新京成電鉄

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この事業者はトロピカル連合構成事業者じゃゴルァ!!
車内では俺様が神、貴様はただの土砂じゃゴルァ!!
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新京成電鉄(しんけいせいでんてつ)は、千葉県に路線を展開する準・大手私鉄会社。京成電鉄の子会社である。

しかし、「青は藍より出でて藍より青し」という故事と同様に、京成電鉄よりも経営状態はよく、沿線の民度も高い。このため、青は藍より出でて藍より青く、藍が困って、さらには青に乗っ取られそうな状態になっている。また、大手私鉄に加えるべきだという声も高い。別名「阪急関東線」

また、子会社の船橋新京成バス習志野新京成バス松戸新京成バスとともにトロピカル連合構成事業者であり、特に同じく加盟していた子会社の船橋バスを買収し船橋新京成バスに路線を移して珍走度を向上させた。だが船橋新京成バスに習志野新京成バスは取り込まれることとなった。

概要[編集]

登山鉄道としての風格を漂わせる車両である。

松戸京成津田沼の両方の地から、くぬぎ山を目指す登山鉄道である。登山をするために路線は曲がりくねっており、その険しさを物語っているが、実はトンネルの無いシンプルな路線でもある。

線路自体は大日本帝國陸軍鐵道聯隊の演習線を払い下げられたものであり、有事の際は砲門の付いた装甲列車が走る。なお払い下げ先を京成かだ埼玉からの侵略者にするかで東葛飾演習線継承戦争が勃発した。この戦争には京成が辛勝し路線そのものの死守には成功したものの終戦間際に強奪された蒸気機関車や貨車などの資材の一部は返還されないまま今日に至っている。鉄道路線の沿線ではないもののバスの沿線である船橋駅の南口に百貨店があるのはその名残とされるが定かではない。

未開の地では、現地人が踊りを踊って旅人を迎えることがあるが、この登山鉄道ではつり革がダンスして旅人を迎える。その一指乱れぬ踊りの見事さは、見た者でしかわからない。

普通電車しか走っていないが、走りはチバラギ仕様である。垢抜けないボディに似合わず、その加減速とコーナリングは猛烈であり、乗客を魅了させる。くぬぎ山の峠道の複線区間を攻めるために、足回りをカリカリにチューンしている。北総開発鉄道(現・北総鉄道)や住宅・都市整備公団(住都公団、現・千葉ニュータウン鉄道)とともに「習志野暴走連合」を組んでいた時期もあり、かつては北総・公団線(現・北総線)の千葉ニュータウン中央まで新京成の電車が乗り入れていたが、音楽性の違いから解散。現在は京成とユニットを組んでいる。

最近は独特の走りと省エネを両立させるべく、変電所を増強し、古い車両を代替・更新した。

別名:「エロゲ電鉄」その訳は駅の自動放送が禁則事項です

沿線[編集]

風光明媚な北総を走るこの鉄道は、多くの名所旧跡を経由している。

なお、ここでは直通先の京成千葉線や平常時では行かないものの有事の際には行く京成千原線についても下で触れる。かつて直通していた北総・公団線の駅(新鎌ヶ谷~千葉ニュータウン中央間)の詳細については北総鉄道を参照されたし。

