熱海間それぞれの区間をも、JR倒壊がちゃっかりと管轄している。これにより、同社JRが最もほくほくなのである。こんな背景もあってか、この路線の収益の一部が、今後建設されることになっている中央リニア新幹線の資金源ともなっている。参考までに、交通新聞社のコンパス時刻表を見ると、当路線に使われているページ数は、約30ページに対し、東北(山形・秋田)新幹線16ページ、上越(長野)新幹線8ページ、九州新幹線は6ページである。

必ず車内検札にやってくる新幹線[編集]

また、東海道新幹線は、必ず車掌が直接車内検札にやってくることでも知られる。実は、システム上、JR東日本のように、自動改札に指定席券を通せば、ばっちりとその乗車記録はわかる(JR東海の車掌に複数回確認した)ため、一見、人力による車内検札は不要に思える。ところが、例え乗客が、仕事や旅行疲れで熟睡していようが、トイレですっきりしていようが、食事をしていようが、ゲームをしていようが、携帯をいじっていようが、アフリカの飢饉の中で自分たちだけクリスマスを祝っていいのだろうかなどと考えていようが、容赦なく車掌が検札にやってくる。これは諸説があるが、東海道新幹線の乗車マナーは他の新幹線よりも悪く、その車内がしばしば殺伐としたエクストリームスポーツ会場となるためであることが最も有力視されている。事例を具体的に挙げていくと、自由席特急券で乗っているにも関わらず、平気で空いている指定席に座っていたり、指定席に記載された座席と異なる席を、堂々と複数の旅行者(これはマジで大阪のおばちゃん集団に多い)で占領したり、座席を他人の迷惑を顧みず、好き勝手に移動させたりと、お世辞にも乗車マナーがいいとは言えない競技者たちが多数参加しているからである。事実、JR東海によると、「機械は信じられるが、乗客は信用していない。」と言わんばかり…ではなく、はっきりとそう明言しており、一説によると、検札によって見つかる不正乗車(自由席特急券で指定席に座って乗車しているあたりから明らかにクロとなる)での収益が年間で1億円を超すとも言われている。中には、自由席特急回数券で乗車し、グリーン車に堂々と座って、本来なら不正乗車として2倍の増運賃をとってもいいだろうに、特別企画乗車券通達の車内の特別扱いにより、その差額を払うことを請求されたというのに、これを拒否して車掌によって自由席に立たされた人がいる。こともあろうか、このことを逆恨みして、わざわざ新聞に投書した猛者もいる。それ以外にも、通路が詰まっているのに、通路を挟んでおしゃべりに夢中になって通路の妨げとなっていたり(それに対して文句を言ったら当然のように逆切れされる)、何の断りもなく自分の座っている座席を対面席にしようと動かされたり、乗った駅でその前から乗車していた客にすでに動かされていたりと、明らかに東北・上越新幹線の客層よりマナーは悪い。この場合、JR東海に苦情を入れると、「より快適なグリーン車をご利用ください。」という返事が返ってくるだろう。つまり、たくさんお金を落としてくれるお客様は、いくらでも優遇しますよというJR東海らしい方針なのかもしれない。それに、これがイヤで自らの意思でグリーン車を選ぶ乗客もいるほどである。参考までに、東北新幹線上越新幹線を普段利用している人に言っておくが、この検札に関するセクションについてはほぼ実話であることを知っておこう。 煩わしい車内改札を拒否する方法は、つい最近、発生した新幹線運転士による中央線ホームライナーのライナー券を購入せずに乗車するという不正乗車事案をJR倒壊は公表していない。つまり、JR倒壊のスタンスとしては不正乗車を揉み消してしまえばいいということと受け止められるものである。 この件を車内検札に来た車掌に対し、尋ねてJR倒壊では不正乗車を揉み消し、許しているのだから、車内検札は拒否するという意思表示をすれば車内検札は受けずに済む。ちなみにこの中央線ホームライナーのライナー券を購入せずに不正乗車した倒壊工作員は前回、新幹線の切符を偽造した名古屋運輸所の所属の新幹線運転士である。 しかし最近では 自由席特急券や回数券で自由席に座っているのにも関わらずチェックしてくる区間があり(上り名古屋~静岡県あたりなど)。機械や客はおろか、グリーン席のお客様しか信用していないという事態に発展している…。

開業への経緯や背景[編集]

日本には、もともと弾丸列車計画と呼ばれるものがあって、これは戦前から計画されていた。しかし、日本の鉄道は、国土に平地にも大小さまざまな河川があって、カーブが多い上、勾配や山間部が避けては通れない。そこで、海外の技術者に「日本の鉄道のレール幅は1067mmでいいんじゃないの。領土が狭く、小柄な日本にはお似合いだぜ。」という挑発と適当な発言にばっちりと乗せられてしまい、トンネル代をケチったり、土地代をケチったり、枕木の幅をケチったりと、戦後の路線図を見ても、すでに時は遅しで日本全国狭軌路線が基本として出来上がってしまった。そこで、これに懲りた日本政府は、新幹線計画が戦後ある程度現実味を帯びて来た頃、「絶対に標準軌で作るんだ。カーブがあるなら、トンネルや鉄橋を惜しげもなく通す。関ヶ原に雪が降る? とにかく土を積み上げとけばいいだろ。時間がないんだよ。目視で緊急停車が不可能なら、人や自動車は線路内に一切入れないように、踏切なしで造ろう。侵入者対策には、架線に電気を流すついでに、柵にも高圧電流でも流しておけばいいじゃん。」とばかりに、東海道本線とは全く異なる新線を新たに通すことになった(意外なことに、もちろん営業線の間ではないが、当路線にも旅客用列車が通過し、道路を線路が横切る踏切がある)。さらに、東海道新幹線は、なんとその扱い上、実は東海道本線の支線である。というのも、現在の時刻表を見る限りマジで信じられないだろうが、東海道新幹線が開業する前の東海道本線は、特急列車急行列車準急列車普通列車、各駅停車列車、修学旅行列車、貨物列車、集団就職列車、お召し列車、幽霊列車、モーモー列車、ポンポコ列車など多数多様の種別の列車がパンク寸前なほど過密に走っていたのだ。1編成が軽く10両は超える長大な列車という毎日がエブリデイであり、主に西や南紀、北陸などの各方面に向かう夜行列車も、おおむね10分おきに東京駅から発車するという状況にあり、あくまでも全線全区間複々線化の意味合いもあったのだ。

また、ソフト面においても新幹線開発には特別な背景があった。戦時中に軍事兵器の開発をした人々も、戦後の就職口の中にこの新幹線計画の部門があり、多数この新幹線建設に関わっていたという。その時の技術を生かして、より安全に高速運転し、なおかつそれを安全に停車させる技術や、無線技術を以って、確実に目視不可能な信号機を路線上に置かず、信号速度をその都度運転台で受信できるための秘密道具であるATC信号の開発に携わったと言われ、その技術者の下半月型前ポケットから取り出して、使い方や原理を説明をしたという逸話も残されている。さらに、実験段階ですでに窓ガラスの強化にも力を入れていた。実際に鶏肉を時速200キロの速度でぶつけたり、同じく松阪牛をぶつけたり、同じく検閲により削除をぶつけたりして、これに無事合格した強化ガラスが前方の安全性を保つ目的で使われている。そしてなにより高速化において必要となるのは、巨大な電力とモーターの力であった。そのため、直流よりも高速化に有利といえる交流60Hz・25000Vでの電化が全区間で採用された(一方、東海道本線は乾電池1000個を直列につないだ電圧と同じである)。またこれだけの高圧電流は、新幹線の柵に侵入者対策をするのにも最適であった。しかし、一部の奇特な趣味の持ち主といえる感電マニアには「これでは死んでしまう。」と不評だったが、当然ながら国鉄は別の意味で「東海道本線をご利用ください。」と返答した。

