東京ヴェルディ

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「川崎を去ったヴェルディはJ2に落ちました」
東京ヴェルディ について、川崎市長
「相手に勝つには気持ちだヨ!こっちにはバンテリンあるんヨ!」
東京ヴェルディ について、まさお

東京ヴェルディ 別名:緑虫とは、日本の環境保護団体である。なお、東京ヴェルディとは仮の名前で、正式名称は「FCニッポン」という思い上がり以外の何者でもない名前である。この名称はナベツネによる日本征服計画の一環日本で最初のサッカークラブである(実際は違うが)という自負が込められている。2017年からは偉大なる指導者であり宗教家・芸術家である半田晴久(深見東州)先生の傘下に入り、先生の素晴らしい教えをサッカーという形で表現すべく活動している。

背景[編集]

1960年代、高度成長期真っ只中にあった日本は急速にハッテンしたが、その弊害として公害病や環境破壊などの問題を抱えることとなった。これらの問題に危機感を募らせた有志達は日本の緑化を掲げ工業都市・川崎でグループを結成したのである。地道な活動では埒が明かないと判断したメンバーは、スポーツイベントの利用を思いつく。世界中で普及し芝生でプレーするサッカーに目を付け、読売に取り入るのであった。しかしながら当時の日本におけるサッカーの地位は野球どころかhydeの身長よりも低かった為に計画は頓挫、強豪になれども大して注目されず地道な活動を続けながら雌伏の時を過ごすのであった。

黎明期[編集]

1993年に念願のプロ化を果たし一躍脚光を浴びる。サッカー常勝軍団となり、派手なキャラクターを前面に出すことで緑を全国にアピールすることに成功。当初集まった10チームの内、4有害物質散布マシン兼大量殺戮兵器メーカーであった為に、これらの征伐に闘志を燃やす。特に日産とは激闘を繰り広げ人気を博した。またこの頃には、「加工食品を食べた少年が突然変色し老化する」というショッキングなTVCMでも話題を攫った。食の安全に対しても警鐘を鳴らすなど、最も活発に環境保護運動が展開された時期である。

転換期[編集]

しかしながら黄金期は長くは続かなかった。「もっと企業をアピールさせろ!」と吼える某オーナーに対し椅子男が「ナベツネイラネ、あ、今、ナベツネって言っちゃったねw」みたいな感じで言い返した為である。マスコミのバックアップを失ったヴェルディの勢力は縮小され、その間に首都東京はガス会社に奪われてしまった。

東京移転[編集]

ガスといえば、環境保護を訴えるヴェルディにとっては不倶戴天の敵と言える。ガス会社の魔の手から首都を奪還すべく、川崎を棄て東京へと進む。苦しい戦いであったが、南米から取り寄せた野獣の活躍により事なきをえる。2004年には若手の活躍、2005年初頭には「ワ級」が投入され再び全国に覇を唱えるものの集客ではガス会社に大きく遅れをとる。ガスという文明の利器の前では環境保護の理念は無力であった。

全国行脚[編集]

J1での環境保護活動に限界を感じたヴェルディは、わざとJ2に降格するという思い切った行動に出る(わざと降格したという証拠は無いが「ワ級」を擁しながら降格というのはまず考えられない為、わざと降格したという見解が有力である)。2006年からは北海道東北関東近畿四国九州と全国緑化活動の旅に出る。ついでに隣の国にも行った。この活動が実を結び、2007年には国立競技場で「ヴェルディvs水戸ホーリーホック+他サポ連合」というドリームマッチが開催された。これに満足したヴェルディは2008年、再びJ1へ戻り、緑化運動を続ける事となる。

低迷[編集]

その後(2009年~)はどうだったのかって?それはお察し下さい。なお、2011年にはJリーグDivision 0への二階級特進の可能性が明らかになっていたが、惜しいところで昇格の機会を逸し、結局Division 2に残って緑化活動を引き続き展開することとなった。だが、黄金時代の貯金はついに底をついた。日テレスポンサー撤退・トップの失政によりクラブは深刻な財政危機に突入。スポンサーを増やそうにも東京を名乗りながら企業・都民に見放されたチームに手を差し伸べる者はいなかった。資金不足で戦力も低下しJ1再昇格を目指すどころかJ3降格ラインを彷徨う始末。2016年にはJ2で、東京第3のプロサッカークラブであり新興クラブである町田ゼルビアの順位を下回り、いよいよ存在価値を問われるまでに落ちぶれた。

