東京急行電鉄

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東京急行電鉄(とうきょうきゅうこうでんてつ)は首都圏の大手私鉄ではなくマゾヒスト集団。東京都神奈川県を中心とした鉄道事業、バス事業、百貨店事業、ホテル事業、リゾート事業、不動産事業など、その事業規模は永久に拡大し続けるであろう。一人の強盗が一代で巨大企業に育て上げたことでも有名。盗急と呼ばれる所以である。

東横線や田園都市線沿線は、日本でも有数の人気の街であること、日本でも有数の高所得者が住む沿線であること、また日本でも有数の祭りのメッカであること、さらには日本有数のクリスマスイルミネーションが盛んな見栄っ張り地帯でもある。これらのことからなんでも一番の一等級を略して等級(とうきゅう)と呼ばれ、転じて東急(とうきゅう)という略称を公式に使用することになった。近年はTOQ,109という略称を好んで用いている。

JRと仲が悪いことが原因で、奴らの築いた城壁山手線の内側には路線を伸ばせないため(東急五反田駅は攻城櫓の残骸を再利用したものである)に、積極的に地下鉄との相互乗り入れを進めている。また、2007年から2008年にかけて腹いせなのかJRと定期券のシステムが違うことを理由にJRとの連絡定期券をぼったくった。

名称に東京とつくことから、しばしば田舎の方では敵視される。そのため首都圏以外での事業展開は命がけである。特に禁則事項ですにより高知県ではそれが酷く、在住者及び出身者には「のぼるでんてつ」と呼ばれる。また、大阪のおばちゃんとは犬猿の仲として知られる。

かつては日本全国を手中に納めんとする状況であったが、上記の理由、また上層部の「田舎カッコワルイから東京だけでいいや」という思い付きにより、1998年頃から田舎のグループ会社数百社を切り捨て、切り捨てられた会社は禿げ鷹の餌食となった。その分、首都圏での勢力が増している。

沿革[編集]

東急の前身は目黒蒲田電鉄及び武蔵電気鉄道といい、同社の経営に五島慶太が入ってきたときは資金不足で着工に入れない状況であった。そのため阪神急行電鉄を率いていた小林一三の助言により、同社の手法を借りて沿線開発とセットで路線敷設を行う方針を採った。

これが成功し、目蒲線こと現在の東急目黒線東急多摩川線を敷設して、続いて京浜間路線(現在の東急東横線)の着工に入った。この点、本当に郊外路線(阪急宝塚本線)に次いで都市間路線(阪急神戸本線)を引いた阪急の歴史と酷似しているのだが、田園調布に代表される高級住宅街の開発や、元官僚という政治力に物を言わせて学校を誘致するなどして乗客を増やし、いつの間にか東京西南部における私鉄ではトップクラスの実力を持つようになった。

そしてその資金力に物を言わせ、池上線の前身である池上電気鉄道を営業拡大の阻害となるとして乗っ取った後、路面電車の玉電こと玉川電気鉄道、更に地下鉄(現在の東京地下鉄銀座線)を運営していた東京地下鉄道などを次々と買収、「強盗慶太」・「盗急」などと彼及び東横が呼ばれる要因になった。

更に五島の事業拡大意欲は収まらず、小田急電鉄京浜電気鉄道の事業をそれぞれ譲り受けたのを経緯に、戦時中で交通統制が推奨されていた事を武器に、京王電気軌道相模鉄道までを合併・事業受諾するなどして、関東南西を完全な支配区域にした。社名はこの頃現在の東京急行電鉄となっている。正に「東急王国」・「大東急」の最盛期であった。

戦後、アメリカ合衆国の要請により大東急は五分割を強いられるが、今度は伊豆半島や航空事業(日本エアシステム…後に日本航空と統合)、北海道の事業へ乗り出して、複合会社として阪急・近鉄などと共に日本の経済の一翼を担う存在となった。なお阪急が東宝を持ったのと同じく、東映を保有していたこともあったが、二代目の五島昇の指導下でそれは解消されている。

一時期、蒲田から京急蒲田へ侵攻し羽田空港の攻略を試みたが、東京都の城南京浜分離政策により蒲田駅前に設置された大田区役所城壁に阻止され、失敗した。

事業[編集]