松戸
始発駅としてふさわしい名前「待つド」。残念ながら登山口としては裏口にあたるため、他には何もない。登山用食料は駅の外で購入しておくことを勧める。かつてはチバラギ共和国の主要都市だった。
駅ビル(JR東日本系)のなかの商業施設は「マツド・デラックス」!
なお、新京成とは反対側の出口に近い方だがトロピカル連合公認食のラーメン二郎松戸店がある。
上本郷
かつて鉄道模型Nゲージ)用の電車でD競技場があったが、競技場で販売していた新京成の800形(後述)の真鍮製模型が複線ドリフト失敗時に軌道破壊を多発させたため閉鎖されてしまった。
松戸新田
新田と言うが、初めに開拓された地ではなく、番外の開拓地(→初富を参照)。網走に通じる処がある。
みのり台
近くに稔台(みのりだい)という地名があるが未だに松戸新田から抜け出せていない駅。
一見跨線橋が2つあるように見えるが、片方はただの歩道橋である。
八柱
8人の人柱を以って開墾された地。JR武蔵野線を開通させた折には、新しい8つの人柱を以って新八柱駅を作ったので、今は16の人柱が眠っている。
なお、読みが八柱は「やばしら」、新八柱は「しんやはしら」なのだが違う理由は禁則事項です
常盤平
駅としては特徴がない。
が近くの西友の中にあるカレー屋が、とても上手いのでみんなも行ってみよう。
近くに公園と団地があるが、蚊が多いので近寄りたくない。
ここは本当に東武と思えるのか分からない位やけに中古車の多い路線のときわ台駅に通じる線路が駅近辺にあるらしいが線路の幅が違うことを気にしてはいけない。
五香
5番目に開拓された地。五香六実と5と6を兼用してしまう場合もある。
元山
くぬぎ山と連山を成す鉄道最大の難所。この付近では同一の道路と何度も交差をしている。
くぬぎ山
新京成電鉄の最高地点。椚山御殿がある。山頂は険しいが、この地の利を活かして自衛隊の松戸駐屯地となっているため、登山はできない。深夜になると、オッサン族のサラリーマンがここで遭難している姿を見ることができる。
何故ならば、この鉄道では、朝のスタートを良くするために、終電で電車を山頂に集めるからである。
駅には、良質のクヌギの木が多い事から日本最大のカブトムシ飼育キット製造工場がある。
北初富
初富の北にある。ただそれだけ。
ちなみに、北総と直通していたころは北総側にしか新鎌ヶ谷がなかった。北初富からの分岐であった。
2014年2月、駅舎は突如として当時の場所から消滅し、その後の行方を知る者はいない。
近所にあった商店の呪いという説もあるが真相は不明。
新鎌ヶ谷
一駅300万円ぼったくり被害を食い止めるために作られた新駅で千葉ニュータウンの住民の多くはこの駅までやってきて運賃の安い新京成線を使う。
初富
初めて開拓された地。以後、二和、三咲と続くが、誰がどのような根拠で数えたのかは不明。最大数は十余二。九十九里。
2000年に薬園台駅が移転して以来構内踏切が現存する駅であったが禁則事項ですの陰謀により2014年に廃止。
鎌ヶ谷大仏
大仏の概念をすべて吹き飛ばしてしまう推定1hyde強(台座を含めると約1.5hyde)の身長を持つ鎌ヶ谷大仏様が飾られた街。もちろん、ここでは交通の安全を祈願すること。ちなみに、この鎌ヶ谷大仏はトロピカル連合の絶対仏として信仰されており、また駅のとなりには船橋新京成バスの鎌ヶ谷御殿がある。
二和向台
2番目に開拓された地。しかし駅前の小学校が「三咲小学校」だったり駅に至近の郵便局が「三咲郵便局」だったりと隣駅の三咲をライバル視している傾向がある。
三咲
3番目に開拓された地。船橋の誇るアンデルセン公園の最寄駅。地名に3の倍数が含まれているせいかこの地域でヤンキーが生産されている。
なお、当駅から高根公団にかけての3駅と常盤平は池沼の生産拠点の最寄駅でもある。朝夕駅の周辺はお察し下さい
滝不動
広大な習志野の原の北限、ここから北は本格的登山道となる。御滝不動尊、もしくはオタッキー不動尊と呼ばれる御不動様が駅の近くにある。
また、オタッキー中学校も隣接し、この地全体でオタクを量産している。登山するものは、この不動で身を清めなければならない。
高根公団
「宗教公団」による集合住宅が駅の周辺に林立している。近年国による「宗教公団」の解体に反発する信徒たちが反対運動を展開している。
高根木戸
木戸と付くが駅の周辺に木戸はない。かつて陸軍が現在のホームドアにあたるものを木製で作ろうとしたとかしないとか。
北習志野
習志野駅からは正確に真北にあり、正直な駅でもある。東葉高速鉄道への乗り換え駅でもある。ちなみに朝は国名を冠した大学とその付属校の学生ですごいことになる。
2008年から大規模な改装工事が始まり,2009年1月27日に北習志野駅前ビルをOPENし、2009年3月に新駅舎を使用開始した。
なお付近の住民は、北習(きたなら)と呼んでいる。
習志野
もちろん船橋市にある駅。習志野市の誕生よりも8年ほど早く開業している為、この駅名に罪は無い。
改札を入ると、右手奥に女子トイレ、階段・スロープを上がって左手奥に行くと男子トイレ、隣に多目的トイレというちょっと珍しい構造。なお女子トイレには、桃色の男児用小便器が入口に設置しているので、外から丸見えである。
何人かの男性が尿意の限界で案内標識を見ずに、その小便器に駆け込んで用を足していたら中にいた女性に騒がれて警察沙汰になったという珍事が何回か発生する。そして反対側にあった男性用トイレを見て、何回も後悔の念にとらわれた男性が過去に何人もいる。
薬園台
平地を抜けた最初の台地に位置しており、車窓から遠方を眺めることができる。
前原
南から登山する場合、沼を抜けた最初の平地。原っぱである。
新津田沼
つり革ダンスのメッカで有名な場所。ディズニーシー州立電気式鉄道と同様に(どちらも京成グループ)、車輪からはすさまじい音が出る。多くの人が乗降するので、電車の乗り降りがしやすいように車両を傾けてある。
近隣の津田沼駅の前にある県名を冠した工業大学の津田沼キャンパスの位置はかつて大日本帝國陸軍鐵道第二聯隊が編成されていた地であり、その正門がキャンパスの正門として現役である。また文化財にも指定されている。
実際に駅が新しいのかどうかは……お察し下さい
京成津田沼
南側の登山口。親会社の名前(京成)をわざと駅名に付けているあたり、「本当の津田沼は違うところにあるんだ」という魂の叫びを感じさせる。なお、本当の津田沼がどこにあるかはともかく、この場所ではないことは駅を降りればすぐにわかる。
暫くは新京成専門のホーム(始発・終着専門駅)であったが、つい最近京成電鉄千葉線に直通のホームとなった。よって、新京成車両が、京成電鉄軌道にかなり遅ればせながらデビューと相成った。