まさに新幹線とは、大和魂を持つ者たちの技術や開発力によったものだったと言えるだろう。

歴史と運用車両[編集]

1964年 - 新幹線開業、高度経済成長の幕開け[編集]

東海道新幹線が東京新大阪で全線開業する。建設計画や実験線での条件をクリアし、実際に建設されるルートなどが固まり、着工後わずか5年で完成し、東京オリンピック開催の前までに開業にこぎつけた。しかし、当面はまだ実験的要素が高く、12両編成のひかり号とこだま号が、1時間に1本ずつそれぞれ交互に30分おきに出るという、どこかのローカル線のようなダイヤだった。所要時間は、ひかり号東京~新大阪間で4時間と、自宅で朝食を食べて、駅弁で昼食をとり、おやつの時間に間に合うよう配慮されていた。停車駅は、東京~新大阪間で、途中は名古屋と京都のみであったが、割とのんびりと走っていたのだ。こだま号は、三河安城・掛川・新富士・三島・品川駅の各新駅がこの時点ではまだ存在していなかったのだが、それ以外の新幹線駅に停車していた。これは、視点を変えて言うなら、本来は途中駅を何駅も通過して長距離を比較的高速運転するという優等列車の常識を覆し、初の各駅停車タイプの特急とも言える。また、このときのこだま号の所要時間は、東京~新大阪間で5時間ちょうどであった。しかし、戦後当時の国鉄ご自慢の東海道本線を走りぬく特急つばめ号が東京~大阪間を7時間30分程度、その後充当車両が151系電車になってやや高速化したものの、名称が新幹線へと受け継がれることとなる特急こだま号や、非常に影の薄い特急ひびき号とともに7時間弱かかっていたことを考えると、当時ではこれでも革新的な出来事だったのだ。東京駅からの出発が30分おきとし、ひかり号とこだま号のどちらかが発車するという分かりやすいパターンダイヤを敷いていた。参考までに、関西では割と有名なある漫才師のコンビ名も、これらの特急列車からとられたものであるが、なんとなくその立場が似ているのは、偶然の一致だろうか。まあそんなこと考える奴おれへんやろ。んなこと言われたら往生しまっせ。話がバラバラや。

1965年 - 夢の超特急実現へ・もはや戦後ではない[編集]

当初の予定通り最高速度210km/hで運転開始。ひかり号が東京~新大阪駅を3時間10分程度で運転。東京~大阪間が地上鉄路によって、3時間で移動できる可能性を目標としていた新幹線が、この年に間違いなく夢の超特急が本当に実現した瞬間といえる。これで、東京~名古屋間は、2時間を切ることに成功。これにより、東京~名古屋便の飛行機は以後撤退を余儀なくされていく。また、おやつの前に昼食を食べなければいけないという苦情は別になかったようである。そう言う人は所要時間が4時間となったこだま号を利用していたからであろう。この年から1時間にひかり・こだまがそれぞれ2本ずつとなり、以後細胞分裂を繰り返すかの如く増発されてゆく。どさくさにまぎれて、各編成個体もこの3年後くらいから4両ほど中間車両の遺伝子が突然変異し、16両となるものが現れた。乗客大量輸送の時代といよいよ大阪で万博が開かれるための進化である。何よりも技術の塊であった新幹線で主に海外の技術者に驚かれたこととは、その揺れの小ささであったと言われている。もともと日本人は、技術力に優れ、その開発力には一目置かれていた。零式戦闘機(通称・ゼロ戦)も、他国と比べて国内純正の極めて優秀な飛行機と言われたこともあるのだ。戦時中の軍事兵器である零式戦闘機を飛ばせるのではなく、世界一速く走る夢の超特急と呼ばれる鉄道を走らせることにより、みじめな敗戦国であった日本が世界の国々から見直され始めるのは、まさにこの頃、実に終戦からわずか20年後のことなのだ。しかし、その一方で、東北各地などでは、DD51機関車どころか、当たり前のようにSLが現役で運用していたのだ。

1975年 - 食堂車の連結、そしてついに新幹線は海外へ[編集]

駅弁じゃ物足りないという食いしん坊な乗客の要望により、日本食堂によって経営される食堂車を連結する。これで山陽新幹線の海を渡った向こうにある博多駅まで駅弁を買わずに済むという乗客の間で、食堂車は大盛況であった。しかし、食堂車から富士山が見えるかどうかという大変くだらない論議で、暴動にまで発展したが、国鉄の車掌が事務的に静岡駅で「存分に富士山でも見ていろ。」と言わんばかりに、新幹線が最高速度で通過中だろうと、車掌室窓口からこういう輩を叩き出すことでこれを解決していた。これは新幹線事故には含まれない。今では食堂車は廃止されてしまったが、なぜか大宮駅近くに出来た施設でのみ日本食堂の食事を今でも楽しめる。また、山陽新幹線全線開業により、しばしば東海道・山陽新幹線と呼ばれるようになった。これで新幹線を単に東海道新幹線と呼ぶか、山陽をつけるかで出身地がわかるようになった。

1982年 - 0系新幹線(・○・)襲名・北へと延びる新幹線[編集]

みちのくへと向かう東北新幹線(別名:鈴木新幹線)が、大宮駅始発による暫定開業し、そのすぐ後に上越新幹線(別名:角栄新幹線)も開業する。これらの路線専用に作られた200系新幹線が登場したことにより、東海道の新幹線車両に初めて0系新幹線の名前が与えられた。それまでは、「あれ」とか、「何をこうするやつ」とか訳のわからない夫婦ゲンカの元となるような呼び名や、「あの速いの。」とか、「飛行機みたいな顔した、高速で地上を走る汽車。」などと呼ばれ、明確な名称がなかった。しかし、新幹線の原点と言う意味で、東海道新幹線車両を0系と名付けたのは、賢明な判断であったといえよう。この0系新幹線こそが今後開発されてゆく新型車両すべての基本となった。200系新幹線は、外観上、東海道の青色(参考までに、この東海道新幹線が纏う青色は、新幹線ブルーという正式名称がある)とは異なり、帯色が緑色のラインというはっきりとわかる違いがあるが、見掛け上0系とそっくりに、かつ豪雪にも耐えられるように、線路は通る新幹線のもの、線路の上にある雪の塊などふっ飛ばせばいいというある意味ジャイアニズム的発想なコンセプトを加え、より頑丈に鋼鉄材をベースで作られた。このことが、後に起こる新潟県中越地震で大きな奇跡を起こす要因の一つとなるのだ。2004年10月23日、東京発新潟行きのとき325号が長岡駅数十キロ手前を約210km/hで走行中、この大地震の揺れをもろにくらって中間車両が一部脱線しつつも2km近い距離を脱線したまま走行し、なんとか安全に停車した。他の幸運な要素(偶然上り新幹線とのすれ違いがなかった、高架橋が阪神大震災の教訓により強化されていたため走行路線そのものが崩壊せずに済んだなど)も関わっていたことも事実だが、それでも死傷者は0人という栄誉を与えたのである。これは、一歩間違えればヨーロッパの高速鉄道事故のような大惨事が起こっても不思議ではなかった状況を回避し、その乗客150名余りと新幹線安全神話を守り抜いたということである。これと同時に、マスコミの適当な報道により、脱線したことだけを取り立てて、JR東日本を散々悪者扱いするかのように言ったが、視聴者や多くの専門家がこれに苦笑し、人命よりも不安を煽り、会社叩きするほうが大事なのかと、その頭の悪さを露呈しただけであり、ばっちりとマスコミどもの自滅と不信者を増やすことにも大いに貢献した。また、国鉄がもはや崩壊寸前であることとは別に、東海道新幹線も順風満帆に営業されたことにし、海外より借用していた借金を毎年滞りなく返済しており、なんと、前年には新幹線建設費をすべて完済したのだ。この後、時速220kmで運転するひかり号の中に、ついに東京~新大阪間を3時間を切って走るものが現れた。まさに速度面だけでなく、あらゆる付加的要素も含めて、東海道新幹線の最盛期ともいえた時代であった。

