村田修一

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村田 修一or村田 畜一弐号機(むらた しゅういち・むらた ちくいちにごうき、1980年12月28日 - )とは2011年限りでセ界のお荷物を見限って、セ界のウサギ小屋に転属する、「三振ホームラン」といった漫画にありがちな元ホームランバッターである。自ら「男・村田」を称して自己ブランド化を目論むものの、そのプレースタイルが男らしいかどうかは議論の分かれるところである。ちなみに、「乙女・村田」は世間に大々的にお披露目された。

なお、2012年度にウサギ小屋に配属された新外国人ウゴ・ケデブ氏と同一人物ではないかとの噂が存在する。

引退試合で相手球団ファンからみればKYとしか言いようのないホームランを放つ事が多く、行くな!行くな!超えるな!が、その最たる例である。

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来歴[編集]

入団前に繰り広げられた争奪戦では「金では動かない」「大きな人は嫌いです」などアンチからすれば歓喜の声を上げたくなるような発言をして横浜に入団。同学年の古木克明との低レベルなポジション争いに勝利[1]し、2003年の入団以来、二桁ホームランを放ち続けているが、ほぼ毎年のように100三振以上を喫している。一応2007年(入団5年目)、2008年(同6年目)になって条件付でホームラン王に輝いている、ちなみに2007年は地元・広島で引退試合の佐々岡から放った1打が決め手となり、1本差でホームラン王を獲得。そして2008年は最終戦でホームラン王を決めている…。が、ただあの時はラミレスの当たりを阪神オタクお察し下さいhttp://www.youtube.com/watch?v=TeLSDWFcwzk

2011年、全力疾走し続けてもチームは変われませんでした。一方、裏切り者だと思っていた内川聖一は移籍先で神の様に敬われる始末。『なんだ、移籍ってオイシイのか』と判断した結果、大きな人へのツン→デレを見事に発揮した。実際、村田も読売も双方未練タラタラだった事が判明した。

プレースタイル[編集]

打撃・走塁
確かに打球を飛ばせる。しかし確実性に関してはお察し下さい。ただ打撃以外の能力には、疑問符が残る。
最近はダイエットの為かよく走る。ただし過去に減量失敗した事に懲りてない。
一塁付近で肉離れを起こす。
先輩の粗いさんとはいい勝負。スタイルの違いは“クソ真面目でもド下手な粗いさん”と“天狗ゆえに緩慢な男・村田”といった具合である。
走ると肉がお察し下さい
WBCでは、肉が多いのか、その体重を支えきれずブチッ!WBCから姿を消した。というか、消えた・・・(*´∀`*)
2012年は不振を仰ぎ乙女村田と化した
2013年も交流戦までは超乙女村田だったのだが7月からは村田、男村田を飛び越え漢村田となった。
そんな中選手会長を任された2014年は、いつも通り春先は好調だったものの5月は打率1割台など完全に守備だけで起用されているような状況になった。一応この年300号ホームランと1500本安打を放っている。
守備
いくらTVゲームとはいえ、元同郷の後輩から罵声を浴びる程である。
2009年東京ドームにおけるWBCでの韓国戦。解説席の古田敦也に指摘された途端、ガラ空きの三塁線を破られ、適時打を許している。その一打により0-1で敗戦、岩隈の好投を台無しにした。←走者二塁で一点を争う展開。三遊間を破られたとしても、三塁ストップさせられる可能性を残すが、三塁線を破られては、走者を止められない。そういう判断の出来ない時点でダメダメである。っていう事らしい。ハマの投手陣がバカスカ打たれ、戦犯扱いされる事もあるが、実はこういうズボラな守備に足を引っ張られているせいかもしれない。
こんな守備にも関わらず打撃がお察し下さいのため、2012年の乙女村田巨人ファンに「守備の人」と呼ばれるハメになってしまった。なお実際にファインプレーは何度もした模様。
そして2013年ゴールデングラブ賞を獲得。

引退試合[編集]

鈴木・佐々岡(2007年)[編集]

村田と言えば空気の読めない男で引退試合では大活躍する。

2007年には10月4日に畜生乳酸菌鈴木健の引退試合で当時広島市民球場に次ぐ狭さだった明治神宮野球場でホームランを放つ。プロ最終打席の鈴木は代打で登場しファールで粘りつづける。三塁側ファールフライを打ち上げついにアウトかと思われたが、己にいや気がさしたのか良い人間と思われたいのかグラブに触りもせず落球した。果たしてわざとなのかはてまた本当に取れなかったのかは不明。