京成千葉線・千原線の駅[編集]

京成津田沼からは千葉線に入り、千葉中央から先は千原線に入る。新京成の車両は普段は千葉中央までだが有事の際はその先にも遠征してくる。

京成幕張本郷
この駅の手前から京成幕張まで中央・総武緩行線と併走区間になる。電車でDの競技場でもあり、新京成の車両は親会社より評価が高いことで知られるが、京成幕張本郷と京成幕張が島式ホームのため複線ドリフトには向いていないので技術点を稼ぐのには不向き。
京成幕張
幕張とつく駅の中では一番鄙びた場所に存在する。一見すると周辺がゴーストタウンのように見えるが実はそうでもない。
検見川
JRより先に作ったという快挙を持つ駅。でも駅の回りは……お察し下さい
京成稲毛
京成バスに捨てられた駅。バスに振り向いてもらうべく駅舎を更新したが徒労に終わっている。
みどり台
県名を冠した大学の京成線側の最寄駅とされているが実際は正門まで156hyde程の距離がある。
西登戸
なぜ西とついているのかが釈然としない駅。
JR南武線オバQ小田原線に登戸という駅があるがそれより東にあるのに西がついている。ちなみに西登戸は「にしのぶと」、登戸は「のぼりと」と読む。
新千葉
新しいはずなのにどう見てもボロボロな駅。理由はお察し下さい
京成千葉
旧名国鉄千葉駅前。しかし駅前という名前の割に近くないことから訴えられて現在の駅名に。
ところが最近まあるいみどりのやまの〜てせんのホームドアを閉める時のチャイムにこの駅の接近チャイムをインスパイヤされたためJRを訴えるという前代未聞の珍事が発生している。
千葉中央
旧名京成千葉。国鉄千葉駅前が京成千葉になった時に改名。
かつて千葉の中心地だったとされているがその名残はなく、廃墟同然となっている。
千葉寺
近くにある千葉寺という寺が由来だが、駅名は「ちばでら」、寺の名前は「せんようじ」と読む。
千葉寺とおゆみ野は複線分のスペースがありながら片方のホームしか使われていない。
大森台
千原線がかつてティバQと呼ばれていた頃、当初がここが終点だった。
しかし、駅とは名ばかりで高度に自動化された蒲鉾工場となっている。駅舎も蒲鉾の形をしている。
ただ工場のメンテにコストを割きすぎて外観がくたびれているがそんなことは誰も気にしない
学園前
元々近代の最初の元号を冠した大学のキャンパスが出来る計画に対し先走って作ったものの、計画がなくなってしまい名前の意味がなくなってしまった駅。
上下の交換はたいていこの駅で行われる。ただし下りが発車しても上りがなかなか発車しないことも多々ある。
おゆみ野
駅と周囲は自社批判対策部門が作ったと誤解されることが多いが実際は走ルンですの設計者が設計した。ダンボール製であることを忘れさせてくれる町並みが特徴だが、強度が不足していることは誰も気にしない
ちはら台
唯一市原市内の駅。
新京成の車両がここに来ることは有事でもなければないが、幕には入っているので大森台幕共々時々見ることができる。
ここから小湊鉄道の海士有木まで延伸するつもりらしいが、大人の事情で実現する気配はない。