偉大なる指導者の下へ[編集]

そんな落ちぶれたチームに手を差し伸べられたのが、偉大なる指導者であり宗教家・芸術家である半田晴久(深見東州)先生である。 先生は元名門の知名度を利用して売名行為をすべく苦境にあえぐ元名門を見捨ててはおけないという憐みの御心から手を差し伸べられた。この際金をくれるなら相手はどこだっていいクラブは涙を流しながらその手をつかんだ。ここに、半田晴久(深見東州)先生の素晴らしい教えをサッカーで体現するという使命を背負った、日本初の宗教団体傘下のプロサッカークラブ・ISPS HANDAヴェルディが誕生した。(なおJリーグの規定で宗教団体系の名前はチーム名に入れられないので、表向きの名前は東京ヴェルディのままである)

半田晴久(深見東州)先生の現場・フロント両方への指導によりチームは大きく変化した。先生のこれまでのサッカー界にはなかった大胆かつ緻密な指導に、選手たちは感動の涙を流しながら従った。『先生の教えの体現』という軸を持ったチームは躍進し、2016年には降格寸前であったチームは翌年一時は首位に立つ大躍進を見せた。フロントがもっとも苦しんでいた資金難という難問も、先生が信者から巻き上げた金ご自身の懐から寄進した金により解消。選手やスタッフは内職をやめ、その時間を練習や仕事の時間にあてられるようになった。それどころか他球団から選手を引き抜けるようになり、ASローマのトッティに1年10億という巨額のオファーを送れるまでになった。

偉大なる指導者であり宗教家・芸術家である半田晴久(深見東州)先生の野望は大きい。すでに『50万人収容のスタジアム建設』『サポーター100万人』『欧州チャンピオンズリーグ参入』という目標を掲げられ、その達成に向けたプロジェクトを具体的に推進されている。 世界のサッカー界に『ISPS HANDA』『半田晴久(深見東州)』の名前が刻まれる日も近いであろう。

サポーター[編集]

ホームジャックは日常茶飯事。2014年の開幕戦も敵チームに動員数でダブルスコアの完敗を喫した

日本野鳥の会の人が味の素スタジアムのゴール裏に陣取る緑の人を数えたところ同じ味の素スタジアムをホームとするFC東京に比べて18分の1であることがわかった。 これは球団の方針として「地域密着なんてクソ食らえ!」という考えがあるためである。 またヴェルディのサポーターはFC東京のサポーターに比べ、気が小さく、一人では何も出来ない。 できることと行ったら試合後に集団でスタジアムに居残り社長を無理矢理呼び出すぐらいである。 ISPS HANDAヴェルディとなったことで信者が動員される見に来るようになったが、それでも観客の少なさは変わっていない。

OBのみなさん[編集]

関連チーム[編集]

  • グリーンピース - ヴェルディとは異なる環境テロ団体。
  • FC東京 - ヴェルディとの人気は歴然。今やJリーグ有数の観客動員数を誇るようになった。緑は大嫌い。
  • 川崎フロンターレ - 川崎の技術力で作られたメカイルカ。高機動重火力だが装甲は薄い。
  • 横浜FC - 同業他社でありながらヴェルディを尊敬しており、ヴェルディOBを積極登用。しかし真の目的は読売のブランドであり、秘かにヴェルディの吸収合併を狙う。
  • 湘南ベルマーレ - 地域に根付いた緑。美しい海を守るために結成された団体。自称、緑と青の勇者。
  • 松本山雅FC - 人気のある緑。
  • FC岐阜 - 金持ちな緑。なお、監督はまさお(笑)
  • ガイナーレ島根 - J3な緑。山陰で緑化運動を展開中、もしかしたら島根県ではなく取鳥県だったかもしれないが誰も気にしない
  • SC相模原 - 新興勢力の緑。かつては元ヴェルディの高原MQNが在籍していた。
  • 読売ジャイアンツ - 将来、ヴェルディと同じ道を進むかも。


ラモスタブ 冗談じゃないヨ!こんな記事じゃお察し下さいしてるのと同じだヨ!この東京ヴェルディカヒツシュッセしてくれる協力者求めてるヨ!でも、ガム噛みながらやっちゃダメだヨ! (Portal:スタブ)