1987年 - ニュー新幹線登場[-○-]・車両も会社も世代交代へ[編集]

100系新幹線登場。初の2階建て車両付き列車で、ニュー新幹線と呼ばれ、中間に2両(後にグランドひかりという愛称のつく4両連結したものも登場)の配置がなされた。下段には一部ビュッフェ、上段がグリーン車になっていた。このグリーン車は、みな羨望のまなざしでそれを見送っていた。一度はここに乗りたいという乗客も多かったという。営業最高時速は220km/hだったが、沿線に住むうるさい住民が、うるさいとうるさく言われたため、実は275km/h出せる能力がありながら、この騒音の問題を解決できず、その能力を全く発揮できぬまま、その後を生きることになる。これとは別に、この前後した時期に、こだま号の中には、編成内の一部に細胞死を起こした編成が現れ、実は東海道新幹線でも12両編成の営業車が再び見られるようになっていた。また4月1日、国鉄JRへと、貨物も含む7社のJRへと分割民営化された。東海道新幹線は全区間がJR東海のものとなる。よく上がる話としてJR東海は、大人の事情で強引に作られた会社と言われているのだが、実は、JR各社の中でも、国鉄が残した巨大な負債(莫大な借金)をも同社に最も多く抱えさせられることにもなった。そのためJR東海株の配当金が、JR東日本JR西日本のそれよりも明らかにしょぼかったり、JR東日本は2割引、JR西日本は半額だというのに、JR東海の株主優待券は1枚につき1割引となっている。

1992年 - 時速270km新幹線(-н-)・民営化後初の新型車両のぞみ号登場[編集]

300系新幹線登場。JR西日本と共同開発と称して、JR東海がメインで270km/h運転を基本とする新種別となるのぞみ号専用車両として営業開始。ところが、明らかに0系や100系より乗車中の騒音がひどく、最高速度を上げるために、車体が在来車両よりも軽いことが逆に災いして乗り心地も悪く、故障が多発した。当然マスコミも恣意的にこれを取り上げ、当初設定されていた「のぞみ301号」が利用客の多い名古屋駅や京都駅をも通過したことと、何より後期増産は0系を置き換えるために製造が続けられた経緯もあってか、未だに鉄道マニアの多くから恨まれている新幹線である。しかし、東京~新大阪間で、停車駅を一部増やしながらも、2時間30分に近づく所要時間にまで短縮された。何よりこの300系は、それまでの形式の面影をどこかに残しながらも、今までの新幹線より近未来的なデザインを採用したことから、この車両のファンも少なからず存在し、初ののぞみ号としての栄誉が評価もされている。残念ながら、後述するが100系と似たような事情もあって短編成化はされずに、順次廃車されることとなる。

1997年 - ギネスブックに載った戦闘機新幹線(\∀/)・東海道デビュー[編集]

500系新幹線登場。全編成がJR西日本開発、所有の新幹線であり、山陽新幹線ではすでに300km/h運転デビューをしていたが、同年東海道にも、JR東海からJR西日本へと乗り入れられた(ただし、東海道区間では過密ダイヤのために最高速度は問題があるということで、時速270kmに抑えられていた。その後に登場した700系N700系も同じ)。走る巨大電気ウナギとしてメタリックな塗装をしている。車体が新幹線ブルーとホワイトが基調の車両の中でも、特に東海道ではひときわ目立って、異彩を放っていた。500系は、山陽新幹線での高速走行によってギネスブックを書き換え、戦闘機のような前面がウリで、先頭車がやたらと長く、側面の車体が丸い。それが災いして、他の車両と定員が合わないことや妙な圧迫感があるという理由や、その他JR東海によるいろんな言いがかりを元に、JR東海の手によって2010年東海道から叩き出されることとなる(詳細は後述)。なお、なぜか試作車を作らず、各車両へ課せられるOJTを基本とすることに定評があるJR西日本の唯一の試作車が存在した車両でもあり、この500系とは似ても似つかぬ風貌をしていたことから、実はこの車両は試作車ではなく、浜名湖のヌシなのではないかと言われているとか言われていないとか。

1999年 - 初代新幹線引退・量産型新幹線⊂-_-⊃が本当の海外へ[編集]

700系新幹線登場。カモノハシの異名を持ち、外観についてはダサい新幹線として、多くの人から見てくれについての評判はあまり良くなかったが、性能は270km/h(山陽区間では285km/hまで出せる)で安定した走りと居住空間を提供できるということと、車両の製造コストが500系よりも経済的に済む量産型車両ということで、そこそこ優等生という感じの車両である。おかげで、700系新幹線は、台湾へと輸出され、そちらは700T型と呼ばれ、爆音を立てつつも台湾高速鐵路を最高速度300km/hで駆け抜けている(←台湾新幹線の項目を参照のこと)。また、これと同時期に輪廻転生を繰り返し、開業の時点からずっと走り続けた国鉄ご自慢の0系新幹線が、とうとう東海道から叩き出された。

2003年 - のぞみ号雄飛・さらなるスピードの時代へ[編集]

100系新幹線が東海道から追い出される。この形式には0系や500系と異なり、各車両1両単位でモーター車がそれぞれ配備されていないという構造で、さらにパンタグラフが変な位置にあったという理由から、減車するときの改造がやたらと面倒くさかった。中には、わざわざJR東海の100系先頭車を買い取って、改造されたものもいた。そのため、短編成化も0系ほど柔軟に進まなかったことと、前述通り、出せる性能はあっても、時速270kmでの営業運転が出来なかった背景もあり、この100系が東海道新幹線からの全面引退後にすでに山陽新幹線で短編成化されていたもっと車齢が高い0系がいたにも関わらず、それよりも急ピッチで廃車が進行してしまった悲劇の車両でもある。当然、ダブルデッカー車両も転用が出来ず廃車となり、全米が泣いた。ただ、鉄道マニアからだけでもなく、今も愛されているイケメン新幹線である。現在は、4両、または6両へと短編成化されたものが山陽新幹線だけで見られる。完全にJR東海と一部JR西日本の開発車両に統一となったことをいいことに、のぞみ号が大増発され、下剋上の世を思わせるほどひかり号が影をひそめる。同時期に、値引きと称してのぞみ号にもひかり・こだま号の自由席と同じ料金で利用できるという自由席が3両連結されることになったが、前述の通り、選択肢でひかり号(通常は自由席1~5号車)が大幅に削られ、のぞみ号が大増発されたということを総合的に鑑みると、実質的には値上げである。しかも車内の新幹線放送チャイムも更新され、「前のチャイムのほうがよかったのに。」という意見が良く聞かれる。特に国鉄時代からのコアな新幹線ファンを裏切るという暴挙に出る。東海道と山陽でチャイムが違うが、特に数多くが乗り入れるのぞみ号やひかり号でも使い分けがなされている。東海道では、この年ジャニーズTOKIO)より発売された「AMBITIOUS JAPAN!」の曲をアレンジしたチャイムとなるが、聞きなれないと何かが変である。詳しくは山陽新幹線の項目に譲るが、山陽では、「いい日旅立ち」をアレンジしているチャイム(「いい日旅立ち・西へ」がベース)が使われているが、普通に聞いても「なんだか暗い感じがする。」などと、実はこの新チャイム更新については、一般人にもあまり評判は芳しくない(一説によると、「岐阜羽島」や「新神戸」の宣伝だと言う話もある)。シンプルイズベストという教訓がよくわかる事例として挙げられることも少なくない。参考までに、この更新前に使われていたチャイムは、「Do They Know It's Christmas?」という洋楽が基本となっており、アフリカの飢餓や飢饉の問題を扱った曲である。それを聴くと、途中にはっきりと新幹線の始発チャイムと分かる部分がある。

