東海地震

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
移動: 案内検索
この記事にはユーモアが不足しています。治療には十分な栄養と日光愛情新しい顔が必要です。
ユーモアの摂取方法にも十分気をつけましょう。

東海地震(とうかいじしん)とは、関東東海地方に多大な影響を及ぼす爆弾テロのことである。

この地域では、周期的に爆弾が投下され、近い将来に再び原爆が投下される恐れがあり、警戒されている。このテロによって発生する災害を、「東海大震災」と呼ぶ。日本国民の大半は「東海地震」の名を知っており、国民に大変恐れられている。

Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「東海地震」の項目を執筆しています。

概要[編集]

昔から何度か、100~150年周期でこの地域では建物や橋などが爆破されたりしている。しかし、最後に発生したテロからすでに150年以上経過しているため、近い将来にこの地域には大規模な原爆が投下されるのでは…と恐れられている。

もっとも、来る来る…といわれてかれこれ150年、未だに来ていないため、しばしば行動の遅いやつのたとえとして使われる。

推定[編集]

地震[編集]

万一このテロが発生した場合、東海地方から関東地方にかけて、莫大な被害を受けるとされている。それは過去の例を見ても明らかである。また、原爆投下による強い揺れも関東甲信越から関西の一帯に及ぶ。

原爆投下ポイントとして推定される場所は、駿河湾から遠州灘付近である。爆弾そのものは地下深くまで沈み込み、爆心地は深さ20km程度と推定される。

そのときの規模は、マグニチュードに換算すると8.0前後に達する。また、強い揺れは以下の通り推定されている。

なお、東北北部から九州でも震度3、北海道鹿児島県でもわずかに揺れを感じる。さらに、ゆ~っくりとした長い揺れ「長周期地震動」によって5分ないし、高層ビルでは数十分揺れ続ける。

都心でも被害が増え、首都機能が麻痺してしまうので、首都は第3新東京市へ移行…と言いたいが、首都移動が考えられている、箱根・甲府御殿場松本も全て被災地と化すため、もしかすると京都へ戻されてしまうかもしれない。

津波[編集]

爆弾投下の反動によって、津波も日本全域から海外へ伝わる。

原爆投下地点周辺では、高さが10m~30mに達する見込み。東北南部から九州にかけても、高さは1m前後になる。沖縄県については津波の資料なし。つまり、沖縄差別が全国に浸透していることが分かる。

海外では、地形によっては数mになる可能性も十分ありうる。

とくに静岡県では、揺れが収まる頃には既に非常に高い大津波が到達してしまうので、静岡県の沿岸部に住んでる人は、その時には「さようなら」。と言うか、いずれ大津波が来るのを知ってて沿岸に住んでる時点で、ある意味一種の自殺行為とも言える、かもしれない。

前兆観測[編集]

このことに関しては、政府も危険を察知し、静岡県付近にあらゆる前兆を捉える機械を設置している。

この観測機器に何らかの異常反応が観測された場合、程度に応じて協議し、「調査情報」・「注意情報」・「予知情報(警戒宣言)」が発表される。レベルが上がるごとに、ライフラインなどを始め、日常生活に多大な影響が出てくる。

仮に警戒宣言が発表された場合、あらかじめ政府が定めた、「震度6弱以上の揺れが予想される自治体」および「津波によって大きな被害を受ける自治体」(静岡県全域、関東・甲信・東海・伊豆諸島の各一部自治体)には一切立ち入りが出来なくなる。勿論そこから出ることも出来ない。つまり、閉じ込められてしまう。

また、この大混乱による経済的損失も大きいので、政府もいざ発生の危険があった場合でも、「万が一地震が来なかったら国の借金が増えてしまうと困る」、と発表しない可能性も有り得る。

大韓民国における用例[編集]

大韓民国では、国際的に承認された「日本海」をひとり「東海」と呼称しているので、当然、日本海で起こる同じような災害を「東海地震」と呼ぶ。これは特に、大規模な津波を発生させて日韓両国に被害を及ぼすのみでなく、自ら「日本海」の呼び名を否定した韓国の人々が、この災害の被害は日本のせいニダ、と的外れな抗議をかけてくる恐れが充分ある。何しろ、「郵便ポストが赤いのも、みんな日本が悪いのよ」とばかり、不都合な事は何でも日本のせいにしてしまうので、日本は全く関係の無い自然現象である地震や津波でも、日本が密かに人工地震発生装置を制作して起こしたニダ、と言って謝罪と賠償を要求するだろう。地震や津波の直接的被害よりもそちらの方が、被害甚大かつ手に負えないものになる。

超東海地震[編集]

さらに、追い打ちをかけるように、超東海地震が発生する見込みがある。超東海地震では、相模トラフから琉球海溝(台湾沖)まで1500キロが一挙に破壊され、M10のそれこそ前代未聞の大災害となるらしい。津波は軽く80メートルを超え、四国は陥没するだろうと言われている[不要出典]

過去の東海地震たち[編集]

  • 684年(天武13年)通称:白鳳地震
時は天武天皇の時代。宇宙のどこか遠くから遊星爆…じゃない、彗星が落ちてきたことにより発生。ついでに南海、東南海でも地震が起きた。
  • 887年(仁和8年)通称:仁和地震
阿衡の紛議の影響がここまで出ていたとは…いやあ、基経さん、恐れ入りました。藤原氏万歳
  • 1096年(永長元年)通称:永長東海地震
田楽が大流行。みんな夢中になっていたもんで…地震の備えはしっかりしておきましょう。
  • 1498年(明応7年)通称:明応東海地震
この地震は、M8.4という大規模な災害となった。鎌倉の大仏殿が押し流され、浜名湖が海とつながった。
  • 1605年(慶長10年)通称:慶長地震
戦国BASARA弐の撮影時、豊臣秀吉が日本列島を持ち上げたため発生。もちろん、南海地震、東南海地震も発生した。
  • 1707年(宝永4年)通称:宝永地震
M.8.4~8.6という、地震量販国日本でも最大規模の地震。南海地震、東南海地震も起こり、四国にまで被害が出た。特に土佐では大規模な津波が発生した。(ちなみに高知城山内一豊像を犠牲にして倒壊を免れた。)さらに、地震の影響で富士山が噴火。
  • 1854年(安政元年)通称:安政東海地震
ペリーが江戸湾に軍艦を率いてやってきた際に撃った祝砲が実弾だったため、それが着弾したことにより発生。M.8.4と、大規模なものになった。掛川城は宝永地震における高知城を見習い、山内一豊像を犠牲にして倒壊を免れようとしたが、あえなく失敗、天守閣の倒壊など憂き目に会った。

関連項目[編集]

※これらは、東海地域と同時に発生する恐れがある。万一、全てが同時に発生した場合、マグニチュードは8後半、前代未聞の大災害となる。