拳法

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拳法(憲法・けんぽう)とは、国によって作られ執行されることで、他人に対して行う殴打などの嫌がらせを完全に合法化できる極めて便利な屁理屈である。 日本最古の拳法で有名な物は、掌斗苦大子(しょうとくたいし)(574〜622)の十七条拳法が有名。 内容は、主に蘇我氏の黙らせ方や、推古天皇に自分を推薦させるようにする方法等がある。

十七条拳法[編集]

掌斗苦大子(しょうとくたいし)の勇姿

603年、掌斗苦大子(しょうとくたいし)が自分が政拳をにぎるために作った拳法。

その結果、蘇我氏だけでなく、推古天皇まで言うことを聞かせてしまうという結果になり、政権を握った後のある日、厩戸に行った掌斗苦大子は馬に蹴られ、他界する。

この為、掌斗苦大子は俗に厩戸皇子と言われるようになったと親戚の伯父は語っているが、この十七条拳法は後の世紀末覇者誕生のきっかけとなってしまう物であった。

大日本帝国拳法[編集]

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掌斗苦大子があみ出した十七条拳法のため、19××年には世紀末覇者が君臨する、権力より、力がものを言う時代になっていた。

そんななか、威闘博踏(いとうひろぶみ)は義理の兄であるラオウ世紀末覇者>を倒すべく旅に出る事になる。

が、ラオウには歯が立たない。

そこで威闘博踏は、SISETU団を異国へ派遣し、西洋の拳法を学ばさせ、大日本帝国拳法を作りあげる。

その後、ラオウは威闘博踏に倒されたとか倒されてないとか。

プロイセン拳法[編集]

世紀末欧羅巴救世主伝説。

ドイツをはじめるとする乱世の欧羅巴を鎮めた伝説の格闘家ビスマルクが、鉄と血をもって生みだした国家超越拳。剛力と緻密さを兼ね備えたその拳法は、自国の利益しか頭にない各国首相をその頭ごと悉く粉砕。かくしてヨーロッパ諸国は極めて微妙なパワーバランスの元、平和を取り戻す。だって、ちょっとやんちゃをするとビスマルクが殴りにくるんだもん。

プロイセン拳法以前に稀代の格闘家だったビスマルクは、その後も定期的に北欧を含むヨーロッパを転戦。第一次世界大戦直前までの平和は彼のが築き守ったといっても過言ではないだろう。

死後、ビスマルクはその手腕を惜しまれ、サイボーグとして全長250メートルに改造され復活。第二次世界大戦でイギリスを恐怖のズンドコに陥れた。

少林寺憲法[編集]

正しい使い方

中国の今の憲法。上ふたつの拳法とは全く関係がない。

拳法とは武術を意味するのであって、憲法は法律であるので関係性は全くない。

チョメチョメとアリャアリャほど関係が無い。 え? 関係をそんなに知りたい? お察し下さい

おわりに[編集]

拳法は今や世界中で増えており、人々を縛っている。最近では、拳法が無い国はほとんどなく、それによって国民を縛られる。

が、拳法に守られる事もある。

そう。

拳法とは、このようになんとも微妙な物なのである。

最後に一言、憲法と拳法は、なんの関係もない

関連項目[編集]