新京成線の愉快な車両たち[編集]

N800形[編集]

京成から設計をまるごと譲り受けて若干チューニングされた車両。当初1編成しかいなかったために、車両基地では寂しい思いを4年程していたが、2011年1月28日と2012年10月1日に1編成ずつ増備された。2010年度以降の増備分は親会社の3050形の設計も一部取り入れられている。
ちなみに京成の設計をまるごと譲り受けた割には運転台についてはほぼ別物となっている。
8900形の色がピンクと白になった後にN800形もその色となった。顔も白くなったが一説には自身の色の変化に顔面蒼白、とも。

8900形[編集]

京成から車体の設計だけこっそり譲り受けた車両。それは一般人には基本、発表されていないようだ。
しかし車体の設計を譲り受けた後は、新京成の悪ノリによって徹底的な魔改造を加えられ、ボルスタレス台車・高速電車初のシングルアームパンタグラフ・時計内蔵の駅名表示器等の厨装備が満載された。さらには後年にVVVFインバータ装置自体も手術を受け、純電気ブレーキまで追加された。どうみても「ぼくのかんがえたさいきょうのでんしゃ」である。はっきり言って、親会社の車両よりガチな仕様。
当初、車体の色帯は「青+ピンク」であったが、自然という名の日焼けサロンでピンクの方が日焼けしてしまったため、後に「青+赤」という組み合わせが逆であることを除けば親会社と同じ色に変更。それからさらにピンクと白という親会社とは似ても似つかぬ色に変貌。ついでにさらなる魔改造により8000形改のパーツを取り込み走りを極めている。
関東の鉄道界における唯一神で、山陽電鉄5030系とは対をなす存在。
当初の8両3編成は6両3編成になったがその理由はお察し下さい

8800形[編集]

東京タワーの鉄も尽きたころに誕生した車両。世界初の1,500V電化路線での、長編成VVVFインバーター量産車。あらゆる意味で、新京成の誇りである。
2006年には、8両3編成を6両4編成に組み替えるため、2両には中間車先頭車両化工事が施され、この手の工事を行った割には、従来車と瓜二つの顔を持った。また、同じ工事を繰り返し最終的には当初の8両12編成は6両16編成になった。
8900形をピンクと白にする前に8800形でテストしたところ禁則事項です。8900形では白の部分を減らすこととなったが8800形は白の部分が多いままとなった。

8000形[編集]

800形が消え始めたころ誕生した新車。東京タワーの鉄を溶かしたもので作られた。通称・たぬき(もしくは、くぬぎ山の or 習志野のたぬき)。素材の関係で老朽化するのが早くすでに6両5編成ほど廃車されている。
しかし一度は魔改造による延命を試みられていた。結局改造は済ませたもののくたびれた車体がついていけずに廃車された編成が発生している。

過去の新京成の愉快な車両[編集]

800形[編集]

新京成線のオリジナル車両で最古の車両。昔は、30編成以上あったが、最後は2編成しか走っていなかった。
ほとんどの車両が何故か、くぬぎ山駅周辺で乗客と共に消えてしまったのである。
新京成がやたらと8にこだわるのは、この呪いを恐れているからだと言われている。
最後まで残った2編成も2010年7月25日に引退してしまったが、その呪いは未だにお察し下さい
くぬぎ山御殿内には首だけが1つ残っている。
なお、一時期北総開発鉄道に貸し出されたことがあったが京成高砂方面に行くことはなかったという。

関連項目[編集]

  • 京成千葉線 - 車両が余る日中は、新京成電鉄の車両が千葉線に殴りこみ出稼ぎに出かける。


東西線で押しくらまんじゅう.jpg この「新京成電鉄」は、延伸の案が出ています。延伸して下さる協力者を求めています。 (Portal:スタブ)