2007年 - 車体傾斜によるN700系登場{。∝。}・ドリフト走行の時代へ[編集]

N700系新幹線登場。乱暴に言えば、車体を傾けることにより、カーブによる減速を最小限に留められ、減速せずに走行して所要時間を短縮できるように設計された初の振り子式新幹線である。巨大な号車表示と巨大で派手なLEDがそれなりに評価されている。それに、700系よりも加速性能が段違いに良い(インスタントラーメンで言うと、発車と同時にお湯を入れて、出来上がる頃には270km/hに達する)のだが、完全に実用性重視の新幹線車両なので、窓なども小さく、前面の形状も、全く一般受けしていないため、100系や500系のようなコアな人気が全くない。しかし、編成の中に777-7という車番があるため、これを見るといいことがあるとか、ないとか。現在も増産が続けられ、おそらく少なくとも、300系が完全にいなくなるまで、製造が続けられるだろう。これまた、東海道ではないが、山陽新幹線に、色は「私は桜です。」と自己主張しまくっている色をしたこのN700系を堂々とパクった8両の新幹線がたまに目撃されている。

2010年 - 500系新幹線東海道から引退・GO WEST!![編集]

2月28日、多数のファンに見送られながら、新幹線史上最もカッコイイと言われてきた500系新幹線が東海道新幹線から引退。ニュースでも割と大きく扱われた。この後、のぞみ号が一部を除き、多くののぞみ号はどんどんとN700系へと置き換えられている。また、500系は8両に切られて山陽新幹線のこだま号として再出発するが、切られて余った8両の車体は、土用の丑の日にふるまわれることになっている。しかし、この500系引退からすぐにまるでタイミングを見計らったかのように、東京行きのぞみ号として山陽区間を走行していたN700系の車内一部12号車で、まるで誰かがバルサンを炊いたかのように煙に巻かれて新幹線が運転を見合わせた。原因は車輪の部品やオイル部分が老いるという不具合を起こしたとされ、営業中のN700系全編成がセルフリコールの対象となった。このように、N700系の先行きが不安視されているが、同じ愛知県トヨタ自動車のまねをしていたかったとか、500系を引退させた恨みによるものだとかその真偽を問わず諸説飛び交っているが、JR東海の手によって詳細は検閲により削除されている。また、JR東海では、名古屋~新大阪間でも300km/h運転するかもしれないと、自動車教習所で習う「かもしれない運転」を示唆する発言をしている。そのうち、空を飛ぶのかもしれない。実際にJR東海は、宙を浮く新幹線を自費で作ろうとしているのだ。しかしながら、JR東海に限った話ではないが、不景気を理由とした、民間企業が奨めている、出張差し控えという名の会社内ひきこもり政策と、政府が推奨する高速道路の割り引き・無料化実験という名の二酸化炭素増加推進運動のあおりをもろに受けて減収減益となっており、実際は夢のまま終わる可能性も出てきている。

各駅紹介[編集]

東京駅[編集]

東海道新幹線の起点駅兼公式エクストリームスポーツ会場。当路線は、14番線から19番線までの6つのホームがある巨大駅である。しかし駅全体をよく見ると、地上ホームの番線がなぜか番号の若い順になっておらず、東北上越系統が発車する23番線の隣が14番線となっている。これはJR東日本が2つの番線を持つホームを増設した際に、「14番線を東北上越ホームの番線として、番線番号を1つずつずらしてやらないか。」とお願いしたが、JR東海が、新たに必要となる20番線という数字に対し、「すごく…大きいです。」と嫌がって駄々をこねたため、JR東日本が折れた結果である。おかげで、ただでさえ、迷いやすい東京ダンジョン駅で、地方からのおのぼりさんに対して、さらに迷いやすくするということに一役買うこととなった。東京駅には、JR東日本だけでも地下ホームも入れると1番線から4番線までは、中央快速線山手線内回り・京浜東北線北行以外に、総武地下ホームと京葉地下ホームにもあるというのに、当然ながら、11番線~13番線は欠番している。これ以外にも、東京駅両端側に目をやると、明らかに東海道新幹線と東北新幹線をレールを敷いてポイントでつなげそうなところがあるにも関わらず、レールが一切つながってはいない。これはどうやらJR東日本とJR東海の両社との間に何らかの大人の事情が絡んでいると言えるだろう。なお、もしもレールがつながっていればあさま号に限り、交流50Hzと同60Hz両方に対応しており、車体も、ほとんど東海道新幹線のものと変わりがないため、物理的な相互乗り入れは、理論上はその車両をあまりいじることなく可能である。

品川駅[編集]

平成に入って開業した新駅。今後さらに過密になっていくであろうダイヤをさばくべくこの駅発着のためにバブルの発想丸出しで計画・建設し開業させられたが、現実は、一部当駅発の列車があるものの、結局は単に車庫があるだけである。結局はJR倒壊社員が東京本社から東京駅に行く際にお隣の会社の車両に乗車させないためだけに作られた。しかしそれだけでは建設させてもらえなかったので、利用者の拡大を目指し、世田谷区などに路線を張り巡らせている東急沿線や、品川区などを通る京急沿線の住民に東京都の西部沿線利用客の東海道新幹線へのアクセスが便利になった駅ですよと吹聴することで出来た駅と世間体ではなされている。ここでも、JR東海とJR東日本で縄張り争いがあったが、結果的にJR東日本のほうがもともと広い敷地を占有していたこともあって、JR東日本側がはるかに優勢な構造となっている。おそらく東海道新幹線の切符を買おうとしても、最初に目に入るのは、まずJR東日本管轄の窓口だと思っていい。今もこの新幹線ホームに近い位置に乗り場がある総武・横須賀線ホームで、当てつけがましくかつての東海道新幹線チャイムを発メロに採用するなど、未だに冷戦状態が続いているといういわくつきの駅でもある。過去は、ひかり号とのぞみ号が乱数表をもとに停車する列車を決めて止めていたため、停車駅を時刻表などであらかじめ調べておく必要があり、ややこしかったが、だったら面倒くさいし全部停めてしまえということで、今はすべての旅客列車が停車する。そういう意味では、今度の2010年春改正後も、一部のとき号、あさま号、つばさ号などが通過するため、東北新幹線上野駅よりまともな扱いをされているとも言えなくもない。

新横浜駅[編集]

