東方見聞録

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東方見聞録 ~ La Description du Monde.』(とうほうけんぶんろく)は、マルコ・ポーロによって制作された縦スクロールシューティングゲーム。現時点で確認されている最古のシューティングゲームである。

概要[編集]

巨万の富を求めて元朝統治下の中国に渡り、フビライ・ハンの側近となったマルコ・ポーロは、当時としてはかなり先進的だった元の文化に多大なカルチャーショックを受けた。全ての物がその斬新さでポーロを驚かせたが、彼が一番驚いたのはフビライ率いる元軍の戦い方であった。当時の西洋の戦闘は騎士同士の一騎打ちが主流であったが、元軍の戦い方はそれとはまったく異なるものだったのだ。元軍は弓矢や原始的なロケット弾を大量に使用して、敵に反撃する隙を与えずに飽和攻撃を行い、味方の被害を最小限に抑えていたのである。ポーロはそれに感嘆したが、同時に激しい恐怖をおぼえた。このような戦闘をされては、一騎打ちなどを行っている西洋諸国の軍隊では太刀打ちできない。そこでポーロは考えた。結果、この戦術を記録し、西洋に持ち帰ることにしたのである。

だが、一つ問題が存在した。元軍の戦法は複雑である上に臨機応変に変化するため、文章として記録するのは極めて困難だったのである。更には、元軍を含めてこの戦法に対応する戦法はまだ誰も考案しておらず、対抗策を綴ることが不可能だったのだ。そこでポーロは閃いた。「戦法は映像として記録すればよい。対抗策を誰も考案していないのなら、プレイヤーに考案してもらえばいい」と。そして彼は元朝驚異の科学力を駆使し、元軍の戦法を再現した攻撃を、プレイヤーが操るキャラクターが回避していくという一つのシミュレーターを完成させる。ポーロは故郷ヴェネツィアに帰国した後、このシミュレーターを『東方見聞録』と名付け、販売を開始したのである。

ゲームシステム[編集]

その知名度に反して、このゲームの多くは謎に包まれている。ポーロが販売した原版はすでに全て失われており、残っているコピー版は原版の一部のみを再現していたり、独自の要素を付け足していたりしているため、内容にかなりのばらつきが存在するためである。現在、原版のものであることが確実視されている内容は次の通り。

基本的なゲームシステムは現在の弾幕系シューティングと特に変わりはないが、元軍の戦法を忠実に再現しているため、難易度はかなり高めである。

影響[編集]

販売された『東方見聞録』は、ポーロが意図したのとは違う目的で好評を得た。ポーロは訓練用の器材としてこのゲームを販売したのだが、民衆はチェスやオセロと同じような娯楽としてこのゲームを受け入れたのである。最初ヴェネツィアで発売されたこのゲームは、たちまち爆発的にヨーロッパ全土に広がり、一大ブームを巻き起こした。ポーロは『東方見聞録』が自らの思惑とは別の方向へ行ってしまったことを憂い、その後はシューティングゲーム製作から身を引いてしまったが、彼が生み出したシューティングゲームという概念は、クリストファー・コロンブスを始めとする次世代のクリエイターへと受け継がれていくのである。

『東方見聞録』は今なお名作として歴史の教科書に載るほど知名度が高く、その影響はこのゲームの名をもじった作品が生み出され、大ヒットを記録するほどである[1]

脚注[編集]

  1. ^ ただし、日本においてZUN飛鳥時代頃に既に弾幕系シューティングを制作していたことを伺わせている文献が発見されており、研究者の間では「ZUNが先か、ポーロが先か」はゲーム史最大の謎であると言われている。

関連項目[編集]

Wikipedia
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