朝青龍明徳
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
~ 朝青龍明徳 について、カルロス・アルベルト・カルヴァリョ・ドス・アンジョス・ジュニオル
朝青龍明徳(あさしょうりゅう あきのり、モーニング・ブルー・ドラゴン、1980年9月27日 - )は、モンゴル国ウランバートル市出身の総合格闘家・サッカー選手。常に頭部にパンストを被っていることで知られるファッションリーダーでもある。格闘の天才でありながら、それを理解しない日本相撲協会やマスコミに叩かれているが、報道と事実は大きく異なっているということが表の定説とされている。ちなみ中の人もとい真の姿は単なる暴力馬鹿気違い格闘家と言われる嘲青龍である。また、他の力士の中にも「朝青龍」と呼ばれている某人物がいるが、偽者なので注意すべし。
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[編集] 来歴
15歳でモンゴル相撲を始め、早くから天才力士として頭角を現す。1997年には、来日して明徳義塾高校に相撲留学するも、高校相撲という枠に収まるで縛り付けられるような素材ではなかったため、2年で自主的に退学。しかし学校側はその偉業を称える意味で卒業の扱いとしている。 2001年に新入幕し、翌年9月にモンゴル出身の力士として初めて大関に昇進し、同年十一月場所、翌年一月場所に連続優勝して横綱に昇進した。
[編集] 朝青龍の稽古
朝青龍は大の稽古好きでも知られ、稽古場という枠には収まりきらないため、稽古場ではあまり稽古しないものの、それ以外の以外場所での練習量は相当なものがある。
例えば、高砂部屋では、稽古時間以外のときも弟子や付き人を相手に、自宅では愛妻のタミルさんを相手に稽古し、時には親方である高砂親方(元・朝潮)も相手にして殴りつけるなどしている。
相撲ではないかようにマスコミは報じているが、元々禁じ手制定以前は相撲の決まり手とは殴る・蹴る・突くの3手であり、朝青龍はれっきとした相撲原理主義者である事をマスコミは認識すべきである。
しかしあまりにも稽古量が多いことに加え、大変に強いのでタミル夫人は厳しい稽古に耐えられずにモンゴルに帰国、高砂親方はもはや手も足も口も出せない状態である。
また山本順一の経営する必殺フルボッコ部屋に行き、そこの力士を病院送りにしてマスコミに叩かれた。その部屋は金属バットやビール瓶などの武器を使用したリンチを毎度のごとく行っており、実際には朝青龍はそういった力士達を戒めるため愛のムチとして優しく稽古をつけてやったつもりだったのだが、マスコミは全く謝罪していない。マスコミの偏見により賞賛された必殺フルボッコ部屋は力士を1人殺害した。マスコミは掌を返し必殺フルボッコ部屋を非難したが、殺害を推奨したのは他ならぬマスコミである。
また、腰の疲労骨折を理由としてモンゴルに帰り、サッカーをしていたことが一部の心無いマスコミに報じられているが、稽古熱心でまじめな朝青龍がそんなことをするはずがなく、ただ単に疲労骨折を押して瞬発力のトレーニングに励んでいたに過ぎない。根拠なく心無い報道をしているマスコミはこの事実に一刻も早く気が付くべきである。 しかし、他説として、イタリア・セリエAの強豪ACミランが朝青龍をエースストライカーとしてチームに迎えることがほぼ確実となっていたため(大相撲とプロサッカーの二足のわらじ)、そのトレーニングとモンゴル国民へのお披露目が目的であったとも伝えられている。しかし、日本国内で騒ぎが大きくなったのと、本人がストレス障害という仮病を使ったことにより、ミラン側が朝青龍との仮契約を一方的に解消し、世界初の「プロ力士ストライカー」の誕生は実現しなかった。なんとも惜しい話しである。
[編集] ビジネス説
朝青龍が、相撲協会で禁じられているサイドビジネスをしている、という報道もなされているがまじめな彼がそんなことをするはずがない。