焼売の産地。きっと、駅近くの景色には、焼売の実がなった木を何度も見かけるだろう。乗り換えは横浜市営地下鉄もあるが、東神奈川駅あたりから合流して横浜駅を通り、根岸線まで乗り入れるJR横浜線もある。当駅に関しては、JR東海のほうが縄張りとして優勢であり、ほぼJR東海の駅と言ってもいいほど、オレンジである。そのついでに緑のJR東日本の路線は、肩身が狭く申し訳なさそうに高架下を走っている。JR東日本は、これが原因なのか、横浜線ダイヤを引くときに、快速を中心としてほとんどの列車をあえて新幹線到着時間に合わせないなど、乗客を苛立たせるダイヤとなっている。別の解釈をするならば、「あざみ野駅など東急田園都市線沿線へ行くような屑人間は、地下鉄でも使ってろ。バーカ」運動で田園都市線沿線住民などを侮辱しているようだ。このように、ここでもJR東日本とJR東海の敵対関係が垣間見れる。品川駅同様、ひかり号とのぞみ号が適当に止まったり、時々通過していたが、今は面倒くさいので全部の旅客列車を止めている。そういう意味では、今度の2010年春改正後も、一部のとき号が通過するため、東北新幹線の大宮駅よりまともな扱いをされているとも言えなくもない。

小田原駅[編集]

かまぼこの産地。きっと、駅近くの景色には、かまぼこ畑を何度も見かけることができるだろう。この駅は、難攻不落の駅として知られ、例え切符を持っていようと、新幹線ホームまで、20万の軍勢でこの駅を取り囲み、JR東海がその攻撃に耐えられず、降伏して改札を開かないと入場できない。この駅を陥落させるのが不可能だという人を救済する目的で、JR東海道本線小田急小田原線がある(もっとも朝一番のひかりが停車しているところをみると、JR東海を降伏させるチャレンジャーは多いようである)。特に湘南新宿ラインに関しては、当駅までの特別快速が半数を占め、JR東海を冷やかしているようにも見える。また、小田急の力を借りて、同じく沼津方面から、途中で合流し、JR東日本の本社がある新宿駅までJR東海の似非ミニ新幹線が乗り入れたりと、互いに挑発的な様子が垣間見れる。やはりここでもこの2JRについては、お互いに兄弟げんかが絶えないのではないかと、邪推される。さらに、あんまり関係ないように見えるが、いわゆる中堅地方私鉄といえる路線については、小田急が途中の箱根湯本まで強引に一方的に乗り入れているという、駅の隅っこから申し訳なさそうに発車する箱根登山鉄道と、同じく伊豆箱根鉄道があるが、後者の金太郎線は、単線の地方私鉄なのに12分間隔ネットダイヤ運転をやったりしている。地方鉄道なりに、なんと昼間ですら6分に1本という高頻度で運転を行っている静岡鉄道同様かなり善戦していると言えよう。この先、やや山間部を通るが、しばらくやや遠くで並行する東海道本線のエクストリームスポーツ開催状況を車窓から眺めることが出来る。

熱海駅[編集]

温泉の産地。きっと、駅近くの景色には、温泉まんじゅうの房がぶら下がったビニールハウスを何度も見かけることができるだろう。温泉まんじゅう狩りのために伊東線とそれにつながっている伊豆急行に乗り換えられる。この駅は、前後がトンネルに挟まれており、新丹那トンネルという東海道新幹線最大の長さを誇るトンネルがある。なぜか、ここで停電事故が起こることがよくある。当駅で、JR東日本の特急踊り子号の利用客を掻っ攫うために、ひかり号が止まることがある(また後述する当路線で常時行われる運動が理由に含まれる)。東海道本線は、ここでJRの管轄が変わるが、標準的な編成として、東(JR東日本管轄)に行く車両が短くて10両、西(JR東海管轄)に行く車両が短くて3両(場合によってはトイレがない編成が来ることもある)という状況で、西に向かうのは、一部東京方面からの乗り入れを除けば、乗客がロングシートに押し込められ、まるで荷物のように扱われていることが良く分かる。当駅はもちろんのこと、ここから西の多くの新幹線接続駅で本格的に「新幹線をご利用ください。」運動がさかんなのだとたびたび実感することになるだろう。

三島駅[編集]

みかんの産地だが、伊予三島のほうが伊予柑と呼ばれる、これでもかという巨大な柑橘類が取れることで有名。そういう意味で蜜柑(みかん)という共通項でこの2つの駅の関係がつながっている。よく見ると、JR東海道線はもちろんのこと、ひそかに小田原駅から東海道本線で一応つながっている伊豆箱根鉄道駿豆線の修善寺行に乗り換えられるので、熱海駅同様、温泉の産地であることには変わりない。・・・と思ったら、JR東日本管轄東京駅から特急踊り子号を一方的に送りつけているため、あまり目立たないのか、意図的に目立たせていないのか、その辺は何らかの大人の事情が関わっているのだろう。当駅は、JR東海による「新幹線をご利用ください。」運動のためにある駅じゃないかと思われがちだが、駅間が短く(熱海と三島の間には東海道線ですら函南駅しかない)、たいていの東海道本線に乗っている乗客にそれを無視されている。むしろ、開業当時にはなかった新駅ながら、ひかり号が止まることもあり、ここまでのこだま号が結構多数設定されていたりする。駅名の通り、ここまでで終わりという完結を意味とした、未完(みかん)の産地でもあるという掛け言葉なのだろう。しかし東海道新幹線はまだまだ先が長い。影に沼津がいるのは誰も知らない。

新富士駅[編集]

名前の通り、富士山の産地。新幹線駅のみからなる駅なので、東海道線には直接乗り換えられないが、この付近から天候が良ければ(場合によっては三島を過ぎてから)富士山の風景を存分に楽しめるだろう。ここでいきなり北海道にワープすることがあるらしい。実は、地図で良く見てみると、東海道線富士駅とそれほど離れていない。初めから計画されていたならば、若干ルートを北部に通したり、東海道線吉原駅か、東田子の浦駅あたりに駅が出来ていたのかもしれない。この先、東海道新幹線以外の幹線(東名高速道路・東海道本線・国道1号線)が並行しつつ遠景として富士山が、目の前には海岸が見えるという、非常に景色が素晴らしく、単に風景撮影するだけでも最適である有名な区間があるが、東海道新幹線はトンネルの中なのだ。某名誉会長が大石寺に移動しやすくするために作られた駅ではないかという噂話があるが真相は不明。

静岡駅[編集]