  • 鉄道事業
東京・横浜を中心に全国を網羅している。下記鉄道路線の項目を参照のこと。
  • バス事業
東急沿線の駅から多数の路線を広げている。東急バスが無い駅は空気な駅として扱われている証拠。まだ空気扱いされるだけまし。若者の街であり、リア充の盛り場である渋谷がメインターミナルである。燃料はガソリンとされてるけど、本当はさとうきびって噂だからエコですよ、エコ。
  • 百貨店事業
百貨店やショッピングセンターなどの小売関連事業は大きな利益を稼ぐ中核部門のひとつであり、けっこうみんなお世話になっている。いつもおおきに。しかし、首都圏以外では知名度もブランド力もいまひとつ浸透せず、一部地域ではジャスコの方が高級だと思われているらしい。まったく失敬な!
  • スーパーマーケット事業
(当時は)百貨店は庶民にとっては高嶺の花だったため、さらに身近なスーパーマーケット事業にも進出。電車の運賃は安いくせにスーパーの品物は高い。
正直、東急グループ内のお荷物となっているとの噂もゲフンゲフン。
かつては茨城県グンマー福岡県などにも進出していたが、現在は撤退済み。ちなみに茨城県にあった店舗の跡地には、宿敵・西武グループと一応なりとも関係があった西友の入居が内定した模様。そういえばつくばエクスプレスも西武色が強いことで有名だし、なんか茨城県南って徐々に西武関連の勢力が強くなっているような…
  • ホテル事業
東急イン東横インとは表向きは関係がない。その証拠に、処理費用50万円が惜しいがために(この時点で東急クオリティ確定だと思うが)東横イン松江駅前で石膏ボードを不法投棄したために硫化水素を発生させてしまい元社長が逮捕された件について、必死でグループ関係を否定している。しかし、某俳優の芸名のような裁判を起こしていないことからもわかるように、実態はお察し下さい
  • 都市事業
東京・横浜周辺で土地を確保し、東急市として独立させている。さすがは強盗である。
昔から藤沢市の侵略を目指しているが、うまくいかない。現在、わずかな不動産があるだけである。また、市内にあった、東急ハンズや東急ストアが相次いで、追い出されている。今後は相鉄経由での侵入を目指す。
  • ∞事業
∞事業は、今も尚に∞増殖を続けている。

強盗買収事業[編集]

かつて、KOなど多くの会社を乗っ取りまくってきた買収しまくってきたあくどい東急グループであるが、今はやめた。ちなみに、ニコニコ動画大変な途中下車シリーズではいまだに乗っ取り買収を懲りもせず行っている。 ちなみに、どっかの本には「経営難だった小田急を傘下に入れてして会社を再建させるなど、社会の要請に応えたと言う面もありました」と書いてあるが小田急以外は果たしてどうだったのか疑問が残る。

鉄道路線[編集]

渋谷駅を発着する東横線電車
どの線のダイヤもこんな感じ
  • 東横線 - 都市間路線であるが、その規格の悪さが屡揶揄される。「隔駅停車」は有名。近年、ノンストップ列車が猛威を振るっている。
  • 田園都市線 - 沿線イメージは良いが、通勤ラッシュが余りにひどくスピードダウンを強いられた路線。とってもきれいなこの電車、しかし、とっても混んで殺されるほど。エクストリーム・満員電車とエクストリーム・トレインサーフィンの常設開催地である。また、新型ノートパソコン開発に深く関与している。
  • 大井町線 - 東急各線を南北に横切る路線。田園都市線を救うため、急行が作られた。
  • 池上線 - 五島(強盗)慶太の最初の犠牲者。買収に抵抗した事が尾を引き、発展から取り残された。
  • 東急多摩川線 - 目蒲線の分割で、尻尾切りをさせられた路線。沿線住民は未だに目蒲線と呼んでいる。
  • 目黒線 - 目蒲線分割で、東横線のバイパスとして大出世。急行も走るようになった。西小山の出世伝説は有名。
  • こどもの国線 - もはや有名無実を地で行くような路線。
  • 世田谷線 - 路面電車の残滓を唯一残す路線。路上はほとんど走っていないが。
  • 伊豆線 - 東横線VS目黒線の抗争に巻き込まれて使用が困難になった車両がこの路線でリサイクルされている。大嫌いなしR東日本との便宜的協力のために子会社を装っている。終点下田駅名物駅長ペリーさんが有名。伊豆大島線経由を経由すれば東京からすべて東急路線を乗り継いでの移動も可能である。
  • 東急伊豆大島線 - 東京都内をくまなく網羅する路線網構築という慶太の野望のために開業した路線。伊豆線への連絡路線でもある。
  • 東急別所線 - 鎌倉に進出を図って開業した路線。しかし自社線と接続がないので瀬戸電の様な扱いを受けているばかりでなく、現実世界と仮想世界の境界線すらも曖昧になってしまっている。
  • 東急天北線 -直流電化されていないことを理由に引き継がなかった。かわりにグループ会社が代替バスを運行している。
  • 東急尼横線 - 桜木町駅から横須賀駅を経由し、印度尼西亜の加拉巴駅まで、東横線の延伸路線として開業する。1942年8月24日に飢島駅までが開通。以後延伸を重ね、加拉巴駅まで全通し、既存の国鉄線に相互乗り入れが行われた。その後1960年に加拉巴駅~横須賀駅間は廃止された。末端の残存区間は子会社のジャボタベックが8000系電車や8500系電車で運行しており、国鉄103系電車と並ぶ姿がみられる。時は流れて2014年、やくざ副業に手を出しすぎて本業がわからない企業の手によって無理やり復活