モンゴルで旅行代理店・銀行・人材派遣などを手がける企業集団"ASA"は、その名称からしばしば「朝青龍が経営しているグループである」「頻繁にモンゴルに帰るのは、ビジネスのためである」と一部マスコミで誤報がなされているが、これらメディアは一刻も早く事実に気づいて謝罪文を載せるべきである。
2007年7月には、日本の皇太子殿下がモンゴルで宿泊なされたホテルのひとつが朝青龍の両親の経営であることを理由に関係が取りざたされているが、無論、無関係である。
[編集] 礼儀・マナー
心無いマスメディアによって、朝青龍の行状について数々の報道がなされているが、悉く誤りである。以下検証する。
[編集] ひざ蹴り
すでに負けている状態にある力士に対して「死人に鞭打つように」ひざ蹴りをしている・・・という報道は誤り。彼はあくまで格闘技の天才であり、将来はあらゆる格闘技を行うことを視野に入れてトレーニングを日々積み重ねているため、自然にその際のクセが出てしまうのである。
[編集] 手刀
正式なルールでは右手で左・右・中央の順に切ることになっている。これは懸賞金を受け取るに際し、神に感謝する所作である。しかし朝青龍は相当になおざりに見える上、左手で切ったりしている。しかしこれは日本の大相撲とモンゴル相撲の習慣の違いによるものであり、誤解である。
[編集] モンゴル帰り
先代・高砂親方の葬儀、夏巡業他に優先して頻繁にモンゴルに帰っているが、これは当然「うっちゃり」の稽古である。日本のメディアがモンゴル帰りを非難することは彼の天才を否定することに当たる。
その証拠に夏巡業の際にはサッカーをしている。これまた骨折した腰のリハビリを兼ねた、痛みに耐えてのトレーニングである。このあたりを理解されないのが天才の、天才たる所以である。マスコミは稽古の過酷さを理解しない。
[編集] 「畜生」発言
2002年九月場所・対2代目貴乃花戦において、大相撲の末に破れ、土俵から引き上げる際の花道で「畜生!!」と発言した、とされている。しかしこれはモンゴル語の「チ・ク・ショウ」(敵ながら天晴れの意)である。モンゴル語を知らずして報道するマスコミは問題である。
[編集] ガン付け
対戦の際、相手を睨み付ける、いわゆる「ガンを付ける」行為が気に入らない、とされる。これはもともと蒙古系の顔型に起因しており、実は対戦することがうれしくて笑っている表情なのである。なぜマスコミが解からないのか理解できない。
[編集] 今後
朝青龍は総合格闘家としての才に長けているのであり、相撲の決まり手四十八手と夜の検閲により削除、合計96手という枠に縛られることは損失である。
朝青龍には、スポーツとしてのルールのみならず、社会のルールという枠に縛られるべきではないのである。現時点を以ってしてすでに人格は、社会的に評価の高いヤンキーである。従ってこの後はK-1転向、その後はさらに暴力団に転向するものと見られ、現にその動きが水面下でなされている。
また、マスコミが彼に関するニュースをことごとく否定的に歪めていることから欝症になった。復帰しだいマスコミ各社代表を相手取って相撲を行い相撲の厳しさと力士の神聖さを叩き込む予定であるというがこれも脅迫などと歪めて報道されている。
しかも、朝青龍の名声は格闘技界にとどまるものではない。 実際、彼のうつ病とひざのけがは仮病だという報道がなされたとき、仮病を使うことを意味する動詞「もんごる」が巷で大流行し、2007年の流行語大賞を獲得した。 これも彼のカリスマ性がなせる技だろう。ちなみに共同受賞は「さわじる」(急に不機嫌になること)である。 また、時の安倍総理が「もんごった」のも、彼の影響によるものとされている。 彼の影響力は、政界も含んだ社会全体に及ぶのである。
[編集] 関連項目
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