政令指定都市となった駿州一の大都会、静岡市の中心駅。数多くののぞみ号の待避のためという理由がメインで1時間に1本ほどひかり号が止まる。他に、「新幹線をご利用ください。」運動のために停車するのだという説もある。それ以外の理由はない。言わずと知れたお茶の産地。これがどれほど浸透しているかと言うと、8号車から10号車の間に乗っている乗客からは「静岡と言えばお茶、お茶と言えば宇治茶。」と返事が返ってくることだろう。宇治茶(京都府)は高級茶として知られており、決して両者が双方向の矢印で結べないいう悲しき関係であることは、触れないほうがいいだろう。駅前は、結構発展しており、実は静岡に本社を置く企業も多いのだ。過去には静岡市付近を駿府と呼ばれたことがあり、歴史は決して浅くはなく、時の天下人豊臣秀吉の指示で、現在の東京都へと移動を強いられ、かの徳川家康もこの地を離れるのを名残惜しんだとされている。つまり、場合によってはここ静岡が日本の首都となった可能性も十分あった訳である。しかし、ばっちり家康が家臣団などにゆかりの深いものなど、移動できるものはすべて江戸へと移動させたため、それまでのものが丸々東京へと移動させられた。それゆえ結局、静岡が思ったよりも主要化されなかったという逸話もある。東海道本線の普通電車は、313系を名乗るのもどうかと思うほどの2600番台という小分類に属するオールロングシートが、古参の211系5000・6000番台(トイレがないので、もちろんばっちり全席より完璧なロングシートである)などと仲良く併結して待っていることもある。この付近の種別は、ほぼ普通電車だけな気がするので、別に1色でもいいと思うのだが、この静岡所属の313系電車は、この長距離移動する人々に車内設備については絶大なる不人気を誇りながらも、行き先表示にフルカラーLEDを装備している。あの派手なLEDが必要なのかどうかについては、「もっと色や種別表記が必要だろ。」と思えるような、小さくやる気のなさげなしょぼいLEDを、まともに動くのが不思議なほど車齢の高い国鉄の車に、一部が魔改造された上、無理やり装備させられているJR西日本岡山支社とまるで対称的であると言える。このことから察するに、マジで確実にいると思われる山陽本線西方面から青春18きっぷで移動してきた人も少なくないであろう東海道線で、こっちが見栄張りサービス過剰であり、あっちがケチ経済的だとか身も蓋もないことを思ってはいけない。どちらにせよ、総合的に見て、JR東海はもちろんのこと、秀吉も家康も、もとは愛知県にゆかりがある者たちであり、運命のいたずらか、傍から見ると異様に冷遇されているように見える。あまり目立たないが、当駅で非常に高頻度で運転している静岡鉄道とも新静岡駅で乗り換えが出来るが、少し遠い。また、それに対抗しているのか、JR東海もこの付近ではおおむね10分に1本が区間運転をしており、在来線への乗り換え自体は不便ではない。ただ参考までに、ここから降りて、鉄道のみの利用で同じ静岡市にある大井川鐵道井川駅よりも、東京駅に行くほうが、新幹線を使わずとも早く到着できることが確認されている。もっと知りたい人は借力DQNな辞典を参照。

掛川駅[編集]

停車はこだま号だけであるため、あまり目立たないが、国鉄二俣線改め天竜浜名湖鉄道に乗り換えられる。サッカーボールの産地なので、すいかの代わりにサッカーボールが多数出来ている畑を目撃するであろう。この付近は、新幹線のある駅だけでなく、東海道線周辺地域駅の各地で蹴鞠をアレンジしたこのサッカーという競技が盛んに行われており、今川氏真の影響を色濃く受けている地区でもある(←詳しくは東海道本線の項目参照)。この駿河国甲斐国との間で、富士山がどちらの国のものか、不毛な縄張り争いをしていることが、まさしくそれを現代社会にまで尾をひいている象徴といえよう。

浜松駅[編集]

政令指定都市となった遠州一の大都会、浜松市の中心駅。ひかり号が数多くののぞみ号の待避のためという理由がメインで、たまに1時間に1本ほど止まる。他に、「新幹線をご利用ください。」運動のために停車するのだという説もある。それ以外の理由はない。言わずと知れたうなぎの産地。なんと、そのうなぎを原料とした夜のお菓子を買い忘れないように気をつけよう。このお菓子は、昼間にも買えるが、昼間に売りに出す商品は浜名湖産うなぎではなく、中国産のそれなので注意が必要である。ここから西に行くと、しばらくは東海道本線とほぼ並行して走り、浜名湖を渡る。その風景は太平洋と挟まって走っている状態から、湖と大洋が同時に見られる。新幹線ながら、富士山と並んで楽しめるスポットである。ここから乗り換えは、東海道線のほかに、遠州鉄道がある。これで、南北にショートカットし、天竜浜名湖鉄道に乗り換えが可能である。実は、たまにだが、やたらと運用の長いクロスシートの普通電車が西から流れ着き、乗り換えることが出来る。これは、浜名湖の凪や、西から吹いてくる季節風によるものだと考えられているが、これは土日に比較的多く見られる現象なので、その信憑性については微妙である。それ以外については、いまさら何も言うまでもない。

豊橋駅[編集]

忍び返しで厳重に立ち入り禁止となってはいるが、珍しく在来線である東海道線などとほとんど高度が同じ地上駅。車窓からは2011年くらいまでに廃車されるという117系のお昼寝会場として有名であり、これらが車窓より多数お昼寝しているところを見られることで有名である。他のJR東海車両よりも最高速度が時速110kmと遅く、車体構造も2つドアであることが災いして乗降の際により扱いにくいために、このように放置されている説が濃厚であるが、最近では、東海道線大垣以西を担当することも多くなっているようだ。この車両は、踊り子号などとほぼ同期で、車齢こそ割と高いものが多いものの、強引に関東では特急電車(無粋なことを言えば、座席などは急行列車レベルであるが)として走らせるつもりだったものを、無理やり普通電車仕様にした電車であり、車内が普通電車にしては、妙に高級感があるクロスシートの車である。そのタネを明かすならば、大元は、私鉄との競合が確実に日本一激しい関西地区の新快速置き換え用に造られた車なのだ。それを国鉄時代に、名古屋鉄道との競合で完璧に負けていた名古屋地区も欲したという経緯で中京地区にも多数在籍しているのだ。が、こんなに素晴らしい車両であり、むしろ2つドアなら、それほど速度を出す必要のある区間でもなく、基本編成も最低4両なので、サービス向上の意味でも使いやすいであろうが、なぜか静岡支社へと転属されない。当駅では、場合によっては浜松方面からクロスシートの車が入ってくるが、東に向かう多くの普通電車が熱海で見たようなオールロングシートの車ばかりである一方、西に向かう多くの(快速なども含む)普通電車は最新式で、派手なLEDを装備を十二分に有効利用されたオールクロスシートの電車が走る様子が確認できるだろう。ここで、愛知県に入ったことを実感できる。当然静岡方面へ向かう乗客に、「新幹線をご利用ください。」運動のためにたまにひかり号も止まるという要素を忘れてはいけない。しかし、のぞみ号は通過線を通って名古屋・京都方面や東京・新横浜方面へと向かってゆく。また、駅構内で同化してしまっている印象があるが、実際にJR飯田線と混ざるかのように、名古屋鉄道に乗り換えが可能である。さらに、これも目立たないが駅前から豊橋鉄道(東田本線・渥美線)に乗り換えられる。このように、当駅がどうみてもJR東海のみからなる駅としか思えないあたりが、いかにもJR東海らしいといえばらしい。

三河安城駅[編集]

隣は名古屋駅で、同じ愛知県にあるというのに、のぞみ号は当然のように通過し、ひかり号も全列車が通過し、こだま号も全列車が通過する。しかも東海道線は、なんと区間快速電車さえもこの駅を通過していく。傍から見ていても駅ホームが互いにやたらと遠い。このように例外的に、「新幹線をご利用ください。」運動がなされていない駅であるが、扱いが山陽新幹線新倉敷駅といい勝負なほど適当感が漂う。しかし、隣の東海道本線安城駅は、各駅停車から特別快速まで停車する安城市の中心地として栄えている。また、定刻通過を報告するための目安場所となり、ここを通過するたび乗務員からアナウンスが入る。そのため、岐阜羽島駅よりは存在価値がある。

名古屋駅[編集]