その2日後の当時日本の野球場で一番狭かった広島市民で貧乏鯉佐々岡真司からあとワンアウトで締められるところでまさかのホームラン。

あとで泣きながら謝罪に行ったというオチがつく。

行くな!行くな!超えるな![編集]

2010年9月30日、この年もダントツ最下位の最弱球団横浜太字甲子園黄ばんだ球団との一戦に臨んだ。なお相手には、この時点で、“残る7試合を無敗で勝ち続ければ自力優勝”という一戦。しかも、ホーム最終戦ということもあり、“移籍直後から4年連続で最下位”という形で阪神を支え続けてきた矢野輝弘捕手の引退試合を兼ねていた。

この日も、8回ウラを終えて1-3で阪神にリードを許すという横浜にとって いつも通りの試合展開。そして9回表のマウンドには同学年の火の玉剛速球、本来なら この時点で試合終了である。ところが、なんと連続四球をやらかす藤川によって無死一、二塁で打席を迎えた村田。“焼け石に水”のような単発を放ち、唯一の得点を挙げていた さすがの村田でも、この時ばかりは空気を読んで、ファールフライとか、ど真中のストレート見逃し三振をすると思われた。

そして、村田なりに空気を読んで高目のボール球を振ったら、あれよあれよまさかのホームラン。この試合でも、球場中をドン底に叩き落すホームランを、またしても村田が放った。それどころか、試合後の矢野へ花束まで手渡している他人の引退を飾る側の脇役であるべきところ、どこまでも主役に成りたがりなのか、あまりにもKYである。せめてベースどっか踏み忘れてけ。

結果的に、この年限りで引退の矢野を出さなかった[2]&阪神の優勝も奪ったという、本人はしっかり空気を読んだつもりだったのだが、佐々岡のとき同様、またしても空気を読めなかったのであった。

尚、星ファンもそこは・・・したようで得点歌を村田がホームベースを踏んでから流した。

消沈したまま翌日の試合でも0ー5で完敗した阪神は、晴れて味噌カツ球団に4年ぶりの優勝[3]を譲るドッチラケを演じたのであった。

おかげで、自軍木塚投手の引退試合を阪神の新井さんに適時二塁打で潰されるという、無用な復讐劇まで引き起こしている。迷惑を被るのは常に本人ではない為、困ったものである。

金本の引退試合でもKYホームランを放ちたかったが対戦しないためガックリしている。次のターゲットに石井琢朗を狙ったがこれまた対戦しない。悔しんでいる。なんとKYな人間だ・・・ なおクライマックスシリーズ最終戦ではちゃっかりホームランを放ち味噌カツ球団の英智引退試合をしっかり壊した。

桧山引退試合[編集]

13年10月5日には阪神の在日・桧山進次郎の引退試合が行われたが不発に終わった。

しかし自らの代わりに三塁手に入った立岡宗一郎をイップスにさせ引退が確実に。

これで被害をこうむってないのは古巣だけに。

チック弐号機疑惑[編集]

2011年12月にFA行使で爆発寸前の星「ベイスター」を脱出し、水道橋に逃げ込んだ。その日以降や以前に言われたとされる語録。

  • 「自分の気持ちに嘘はつけない」
  • 「優勝したいからFA宣言する」
  • 「優勝したいから阪神に行く」
  • 「僕はアンチ阪神です」
  • (ドラフトで)阪神に行きたかったけど、脅迫されて横浜に入団した
  • 「巨人のユニフォームを着せられてすごく気持ち悪い」
  • 「巨人の選手は練習中もエロい話が多く、感心した」
  • 「本当は阪神に行きたかった」
  • 巨人ではグラビアアイドルとHができるという話を聞いて巨人に入団した」
  • 巨人の選手についての感想を聞かれ

「原 ドヤ顔ウザっ  杉内&ホールトン&小笠原 こいつらが金目当てで巨人に来たやつか・・・  坂本 若いくせに敬語を使わない常識知らずヽ(`Д´)ノ」

脚注[編集]

  1. ^ 古木とは、長打でしか強みを示せない同士。勝ったというよりも『村田の脚力では外野コンバートに不適合だから』との見方もできる。
  2. ^ デイリースポーツによると2死からジョージと交替で、最後の出場をする予定だったらしい。
  3. ^ 優勝出来たとは言え、試合の無い日にビール掛けを決行とは、これも村田による弊害である。

関連項目[編集]