月見

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月見(つきみ)とは、古来より伝わるエクストリーム・日本の風習の一つ。感覚を研ぎ澄ませてただのことのみを考えながら月を眺め、月に思いを馳せ、月に祈り、月の光を目に焼きつける。旧暦の8月15日と9月13日が、それぞれ十五夜と十三夜として月見に最適である。中国韓国にも同様の習慣があるようだが、この際だから無視する。

概要[編集]

月見に対する外国人の感想
月を見上げて、で語る。

四季の移り変わりがある日本では、季節ごとに自然がその表情を豊かに変化させ、見るものを決して飽きさせない。そのような恵まれた環境に生きてきた日本人は、当然のように自然への深い愛情や憧憬を抱くようになった。花鳥風月を愛で、そこに素朴な美を見出す日本人の精神性は、世界でも類を見ないものである。そのような高い美意識を体現した日本独自の風習の一つに、月見がある。

月見では、月を鑑賞する人間と月との、時空を超えた一対一の会話があるのみである。精神を集中し、正座もしくは座禅を組み、腹式呼吸をせねばならない。もちろん、月見団子や月見などといった低俗なものは以ての外で、ススキなどの装飾も必要ない。このように述べると、まるで「瞑想による自分との対話」であるかのように捉えられるかもしれないが、それは誤解である。月見では本当に月と会話をする。ただし、会話といっても言葉を発することはない。押し黙ったまま、テレパシーでやり取りをする。これが月「見」の名称の由来である。月見の間は家族とも私語は厳禁で、唯一口を開いてよいのは和歌を詠む時だけである。ついつい話が長引いてしまうことも多かっため、月が最もきれいに見えて、かつになっても冷え込まない時期(中秋の名月)が選ばれるようになった。これらの厳しい条件を突破して月見に成功すると、晴れて狼男になれるのである。

真に月見を楽しむための方法としては、飲食や無意味な会話はもちろん、微動も好ましくない。季節柄、が多数飛んでいるが、追い払ったりしてはいけない。一晩中血を吸われるがままにしておく。また、匂いが気になるので蚊取り線香の使用は避ける。瞬きさえ最小限に抑えて月を見上げ続けるので首から肩、背中、腰にかけて相当な負担がかかるが、月見中は楽しくて仕方がないので苦痛は全く感じないはずである。もともと微動だにしないお地蔵様は月見をこよなく愛し、ごく普通に月とも会話している。種田山頭火の句にも「お月さまがお地蔵さまにお寒いですね」というものがある。ただし山頭火自身は和歌ではなく俳句を詠んでいる時点で反則気味である。

以上のようなことは、日本人ならば老若男女誰でも普通にこなせるが、外国人にとっては想像を絶する集中力と忍耐が求められ、到底なし得ないのだという。日本人がそれほどまでに優れた精神性を獲得できたのは、常日頃から滝行や読経や満員電車ドメスティックバイオレンスに親しんでいるからこそである。すなわち、西洋伝来の狼男も西洋では都市伝説であり、日本固有のものであることになる。

とはいえ、忙しい現代人にとって徹夜で月を眺めているというのはなかなか難しいのも事実である。そこで一種の代替行動として月見にちなんだ食文化が生まれた。月見バーガーやチーズ月見バーガーなどがそれである。これは、一年に二度しかない貴重な月との会話のひと時を、くだらない塵労に追われて逃してしまったという心苦しさから来ている。月見バーガーやそれに類する食品を食すことで擬似的に久闊を叙し、不義理を重ねてしまったことを月に詫びるわけである。日本人の奥ゆかしさがよく表れていると言えるだろう。

関連項目[編集]

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