JR東海帝國(別名・名古屋共和国)の首都駅である。ここも豊橋駅と似ていて、東海道本線と海抜高度がほぼ同じで、並行して在来線各路線と互いの列車が横目に見られる。もちろん、仮にも人口200万都市だというのに、関西本線のタブレット交換や2両編成の気動車という大変ほほえましい光景も見られる。関西本線に限らず、やたらと長いホームに、2両というのは、東海道本線の普通電車でも見られる。使う階段によっては、乗り換えの際、恐ろしく遠くに乗りたい列車が止まっていることもよくあることである。これは、暗に駆け込み乗車を推奨しているのかもしれない。実は、ベルが鳴って、その電車に全力ダッシュしようと、それでも間に合わないことがある。これが意味することはつまり、もう書き飽きたが、例の運動のためだろう。しかし、新幹線は常に16両なので、JR東海が新幹線専用鉄道と理解するのに十分なほど安心設計である。この駅から新大阪方面へ行く際、こだま号のような各駅停車となるひかり号があり、俗称としてひだま号などとよばれることがある。JR各線や地下鉄線、貨物線を乗っ取って無理やり開業した名古屋臨海高速鉄道りんかいあおなみ線名古屋鉄道と、中部地区なのになぜか近畿日本鉄道名古屋線)にも乗り換えられる。人口200万以上の政令指定都市であるが、この駅前が市の中心ではなく、庶民にとっては地下、マニアにとっては大須がメイン市街地である。そのせいで、夜間ここで降りると食料調達などに困ることが多々あるだろう。特に、ムーンライトながら号に乗るために食料を調達しようと思うと、「どこのシャッター街だよ。」と突っ込みたくなるだろう。ちなみに、岐阜尾張一宮に行っても状況は同じなので、気をつけよう。また、秘密結社・JR東海の本社があるのもここである。

岐阜羽島駅[編集]

岐阜県民にも、「こんな政治駅いらない。」「岐阜羽島駅? 使ったことないなあ。」「岐阜羽島インター? え、違うの?」「岐阜羽島駅? なにそれ美味しいの?」と言われる駅。何しろ中心地にあたる岐阜駅と、名古屋駅で在来線に乗り換えて移動しても20分かからないのだから当然である。この付近で名神高速と上下クロスして、ICの名前も当駅と同じようにしてある。しかし、名神高速のほうは、IC名を当駅と同じように併記はしているものの、まるで前者を強調していると言わんばかりの岐阜(羽島)という意味と同じであり、羽島市への扱いが相当アレである。ここから各駅停車タイプのこだま号が止まり始めるが、ここでのぞみ号の通過待ちも結構ある。名鉄羽島線に乗り換えられるが、単線で、極端に接続が悪いことに定評がある。しかし、関ヶ原付近がスキー場になったときのために、ホームがそのための退避用設備を用意しており、停車線が多い。いらないようで実は運用上は重要な駅として知られる。が、「だったら近鉄(現在は養老鉄道)養老線が大垣市の南部にでも駅を作ればよかったじゃない。」などと言ってはいけない。土地問題や大人の事情でもめたのかもしれないが、皮肉にも、この養老鉄道を当路線がまたぐ付近には、開業後50年近く経ったというのに、そのまわりは未だマジで平地と広大な田んぼが広がっている。駅前には誰かの像がある。誰であるかはお察し下さい

米原駅[編集]

北陸本線との分岐点。岐阜羽島駅の項目でも少し触れたが、この付近のせいで、特に冬場は東海道新幹線のダイヤが乱れまくる。ここは雪対策に、赴任すると寒冷地手当が出る会社があるほどだというのに、適当にスプリンクラーが装備されているが、滋賀県の雪は、車窓からばっちり見える伊吹山にスキー場があることから明らかなように、白くなる程度にそれなりの雪が降る。上越新幹線のような雪対策の装備が容易な高架橋で作らなかったことが災いしているのだ。駅周りの開発が適当に進められているが、それでもびっくりするほど閑散としている。それもそのはず、今では強引な軍事侵攻や侵略、併合を繰り返し、米原市(まいらし)となっているが、もともとこの駅は、米原(まいら)町という町にあった駅だからである。本当は後者の「まいはら」の読みのほうが正しいということは、名神高速北陸道の分岐する米原JCTや米原ICのローマ字に注目すれば分かるだろう。しかし、ここでも各駅タイプのひかり号が主にのぞみ号の通過待ちで止まるのである。この駅の西隣に無駄な新幹線駅が出来そうになったが、住民が新駅反対というマニフェストを支持し、それが回避されたため、今でもなお東海道新幹線で最も長い駅間区間を誇っている。先述したが、ここから、当路線から見て並行在来線にあたる東海道本線は、JR西日本の管轄である。だが、品川駅や新横浜駅のように駅の中が縄張り争いでカオスなのかというと、そうでもない。これは、JRだけでもホーム本数は、在来線では1~8番乗り場まであり、新幹線ホームも2本の番線がある。JRの管轄が分かれる熱海駅と十分肩を並べられるほどであるが、米原駅自体がそれほど大きな駅ではなく、はっきりと新幹線のりばと在来線のりばがコンパクトにまとまっているためであろう。こう考えると、JR東海とJR西日本は、対JR東日本ほど縄張り争いやいさかいが多くはないのだろう。それでも、新幹線で米原から降りて、JR東海管轄の在来線で関ヶ原方面に向かう場合、JR東海の路線だというのに、タッチ&ゴーでTOICA(及び相互利用できるICカード類)は使えないので気をつけよう。無論のこと、東海道本線には、米原からは「新幹線をご利用ください。」運動を実施中であることを明示している案内を見ることができた(現在は醒ヶ井駅付近にあった案内は撤去されている?)。ついでに、滋賀県民すら知らない人がいるが、近江鉄道に乗り換えが出来る。

京都駅[編集]

遷都1200年と自称し、未だに首都と言い張る京都人たちの駅で、道行く京都人の誰に聞いても「こっちが日本の首都どすえ。天皇家が江戸のお堀にちょっとお出かけしてはるだけですわ。」と言いはる。駅は、時間帯によっては3分おきにホームに電車が入ってくる。その様子は、番線を相互に利用して、片方を出発させると同時に、次の電車が向かいのホームに入ってくるというのを無限ループで繰り返し、見ていてそれなりに飽きさせないので、途中下車の際にはチェックしておこう。まあ、あの列車本数をたったの2本のホームで、過密ダイヤの入線と発車をスムーズにやろうとすると、そうなるのも納得できなくもない。転轍機(ポイント)が痛むのではないかと思われるが、京都駅には全旅客列車が停車するので大丈夫なのだろう。一見、烏丸方面から見ると、JR西日本に侵食されているように見えるが、ちゃっかりと近鉄方面の領土を割と広々と確保しており、八条口からは出入りが楽である。そのため、修学旅行生が多数ホーム入口の高架下のエスカレーターがある広場の中で座り込み、付き添いの担任教師などが点呼したり、同じく付き添いの校長先生が「家に帰るまでが修学旅行ですよ。」などと説教をしたりする場面がしょっちゅう展開されている。乗り換えに、JR西日本の各路線とではなく、奈良へのご利用は「近鉄をご利用ください。」運動を実施中である。駅の構造上、近鉄京都線への乗り換えのほうが便利で、そもそも、米原から新大阪までJR西日本と競合しており、全力で味方についているわけではないことも指摘されている。奈良の中心地は、JR奈良駅ではなく、互いに結構離れたところにある近鉄奈良駅付近なのだ。ただ、JR西日本が高架の駅にしたり、駅周りを便利にしたりと、これでもかと駅前開発を進めているため、今後変わっていく可能性はなきにしもあらずである。しかし実際のところ、奈良へとセットで修学旅行に行く学生は、貸切バスか、普段は京都⇔奈良で、古都の空気を互いに運びあっている近鉄特急を使う。しかし、ある程度乗客のそれぞれの目的に応じて住み分けが出来ているためか、わざわざここから米原や新大阪までだけの区間で新幹線を利用するのは、在来線特急料金が半額となる乗り継ぎ割引などを使おうとたくらむ人か鉄道マニアくらいのものであろう。新幹線利用では、新大阪駅までの所要時間が13分程度に対し、新快速は130km/h運転で、新大阪駅まで24分程度のものもある。京都市営地下鉄烏丸線にも乗り換えられるが、利用は北部に行く場合だけにしておこう。南部に行くと、くいな橋駅までならともかく、所要時間も遅い上に結局近鉄京都線の竹田駅で合流したあげく、運賃も近鉄より余計に徴収されるか、その先の京都線各駅などに行くならば近鉄の料金と分けて計算された額を支払わされる羽目になる。2012年ごろになると新幹線側出入口である八条口に住み着いた2人の家なき子が定期的に糞尿をまき散らすという事案が発生。京都市所有の土地だが管理を委託されたJR東海がほとほと困り果て京都市に何とかしてくれと頼んだところ人権を盾にサボタージュ。2013年に入って報道されたことによりやっとこさっとこ市が説得を開始し1人が引越しをすることになったもののもう1人はまだ頑張るつもりらしい。