廃線[編集]

  • 東急浦塩線 - 浦塩斯徳駅までの延伸路線。優等列車には「くろくま」「あなぐま」「はくちょう」などの愛称が付けられていた。これらの列車は1989年ごろから運行休止されたが、2007年には伊豆線での復活運転が実施された。
  • 東急定山渓線 - 東急が北海道方面に保有していた路線。7000系電車が多数使用されており、寒さがきらいな札幌人のために、列車内、全駅のホームやコンコースなど、構内は全て健康サウナニュージャパンとなっていた。しかし車内まで健康サウナニュージャパンとしたため、夏場はお察し下さい そのため、車内には当初からゲロ袋が用意されていた。現在は札幌市に買収され札幌市営地下鉄南北線となっており、浦和美園まで直通運転を行う。

運転技術[編集]

どこかの鉄道会社を連想してしまう運転をしている。基本的に、急発進→110キロまで加速→107キロ位まで下がったら110キロまで加速→一気に急ブレーキをかけ、制限速度まで落とす→落ちたら一気に緩める→制限速度を超えない範囲で加速して速度を保つ→制限解除でまた加速→駅が近づいてきたら一気に急ブレーキをかけ、込めたり緩めたりしながら停車 という雑な運転である。

特殊な運転[編集]

東急の運転士の中には特殊な運転をする人がいる。

  • 残圧停車  関東では珍しい残圧停車(関西でよく見られる)をする人がいる。込めたり緩めたりしながら止まる直前に一番きついブレーキを使い一気に緩めるという失敗しやすい技。これは上級者向けで失敗したらひとたまりも無い。
  • 丁寧な運転  きついブレーキから徐々にブレーキを緩めていってやさしいブレーキで止まる。 という丁寧で上手な運転をする人がいる。これは遅れてもいいや、と考える人たちがやることでありいいのか悪いのかよくわからない。しかし、乗り心地がいいのは確かなのでそっとしておくのがベストだろう。
  • マスコン破壊  急加速するときあまりにも速く操作するため(CGで作った映像を見ているかのような)マスコンを破壊してしまうことがある。この後どうなるのかはお察し下さい

エクストリームスポーツ[編集]

首都圏の鉄道の例に漏れず、数々のエクストリームスポーツも盛んである。各路線ごとに条件やコース取りが異なる。路線記事を参考のこと

非常に盛んで、一般的な朝のステージだけでなく、ナイターもおこなわれている。
乗り入れている地下鉄から大勢のサーファーが押し寄せている。
マイナーながら隠れた人気。

社風[編集]

東京都多摩急行電気鉄道は、車内アナウンス態度の悪さでよく知られている。東急沿線在住の住民はそれが各駅停車、いや、普通だと思っているようであるが、蝦夷畿内地方などの先進地域から江戸地方に下京して来た方々は、江戸地方のあまりもの後進ぶりに唖然すると言う。

英語アナウンス

江戸地方在住の人は、江戸弁はイントネイションが英語に近いという迷信を頑なに信じているようで、英語アナウンスでも駅名の部分は、方言丸出しの江戸弁でアナウンスを行っている。これは、東急に限らずE電秋葉ヶ原急行電気鉄道など、在江戸私鉄共通の傾向のようである。

(例)次は、武蔵濃過ぎです。 → The next stop is 武蔵濃過ぎ。
聞くな

東急を利用した下京者を唖然とさせるのが、東横線の妙蓮寺-大倉山間にある駅名を社員誰一人覚えていない事である。それどころか、尋ねた乗客に対しては「聞くな!」と逆切れし、英語アナウンス内でも「聞くな」というなど、半ば開き直ったような悪態ぶりである。驚くべきことに、この駅は特急停車駅でありかつJR東日本横浜線乗り換え駅であるにもかかわらず、誰も覚えておらず、さらにはJR東日本側の職員も誰一人としてこの駅名を知らないという事実もある。隣の小駅は覚えているのに。人間の脳科学における常識では到底考えられない、ミステリーである。 なお、駅員に直接聞いた場合「聞くなですぅ」と回答される場合もあり、一部指定暴力団の構成員には好評である。

次は、聞くな聞くなです。 → The next stop is 聞くな

関連項目[編集]


東西線で押しくらまんじゅう.jpg この「東京急行電鉄」は、延伸の案が出ています。延伸して下さる協力者を求めています。 (Portal:スタブ)