まあ要は、まだ岐阜羽島の方が良いってこと。(環境面とかでは)

新大阪駅[編集]

東海道新幹線の終着駅。ホームは7本あり、主に、東海道で完結する列車は、たいてい20番線を除く適当なホームで車庫に入るために回送となったり、場合によっては、そのまま清掃・座席転換を行って、東京方面へと折り返す。このまま、山陽新幹線へと突入していくのぞみ号やひかり号があるが、ほとんどのこだま号はここですべて折り返している。山陽新幹線に乗り換える人も多いため、今では全く終着駅という印象は薄く、東海道・山陽新幹線の呼び名が定着した形となっている。駅自体はさすがに巨大で、なぜか番線(JR西日本では通常、乗り場という言葉が使われる)の数字に下駄を履かせている。ここで、貨物線を含むJR東海道本線JR京都線)と大阪市営地下鉄御堂筋線に乗り換えられる。御堂筋線への乗り換え距離はやたらと長く、出口にもよるが、歩いたり、階段を下りたり、歩いたり、また階段を上ったりと繰り返す必要があり、乗り換えには普通に歩いて最低5分はかかるほど遠い。しかも、地下鉄と言っているのに、御堂筋線は地上(それも東海道本線よりも高いところ)を走っていることに注意しよう。これは当然、異様なほど道順が複雑で、移動距離が長いこととも関係がある。今後サツマイモ輸送のために、九州新幹線とレールがつながり、鹿児島県からサクラが季節を問わずにやってくる。東海道新幹線への乗り入れは、JR九州が「やっぱり新幹線だ。1000人乗っても大丈夫。」というCMを打たなかったことと、乗客は全員サクラだと勘違いされたことと、8両編成で名古屋駅で述べたような理由により、JR東海は全力で拒否している。が、これを受けてとりあえず、新たに27番線ホームが増設された。このホームにだけ、ホーム柵が設置されている。無駄に綺麗。なお、この27番ホーム、阪急王国がJR西日本に喧嘩を売るために用意していた場所だったが、神戸の地震でそれどころではなくなり、放棄された場所をちゃっかり使っているというのは、公然の秘密である。

運用種別と車両[編集]

営業運用車両は、JR東海の方針から、すべて16両編成の車両が使われている。たまに黄色い新幹線が走ることがあるが、これは黄色い救急車同様、あれな人を運んでいるので、ドクターイエローと呼ばれているのである。もしもこれを目撃したとしたらかなりラッキーである。

のぞみ[編集]

言わずと知れた東海道新幹線の主力列車。かつては、300系から始まり、500系、700系と常にJR民営化後に開発された新型車両が使われ続けたが、2010年春のダイヤ改正で、東京~博多間を走る定期運用は、N700系という振り子式新幹線にすべて置き換わる予定である。「ひかりより速いのぞみ。」という文言は、のぞみ号が出る前に発言すると、特殊相対性理論から考えても、ただのおかしな奴と思われていただろう。2003年にはひかり号の立場まで奪い去り、最も多い種別となる。現在の時刻表はほとんどまっ黄っ黄である。停車駅は、東京から新大阪までの間、たった一つの例外もなく、すべての運用が2009年のダイヤ改正により、品川、新横浜が加わり、名古屋と京都に完全に統一されている。所要時間は、2時間半前後である。常に最新式の新車メインが入るのは当然この種別である。気のせいか、次の項目に挙がっているひかり号の速達型よりも停車駅が多くなっているということは、公然の秘密である。そして古くなっていったものが、山陽新幹線などに、車両を短縮されまくってこだま号など平家物語に出てくる平氏のように、落ちのびてゆく。そのためか、山陽新幹線の福山駅では新・平家物語というお菓子が売られている。

ひかり[編集]

詳細はひかり (列車)を参照。

のぞみ号の補完的列車。充当は、過去0系、100系と始まり、これらの引退後に初代のぞみ号として使われた300系のお古へと置き換えられ、さらにこれも叩き出されてその多くが同様にのぞみ運用から追い出された700系に統一される見込みである。送り込みや運用車両の都合で、N700系が充当されることもある。ひかり号というネーミングセンスは、まさに高度経済成長の夢を乗せた新幹線らしく、開業当初から今も生き続けているよい愛称だが、ひかり号は、よく考えたら、このようにのぞみ号登場から常にお古がメインで充当されているあたり、優等種別だというのにJR東海の手によって結構ひどい扱いを受けている気がする。ただ新横浜朝一番のひかり493号に限っては、名古屋~新大阪間の所要時間で最速レコードをもぎ取っているなどそこそこ良い扱いな気もする。停車駅は、非常にランダムで、三島と品川を除く開業後出来た新駅は通過したり、停車したりと良く分からない停車駅パターンであるが、静岡に止まるものは原則浜松にも停めるなどをしており、静岡県に配慮をしているように見せかけている。参考までに、2010年ダイヤ改正後も、定期ひかり号の中に、東京から新大阪へ行く際、三河安城駅と静岡県に6つもある駅だけを通過する運用がある。基本的に停車駅を増やしつつも、東京~新大阪間3時間としている。今はのぞみにも乗れない人が使う。混雑時期は指定席は混雑していても自由席は空いているケースが多い。

こだま[編集]

16両つないでいても、明らかに乗車率が高くない新幹線を見たとすると、たいていこれである。16両編成の半分ぐらいは自由席であり、何をやっても自由である(その代償である責任は、自己責任とされている)。それでも通勤用に朝夕に三島や静岡、浜松まで行く運用などがあり、東海道新幹線における縁の下の力持ちである。当然、東海道本線だけを利用して移動しようとする長距離旅行者(主に青春18きっぷ利用者)に対して、常に行われている「新幹線をご利用ください。」運動のメインの受け皿となる種別という重要な役割を担っている点を見逃してはいけない。また、JR東海の手先である旅行会社、東海ツアーズが発売している商品であるぷらっとこだまが、普通車指定席だけでなくグリーン車まで利用できるため、ひそかに安くのんびりと行きたい人には人気の列車なのだ。この種別に充当されるのは、現在徹底的に酷使されまくった300系のお古が主流だが、すでに廃車が進行中(2011年春までに引退予定)であり、最近では700系のほうがメインになってきている。特筆すべきは、これだけ過密ダイヤを敷いているにも関わらず、東京~新大阪間の所要時間は、新幹線開業から高速化した頃と変わらずほぼ4時間程度であることだろう。

ドクターイエロー[編集]

詳細はドクターイエローを参照。

関連項目[編集]

Wikipedia
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Keiyolinenewcommutertrain.jpeg この「東海道新幹線」は、混雑がひどく、両数を増やす案が出ています。両数を増やして下さる協力者を求めています。  (Portal:スタブ)